第58話 「あっ。」

 〇前園優里


「あっ。」


 今日は…フェス二日目。

 あたしの出番もある。


 Leeは顔を出さない謎多きシンガー。

 だけど今日、あたしは…The Darknessの優里として、世界に顔を出す。



 早起きし過ぎたなあと思って、近所を散歩。

 聖君と出逢った、懐かしい川の近くまで来て…そこに拓人を見付けた。


「…何してるの?」


 声を掛けると、橋の上から川を見下ろしてた拓人が驚いたように顔を上げた。


「…気付かなかった。驚いたな。」


「え?」


 ええ…

 あたしが拓人に気付かないならともかく…

 拓人があたしに気付かないとか…

 どうしちゃったの?


 ふと、橋の欄干に乗せてる拓人の手を見ると…


「…昨日、フェス行ったの?」


 左手の甲に、フェスの入場スタンプ。

 拓人はそれをヒラヒラとさせて。


「ああ。今日も行くよ。」


 ニッと笑った。


 …この前も思ったけど…

 拓人、毒っ気がなくなったなあ。

 何があったんだろ……って、あっ!!


「そう言えば、いがぐりさんに聞いたんだけど…」


「…宮國、な。何。」


「拓人、最近あちこちに寄付してるって。」


「あー。それな…」


「どうしちゃったの…」


 寄付って…いい事なんだけど…

 今までの拓人なら、絶対しない。

 むしろ…


「そんなのは単なる自己満足。綺麗ごとだな。ふんっ。」


 って…鼻で笑うはず…



 拓人は欄干に乗せた手をパッパッと叩いて。


「ま、いつか言うつもりだったし…今言っとくか。」


 なんて小さくつぶやいて。


「あのさ、優里。」


「うん?」


「親父が、生きてた。」


「……」


 ん?



 拓人の言葉は、耳に入ったものの…なぜかそれが理解できなくて。


「……」


 無言で首を傾げた。

 すると。


「あいつ、ピンピンしてたぜ。俺達が家に火を放って逃げたのを、裏口から出て眺めてたんだってさ。」


 拓人はそう言って、もう一度欄干に手を掛けて。

 そのままストレッチをするみたいな体勢になった。


「…死んでない…生きてる…?」


「ああ。」


「…あたし達が逃げるの…生きて見てた…?」


「そう。」


「い…今、どこで何を…?」


 拓人の腕を掴んで問いかけると。


「…シチリア島で慈善事業してる。」


 慈善事業…


 え…えええええ…


 かすかな記憶の中にいる父親とは、ぜんっ…ぜん結びつかない…!!


「はっ……拓人、それで寄付を…?」


「…ま、それも少しは…それと、もう俺達は誰からも狙われない。」


「え?」


「全部終わったんだ。」


「……終わった……」


 終わったって言われても、何とも戦ってなかったあたしはピンと来なかったけど…

 それまであたしを包んでた、言いようのない闇のような物が晴れて行く気はした。

  ずっと後ろ暗い気持ちで生きて来たのに、危険な組織に関わってるっ。て家主さんに言われて、もっと重たい気持ちになってた。


 それも、もう終わり…?

 あたしと拓人は父親を殺してない。

 あたし達は…隠れて生きなくてもいい…!!



「良かった!!」


 つい嬉しくて、拓人に抱き着いてしまった。


「ばっ!!……ちっ…ほんと、おまえは…」


 拓人が照れくさそうにそう言った瞬間…


 パシャパシャパシャパシャ


「は…?」


「片桐拓人の大スクープ撮ったー!!」


「……」


 あたしと拓人は抱き合ったまま…

 走り去る男の背中を眺めた。




 …スクープ…!?




 〇園部そのべ弓弦ゆづる


「……」


 ビートランドフェス・夏の陣。二日目。

 今日は俺達の初陣。

 昨日、めっちゃ燃えるステージを山ほど観て。


『明日はSHE'S-HE'SやF'sよりキメて、話題をかっさらってやる――!!』


 って。超盛り上がって。

 帰って姉貴と弾きまくった。


 誰にも言ってはないが、コッソリ下見に来た事もあるB-Lホール。

 俺と親父と姉貴は、入り時間より随分早く到着した。

 だけどそこには、すでにドラマー高校生も来てて。

 四人で照れ笑いなんてしたんだ。


 …で。

 四人で控室に入ると。


「あ…おはようございます…」


 すでにLeeちゃんがいた。


 そして…


「すいませんね。お邪魔してます。」


 …オマケもいた。


 こいつは…あいつだ。

 あの人気俳優の、片桐拓人だ。


 …片桐拓人と言えば…

 あまりテレビを観ない俺でも知ってるほどの俳優だ。

 雑誌の表紙でも、街頭の看板でも、その姿は無言で男前ぶりをアピールして来る。


「えっえええ…片桐拓人!?本物…!?」


 珍しく姉貴が動揺してる。

 …え?ファンなのか?


「本物です。はじめまして。優里がお世話になってます。」


 優里?


 その呼び捨てに、四人で視線を交わした。



「…えーと…なんでここに…」


 親父がそう問いかけると。


「ちょっと、撮られちゃって。」


 片桐拓人は言いながらLeeちゃんの肩に手を掛けた。


「……」


 ドラムの高校生が赤くなって目を逸らす。

 うぶかっ!!


「なんかもうネットに写真出てるし、マネージャーの携帯ずっと話し中だし、マンションにも事務所にもパパラッチ来てるかなーと思ったら、ここが安全かと。」


 その言葉に、姉貴がすかさずスマホを手にした。


「はっ…」


 息を飲んだ姉貴のスマホを、親父と高校生が覗き込む。


「…新井田町の千本橋で、片桐拓人が美女と熱い抱擁…」


 親父が読み上げて、全員で二人を見ると。


「美女(笑)」


「…何よ。」


「顔なんて見えてなかっただろうにな。」


 片桐拓人は首をすくめて呆れたような顔をした。


 そう言われて姉貴のスマホを見ると。

 確かに…このアングルじゃ、Leeちゃんの顔は見えない。



 それにしても…

 二人の関係は…?




 〇園部そのべ真子まこ


「…新井田町の千本橋で、片桐拓人が美女と熱い抱擁…」


 父さんが読み上げるそれを、内心震えながら聞いた。


 あ…ああ!!

 あまり人に興味のないあたしが…

 唯一…!!

 唯一『好き』というカテゴリに入れてる人物…片桐拓人がああああああ!!


 …よりによって!!

 Leeちゃんとなんてー!!


 拓人は今までも、数人の女と噂になった。

 て言うか、常に噂がある。

 だけど噂でしかない。

 だって、一度も撮られてなかったんだもん。


 でも…この写真…


 あああああああ…!!


 Leeちゃんの事は嫌いじゃないけど…むしろ好きだけど…

 拓人とだなんて…


 やだ。

 あたし。

 今日、もう何もやる気なくなった。


 手からスマホが落ちそうになった所で、それを弓弦が取り上げる。

 おかげでスマホは無事だったけど、あたしの心は全然無事じゃない。


「優里からバンドを組んだって事しか聞いてないんですが、メンバーの皆さんは御家族なんですか?」


 拓人がそんな事を言って、弓弦が一瞬パイプ椅子に倒れ込んだあたしをチラッと見たけど。

 あたしは口をつぐんだまま外を見た。


「…ギターが父で、姉貴がキーボード。ベースは俺で…ドラムの高校生は、Leeちゃんがスカウトして来ました。」


 弓弦の声を聞きながら。


 あー…どうしよう…本当…

 夕べのやる気、返して欲しい…


 って、本気で落ち込んでると。


「…まさか優里が、こういう世界でここまでやるとは思ってませんでした。姉の事、よろしくお願いします。」


 拓人がそう言って、頭を下げるのが視界の隅っこに入った。


 ……ん?


「…え?」


「…姉…?」


「…ですよね…あたし、絶対拓人より年上に見えないし…」


 いや!!

 そこじゃない!!


「ふっふ二人、姉弟なのっ!?」


 あたしが立ち上がって問いかけると。


「拓人は、腹違いの弟です。」


「優里は、腹違いの姉です。」


 二人が同時にそう言った。




 あ――!!


 あたし頑張るっ!!




 〇片桐拓人


「…何考えてるの?」


 優里のバンドの控室。

 メンバー達はそれぞれ自分の世界に没頭。

 俺は、思わずここに隠れる事になった現状から、どうのらりくらりと出て行こうと考えていた。


「あ?まあ、とりあえず…宮國に連絡つけねーとなーって。」


 問いかけられた事に答えたつもりが。


「そうじゃなくて…」


 優里は少しうつむき加減に。


「…もしかして、夕べからずっと、あそこで川を見てたのかなって…」


 ポツリとこぼした。


「……ははっ。まさか。なんで。」


 訓練について来れなかったクセに。

 優里は時々するどい。


 手の甲のスタンプでフェスに行ったのかと聞かれたのを思い出して、それを見せる。


「これがあるからって、風呂に入ってないわけじゃねーよ。」


「まあ…そうだけど…」


「…何。」


「…あたしも…あの橋の上で…色々考えた事があったから…」


「……」


 突然、優里と気持ちがシンクロした気がした。


 ぶっちゃけ…

 昨日のフェスで、自分の人生に嫌気がさした。

 あまりにも、周りが輝いて見えて。


 優里は今日、歌う事で社長との事も、全てが上手くいくだろう。

 だけど…俺は?


 俺は…これから先、どうなるんだ?


 漠然と腹の底からせり上がるように湧き出た…何とも言えない気持ち。

 それを持て余して、夕べは当てもなく歩いた。

 そして…あの橋で、ずっと川の流れを眺めてた。


 親父が生きてた。

 だけど、俺はそれ以外でも何人も傷付けて来た。

 生きるためだったとしても…なかった事には出来ない。


 今まで平気だったのに、急に湧いた罪悪感。

 これはー…あれか?

 俺に、人間としての感情が生まれたからなのか?


 二階堂の戦いに加担して以来、寄付したりお節介焼いたり…

 らしくない事の連続で、自分で自分を持て余してる。


 さくらさんに、幸せになるんだよって言われて気付いた。



 俺には…それが何か分からない。




 〇前園優里


「……」


 鈍いあたしにも分かる。

 拓人が…不安定。

 だって、今までなら…こんな所に着いて来たりしないもの。


 みんなは本番に向けて練習してるけど、あたしは何だか…落ち着かなくて。

 拓人のそばに座ったまま、その横顔を見てる。

 だって…心配だよ…


 千本橋…拓人、覚えてたのかな。


 あの橋は、あたし達が日本に来て最初に別れた場所。

 ほぼケンカ別れみたいだったけど。


 あたしは…拓人から逃げる事で、過去からも逃れたいと思ってたけど。

 もしかしたら拓人は…

 あたしと一緒にいる事で、何かから救われたいと思ってたのかもしれない。

 過剰に心配してたのも、それが自分のするべきこと。として…


 初めて、姉弟としての感情が備わった気がした。

 今までは辛い過去を共有してる人間。って認識だった気がする。

 拓人だって、あたしを姉扱いなんてしてなかったし…


 なのに…


『まさか優里が、こういう世界でここまでやるとは思ってませんでした。姉の事、よろしくお願いします』


 …ちょっと、くすぐったかった。



 コンコンコン


 ドアがノックされて、窓に向かって座ってたあたしと拓人が振り返ると。


「お邪魔しま~す。」


「あっ。」


 さくらさん!!


「おっおはようございます…」


 拓人の事が気になったけど、ドアに駆け寄ってペコペコとお辞儀をする。


「うん。おはよ。みんなすごい集中力(笑)」


 ヘッドフォンをしてるせいか…誰もさくらさんに気付いてない(汗)


「あっ、拓人君♡」


「ああああ…部外者を連れて入っちゃって…すみません…」


 さらにペコペコと頭を下げると。


「えー?全然部外者じゃないじゃない。大丈夫だよ!!」


 さくらさんは部屋に入って来ると、何だか元気のない拓人に…


「拓人君、今日は楽しみだね!!」


 そう言って抱き着いたかと思うと…


「……」


 …あれ?

 何だろう。

 二人とも…無言。


 すごく、部屋の中が静かになった気がする。

 メンバーを振り返ると、その手元は動いてるのに…まるで時間が止まったような気がした。


「えーっ、そんなの撮られちゃったんだ。」


「まいりましたよ…」


 …え?


 今度はさくらさんと拓人を振り返ると、二人は笑顔で話してて。

 んんん…?

 あたし、今…一瞬寝ぼけちゃってたの…?なんて思った。


「あーっ、本当だ。でも、いい写真だね。」


「マジっすか…」


「だって、仲良し家族って感じだよー。愛しい♡」


「調子狂う…」


 スマホを手に照れ笑いしてる拓人を見て、なぜか泣きたくなった。


 ずっと、怖い顔をさせてた。

 あたしが頼りないお姉ちゃんだったから…

 拓人は、あたしと出逢ってからずっと…

 ずっとずっと…

 強がってなきゃいけなかったんだよね…


「…拓人。」


 呼びかける声が、震えた。

 それに気付いた拓人は、少し目を見開いたけど。



 今までごめん。

 たくさん、ありがとう。



 口にはしないまま、気持ちをこめて見つめた。

 すると…


「…バーカ。今泣いたら、歌えなくなんだろ?」


 少しだけ涙目になった拓人が。

 あたしの頭をくしゃくしゃっとした。


「…本当に、素敵な家族。」


 さくらさんが小さくささやきながら、あたし達をギュッとして…控室を出て行った。



「あれ?今、誰か来てた?」


「え?ほんと?」


 真人さんと弓弦さんが、ヘッドフォンを外して部屋を見渡す。


「…いくら集中してたからって、みんな鈍すぎねー?」


 拓人が笑いを我慢しながら小声で言って。

 あたしはそれに笑い返した。



 拓人。

 あたし、今日は…


 あたしが変わるために歌うから。


 あたしが、幸せになるために歌うから。



 そして…



 聖君。


 ありのままりあたしを…




 見てて。

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