第57話 「はー…」

 〇里中健太郎


「はー…」


 ベッドに横になったものの…寝付けない。

 今まで、幾度となく大きなステージを目の当たりにして来たと言うのに。

 今日のは…その全てをかき集めても、それ以上のものになった。



 トップの沙都から、トリのSHE'S-HE'Sまで。

 各ステージに出演した、全てのアーティストが完璧なパフォーマンスを披露してくれた。

 あんなものを見せられて、興奮しないわけがない。



 …思いがけず、ビートランドの社長になった。

 まさか自分にこんな日が来るなんて。


 あの頃の自分を思い返して、小さく笑う。


 ロックバンド、SAYSでデビューして。

 京介と小野寺と、がむしゃらに突っ走った結果が…俺の息切れ。

 もしかしたら、元々プレイヤー向きじゃなかったのかもしれない。

 朝霧さんに憧れて、ギタリストを目指した気持ちは真実だったとしても。


 SAYSの解散後、ソロで歌う事を決めた。

 ハードロックから離れて、路上でフォークを歌った事もある。

 高原さんは『好きにしてみろ』と黙認してくれてたけど…正直、あまり期待はされていなかったように思う。


 あの頃の俺に一番幻滅したのは、ベースの小野寺だった。

 解散と同時に潔く音楽から離れた小野寺と違って、迷ったまま正解も見付けられないまま、中途半端な形で歌ってた俺に。


『SAYSを終わらせてまで、やりたかった事がこれか?』


 …小野寺にあんな事を言わせたのに…

 俺は、マノンアワードで特別賞なんて大それた賞をもらって…それを嬉しく思った。

 そんな資格、ないのにな…



「…あー…」


 上半身を起こして、頭をガシガシと掻く。


 今、そんな感傷にふけってどうする。

 俺の後悔なんて、どうでもいい。

 明日。

 明日のフェスも…成功させるために…

 寝ろ!!

 寝るんだ!!俺!!



 ###


 サイドボードでスマホが揺れた。

 こんな時間に誰だ?と思いながら画面を見ると…


『ヤバイ~眠れないよ~』


 アズだった。

 しかも、『世界的にイケてる男達』グループに。


 すると当然…


『早く寝ろ』


『京介だって寝れないんでしょ~』


『もう寝る』


『えー!!何か語ろうよ!!』


『迷惑だろ』


 京介って人見知りで口下手のクセに、こういうのは律儀に返すんだよな。

 不愛想な顔して、スマホとにらめっこしてる所を想像すると…何となく気持ちが解れた。


『写真送るね』


『おい』


 ###########


 マイペースなアズが、立て続けに画像を送って来る。


『アルバム作成しろよ』


『えー、京介、そんな技出来るの?』


『当たり前だろ』


『そうなんだー。明日教えてよ』


『いいから寝ろよ』


『でもみんな起きてるでしょ?既読になってるもん』


 アズにそう言われて気付いたのか、京介は突然何も書かなくなった。

 この一連のやり取りを恥ずかしく思ったようだ。

 いずれは読まれるって気付いてなかったのか?

 て言うか、みんな起きてるとか(笑)


 朝霧『お疲れ様です。何気にHE'Sは二階堂家スタジオで宴会中…』


 アズ『えー!!それ俺も行きたかったー!!』


 京介『聖子が聞いたら荒れるぞ…』


 早乙女『あっ、内緒でお願いします…』


 島沢『嘘ですよ~。みんな帰ってます。光史君もセン君も酔ってる?』


 アズ『そりゃー飲みたくなるよね!!今日のSHE'S-HE'S、サイコーだったもん!!俺、涙ちょちょぎれた!!』


 二階堂『七枚目の写真(笑)』


 二階堂『あっ、あざーす!!』


 アズ『ちょっとー!!神とケンちゃんも入って来なよー!!』


 朝霧『七枚目って、臼井さん?』


 島沢『えぇ…KEELのエリックじゃない?』


 京介『本気で言ってんのか?Lady.Bのボーカルだろ?』


 アズ『わー!!まさか京介が正解なんて!!』


 朝霧『マジっすか』


 島沢『可愛い系と思ってたけど…激しい系(笑)』


 早乙女『涙ちょちょぎれてもらえて嬉しいです』


 アズ『おそっ!!』



「……」


 仰向けになって、そのままトークを眺める。

 アズの送って来た写真を眺めながら…その中の一枚を保存して…いやいや、と思って削除した。


 …どうかしてるな、俺。



 相変わらず続いてるトークを見てる内に、眠気が来た。

 すると…


 神『早く寝ろ(スタンプ)』


 神のその一言(スタンプだけど)で。

 画面には『おやすみ』のスタンプが飛び交った。



 …俺はー…幸せ者だな。

 うん。


 もったいないぐらいの、夢と希望と…後悔も抱きしめて。



 今は、眠ろう…。





 〇高原さくら


「なっちゃん、眠れそう?」


 なっちゃんの顔を覗き込む。

 さっきからずっと…上を向いたり横を向いたり。

 どうにも落ち着かない、なっちゃん。


 今夜のSHE'S-HE'Sやグレイスから『パパ』って呼ばれた事で、なっちゃんはアドレナリンを大放出したはずだよ。

 それにー…


 明日は、Deep Redもステージがあるし。

 興奮した上に、色んな想いで眠れないんじゃ…


「…さくら。」


「何?何かして欲しい事ある?」


 起き上がって正座しちゃう。

 なっちゃんのためなら、あたし…なんだって…!!


「…おとなしく寝てくれ。」


「え…ええっ…?」


 なっちゃんは小さく苦笑いをして。


「さっきから熱い視線に焦げそうだ。」


「……」


 えーと…

 もしかして…

 なっちゃんが眠れないのは…


「うわあ…ごめん…あたしが邪魔してたんだね…」


 小声で言いながら、すごすごとタオルケットを手繰り寄せる。

 そのまま身を縮めて、小さくなった。



 …もしかしたら、緊張して寝付けないのは…あたしの方かもしれないなあ。


 だって。

 明日は。

 本当にスペシャルな一日だよー!!

 今日も十分そうだったのに!!



 里中君のおかげで、シェリーは完璧。の、はず。

 だから、あたしは自分のステージは心配してない。

 楽しめばいいだけだもん!!


 ただ…

 Deep Redが…一曲だけの出演。

 新会長として、それを提案したのはあたし。

 だけど…ずっと揺れてるまま。

 それでいいの?って。


 マノンさんとナオトさんだけじゃない。

 きっと…なっちゃんが一番、もっと歌いたがってる。


 だけど、一曲でいい。って、みんなも我慢してくれてるのは…

 なっちゃんに、もっと生きていて欲しいからだよね。

 うん…

 だったら…

 間違ってなんかない。


 …でも…


「…さくら。」


 ふいに、なっちゃんの静かな声に呼ばれた。

 あたしはタオルケットから顔を出して、上を向いたままのなっちゃんの横顔を見る。


「何…」


「……」


 こっちを見たなっちゃんが、そっと手を差し出して。

 あたしはそれが嬉しくて、いそいそとなっちゃんの小脇に入り込む。


「ふっ…子犬みたいだ。」


「今、なっちゃんが子犬を欲してるなら、それでもいいよ?」


「よーしよし。」


 わしゃわしゃと頭を撫でられて。

 くすぐったさに目を細めてると。


「…明日も…楽しみだ。」


 耳元に、小さなつぶやきが落ちた。


「………うん。すごく楽しみ♡」


「しっかり休めよ?」


「うん。」


 額に唇が来て。

 ああ…何だか、あの頃みたいだ。って。

 トレーラーハウスで暮らしてた、あの頃みたいだ。って。

 そう思うと…一気に眠くなった。


 あたし、数日寝なくても平気だったりするけど…

 なぜか、なっちゃんのそばだと…よく眠れちゃう。


「おやすみ、さくら。」


 大好きな温もり。

 許されるなら、もう少しだけ…何か話していたかったのに。


「…おやすみ…なっちゃ…ん…」


 ああ…心地いいな…


 こうしてると…本当…



 とびきり、優しい夢を見れる気がした…。





 〇高原夏希


「……」


 さくらの寝顔を見つめて、小さく笑う。

 さっきまで俺の様子を気にしてたクセに。


 頭を撫でるとすぐに眠る。

 それがスイッチだと分かってからは、無茶をしてるさくらをそうやって寝かし付けていた。

 家でも事務所でも。



 …今日、SHE'S-HE'Sのステージを見て、涙が止まらなかった。

 自分でも予想外だ。


 知花と瞳のロングシャウト…思い出すと、今も震える。

 …周子にも、届いただろうか。


「……」


 さくらの寝顔を見つめながら、周子の言葉を思い返す。


『私、自分を許せないわ…あなた達二人の幸せを奪って…夏希を独り占めしてしまった…お願い夏希…あの子と幸せになって』


 細い腕で俺にしがみついて。

 何度も、そう繰り返した周子。

 いくら周子に懇願されても、それに応えるつもりも叶えるつもりもなかった。

 さくらは貴司の妻だったし、俺も心の整理は出来ていたから。


 それなのに…これは何なんだ?と、今も時々思う。

 さくらが隣にいて、娘や孫達と幸せに暮らしている現実。

 俺が望まなくても、いくら拒絶しても。

 周りが俺を幸せの真ん中に連れて来た。


 …周子。

 おまえの仕業か?

 俺には、そう思えて仕方ないよ。


 俺も、じきにそちらへ行く。

 それまでは…



「……」


 さくらの頭に唇を落として。


 もし…

 もし、叶えてもらえるなら。

 もう少しだけ…

 こんな時間を過ごさせて欲しい…と。



 小さく、祈った。

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