第56話 『初めまして!!SHE'S-HE'Sです!!』

 〇浅香聖子


『初めまして!!SHE'S-HE'Sです!!』


 知花の言葉に、客席から色んな声が飛んだ。

『待ってた』とか『嬉しい』とか『ありがとう』とか…


 そんなの…


 あたしが一番待ってたっつーの!!


 特にそれに続くMCもなく、四曲目が始まって。

 あたしは、いつものテンポの良さに笑いが出そうになったけど…

 それ以上に泣きそうになってた。


 大昔の決めごと。

『SHE'S-HE'Sはメディアに出ない』

 その理由は理解出来たし、今までの生活を振り返ると正解だったと分かる。


 でもね…

 あたしはずっと、こんなにすごいメンバーの事…自慢したくてたまらなかったから…

 今日、このステージに立てて…本当なら号泣したいところよ。


 ほら、そこの子なんて、陸ちゃんの手元に釘付けじゃない。

 センに見惚れてる子もいる。

 あっ、あそこには光史に合わせてエアドラムしてる子も。


 スクリーンに映し出されるまこちゃんを見て感涙してる子もいるし、知花と瞳さんの最強ボーカルに震えてる子もいるわ。


 でしょでしょ?

 すごいでしょ?

 あたしの自慢のメンバー達。

 ほんっっっっっとに、すごいでしょ?



「……」


 ふと、最前の子と目が合った。

 ポカンとしたまま、あたしの手元を見てたようだ。

 あたしが口元だけをニッと笑わせて首を傾げると…


「キャー!!」


 その子は両手で口を塞いでも聞こえるような悲鳴を上げて。

 続いて…何かをポケットから取り出してあたしに見せた。


『SHE'S-HE'S "S" IS MY BEST BASIST』


「……」


 黒い布に派手な色使いで刺繍してあるそれは。

 ベーシストのSが一つ抜けてるけど…あたしの涙腺を決壊させる威力があった。

 いや、泣かないけど…泣かないけどっ!!


 さりげなく会場を見渡して、光史を振り返ると。

 光史にもそれが見えてたみたいで…なんだか憎たらしい笑顔を向けられた。


 短いけど、ベースソロのあるこの曲。

 気負わないつもりでいたけど、ちょっと力入った。

 いつもは定位置で弾くクセに…偉そうにフロントの最前に出た。

 背後で陸ちゃんとセンが笑ってる気がする。

 でも、いいの。

 みんながあたしの自慢であるように…

 あたしも、みんなの自慢でいたいから。


 だから、あたしは世界に知らしめてやる。

 SHE'S-HE'S "S"…あたし、浅香聖子は。


 世界一のベーシストだ、って。



「聖子すごいっ…カッコいいっ!!」


 マイクをおろした知花が、あたしの首に抱き着いて耳元で言った。


「今気付いたの?」


「ううん。前から知ってたけど、今日はもっと♡」


「ははっ。あんたもサイコーよ♡」


 言葉を交わしながら、定位置に戻る。

 途中で瞳さんとハイタッチして、少し気分が落ち着いた。



 ああ…気持ちいい。

 ようやく、あたしの夢が一つ叶った。



 だけど夢は尽きない。



 これからも。




 〇島沢真斗


『Clap your hands!!』


 知花が客席に手拍子を求めると。

 それまで振り上げられてた拳は、一転して一つの楽器のように音を重ねた。


 …すごい。

 すごいよ。

 本当…SHE'S-HE'Sってすごいや。


 メディアに出ない事も、世界に出る事も、簡単な決断じゃなかったけど。

 僕達は運命共同体。

 色んな局面を、全員で迎え、越えて来た。

 僕には自慢の仲間でしかない。


 …だけど…

 僕がケガをした。

 個人的には名誉の負傷。

 後悔はしてない。

 それでも、動かなくなった左手を見るたび…


 ああ、僕はSHE'S-HE'Sじゃ居られなくなった。


 そう思った。



 僕が色んな事を諦める覚悟をしてる中、みんなは違う選択をして…前に向かってた。


 …驚いたなー…

 知花が、僕専用の鍵盤を作ったって言って来た時は。


 前と同じようには弾けない。

 だけど前と違う弾き方が出来る。

 僕のアレンジ力を信じてくれたみんなのためにも…

 色んな事を諦めるんじゃなく、認める覚悟をした。


 リハビリは辛かったけど、同時に精神力も鍛えられた。

 家族との絆も深まった。


 SHE'S-HE'Sのメンバーは…今までと何も変わりない。

 ずっと、僕を信じて待っててくれた。

 僕の居場所。

 僕が一番輝ける場所。



 手拍子に合わせて光史君がハイハットでカウントを取る。

 次は僕の見せ場が多い曲。

 これは高校生の時、理科室で知花と遊び半分で作ったのが元なんだよね。

 ハードだけどメロディアスで、一度聴いたら耳に残る。


 イントロのピアノソロ。

 動く右手を鍵盤に走らせると、客席から大きな歓声が上った。

 わー…ゾクゾクしちゃうよ。


 僕を振り返った知花が小さくガッツポーズして、瞳さんは親指を突き出した。

 まるで普段のリハ中みたいで、笑えた。


 …うん。

 笑えるよ。


 挫けそうになったら、今日を思い出して。

 何かを諦める局面が来たとしても…それは新しいチャレンジへのキッカケに過ぎないと信じて。


 僕をここまで連れて来てくれた、みんなのために。


 これからもずっと。




 僕はこの居場所を守る。





 〇東 瞳


 あー………ヤバイ。

 何これ。

 ほんと……


 ヤバイ――——!!


 客席は興奮のるつぼ。

 頭抱えて泣いてる子もいるけど…大丈夫?

 色々見えると心配だけど、今は…


 知花ちゃんの声に、自分の声を乗せる。

 なんて言うか…

 この瞬間は、誰にも邪魔出来ない…あたしと彼女だけの物。


 知花ちゃんが、あたしを選んでくれて。

 歌う事を諦めてた熱が、息を吹き返した。

 だから…

 あたし、声が出なくなるまで、SHE'S-HE'Sの一員として歌う。


 ステージ袖を見ると、圭司が楽しそうに腕を振り上げてる。

 もう…バカね。

 その位置だと、カメラに抜かれちゃうわよ?



 夜空を見上げて、少しだけ目を閉じた。


 …母さん。

 見て。

 あたし、すごいでしょ。

 母さんが願ってくれた以上に…幸せになったわ。


 とぼけてる所もあるけど、あたしの事大事にしてくれる圭司と。

 本当にあたし達の子供?ってぐらい賢い、息子の映と。

 賢いけど不器用な映のお嫁さんになってくれた、ちょっと天然な朝子ちゃんと。

 そして、あたしがシンガーとして生きる場所、SHE'S-HE'Sと。


 ね?

 これ以上の幸せって、なかなかないと思わない?



「……」


 ふと、スタッフのブースに視線を移すと。

 そこに…父さんとさくらさんがいた。


 さくらさんは胸の前で指を組んで感激してるみたいで。

 父さんは…泣いてる。


 あーあーあー。

 もう、やだなあ。

 年寄って、すぐ泣いちゃうんだから…



 …母さん。

 病室で話してくれた、母さんの思い出。

 結婚寸前に事故で亡くなったマシュー。

 今、彼と一緒に笑ってくれてるといいな。


 悲しい結末だったけど。

 彼との出会いを語る母さんは、幸せそうだったんだもの。



 憎しみは幸せを生まない。


 だから、あたし…




 父さんとさくらさんのそばにいる存在を見つめて。


 そっと…髪の毛に触れた。





 〇グレイス


「……」


 目の前で繰り広げられるSHE'S-HE'Sのステージに。

 あたしは…震えが止まらなかった。


 …な…何これ…

 とんでもないモンスターバンドだわ…



 バックボーカルが、異父姉だという事は知ってた。

 だけど何の感情も湧かない。

 ずっと離れてたし。


 …そう思いながらも…

 実は意識してたと思う。



 アメリカ事務所で色んなアーティストをプロデュースして来た。

 だけど、どんなに逸材を見付けても…SHE'S-HE'Sを超える存在が現れない。

 どこかで躍起になってたと思う。

 異父姉のいるバンドを超えたい、と。



「…すごいな…会場が沙都君の時と全然違う景色になってる。」


 隣でサティのマネージャーであるヒトシがつぶやいた。


 あたしは、少しだけ唇を噛んで。

 数時間前の事を思い返す。




「沙都君!!良かったよ!!」


 いつもちゃらんぽらんなヒトシが、泣きながらサティに抱き着いた。

 その光景を微笑ましく眺めると同時に…あたしも感極まっていた。


 全米のみならず、世界であれだけアルバムを売ったサティ。

 なのに…アメリカ事務所はサティを評価しない。


 今回、日本で評価されたら。

 日本のビートランドに移籍する約束だ。



 二人の抱擁を眺めた後。

 あたしは一人、サティのトレーラーに戻った。


 きっと、サティは評価される。

 …そうすると、あたしの手を離れる事になる。

 それは寂しいけど…サティにとっては、その方がいい。

 こっちの事務所なら、サティに最善な活動をさせてくれるはず。


 少ししんみりした気持ちになりながら、モニターに映し出されるDEEBEEを見ていると…


 コンコンコン


 ドアがノックされた。


 サティが戻って来たのかと思い、ドアを開けると…


「……久しぶりね。」


「……」


「…って、覚えてないか。」


 そこにいたのは…SHE'S-HE'Sのバックボーカル、東 瞳。

 あたしの…異父姉。


「……」


 無言のまま視線を彷徨わせた。


 どう…どうして、彼女がここに…?


「…ずっと…ほったらかしてごめん。」


「……」


「今更…よね。」


「……」


 言葉が出ないあたしを前に。


「これ、受け取って。」


 そう言って異父姉が差し出したのは…小さな花が細工してあるバレッタ。


「…何…これ…」


 やっと出た言葉がそれで、異父姉は小さく笑った。


「…ずっと昔、あなたに声をかけようって決めた時…お揃いで買ったの。」


「……」


 顔を上げてみると、異父姉の髪の毛に…色違いの同じ物。


「だけど…次の一歩が踏み出せなかった。」


 バレッタを受け取らずにいると、異父姉は無理矢理あたしの手を取った。

 その強引さに少し身を引くと。


「あー…ごめん。でも…」


 苦笑いしながら、少し寂しそうにうつむいて。


「まだまだ子供だったあたしは、ママをあなたにとられちゃうって…ずっと妬んでたの。」


「……」


「あの頃、もっと……」


「……」


「…そろそろ行くわ。」


 声を掛けたかった。

 何か。

 だけどあたしは脳内がパンクしそうで…

 結局、何も言えなかった。


 だけど…



「……」


 ポケットの中にあるバレッタを手にすると、不思議と…今までにない感情が湧いた。

 これは何だろう…


 嬉しい…のかな…



「もー、なっちゃん…大丈夫?」


 少し離れた場所で、さくら会長が苦笑いしてる。

 そこには…

 号泣してる、ニッキー前会長。


 …この人があたしを見付けてくれた。

 あたしが誰も恨まずに生きてこれたのも…この人のおかげだ。



「…大丈夫?」


 あたしが声を掛けると。


「あっ、グレイスちゃん。」


「もう…グレイスでいいですって。」


「ふふっ。」


 あたしは少しの照れくささをグッと飲み込んで。


「あまり泣くと、明日のステージに差し支えるわよ……パパ。」


 ニッキー前会長の背中に手を添えて言った。



 以前から…娘として迎えたい。と言われてた。

 ママへの贖罪としてなら、それはあたしにとってどうでもいい事。

 だから…受け入れる気はなかったけど…


「グレイス…」


 泣き顔が驚いた顔になったパパと。


「もうっ!!なんて最高な日なんだろうっ!!」


 あたしをギュッと抱きしめた、さくらママと。


「え…っ?ええっ…?ええーっ!?」


 とんでもなく驚いて、慌ててるヒトシと。


『See You!!』


 最高で最強のモンスターバンド、SHE'S-HE'Sと。




 天国にいるかどうか分からない、パパ。

 たぶん天国にいるママ。






 あたし、少し変わってみるわ。



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 グレイスの詳しいアレコレは、彼女の回を書く事があれば。

(私の頭の中では、もう出来上がっているのです…)

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