第55話 「行って来る。」
〇桐生院知花
「行って来る。」
千里の腕に触れながらにそう言って、スタッフが待つ場所に向かう。
この先の事は頭に入ってるけど、念のためおさらい。
「……で……に…」
確認事項に小さく頷きながら、ステージを見る。
みんなはすでに定位置にいて。
あとは…あたしがそこに行くだけ。
『SE入れるぞ』
里中さんの声の後、SHE'S-HE'Sの懐かしい曲が流れ始めて。
それと同時に、幕に『SHE'S-HE'S』の文字が浮かび上がった。
すると…
「うわ…」
隣に立ってるスタッフが、肩を揺らせるほど…
大きな、大きな歓声。
…そっか。
あたし達、こんなに待ってもらえてたんだ。
「あと30秒でスタートです。」
スタッフに言われて、それに頷く。
そして…大きく深呼吸をして、周りを見渡した。
「頑張って下さい!!」
「度肝抜いちゃいましょう!!」
そう言ってるスタッフ達は、なぜかもう涙目で。
あたしは小さく笑うと。
「行って来ます。」
渡されたマイクを手に、立ち位置に向かう。
あたしを迎え入れるみたいに、みんながこっちを見てて。
あたしは立ち位置に立つと、みんなを振り返って。
「……」
無言で両手を広げて、その空気をかき集めて手の平に閉じ込めて胸に置く。
今までずっと、一緒にやって来た。
その、みんなのパワーを一つに。
笑顔で見渡すと、みんなも笑顔で。
言葉はなくても…想いは同じだと感じた。
何度目かの深呼吸をしながら、前を向いた。
幕の向こうから、体の芯に響くほどの歓声。
流れてる曲に合わせて、『SHE'S-HE'S』のコールが続いてる。
今からあたし達は…この声援の主達と一つになる。
SEがピタリと止まった。
『いけ』
あたし達にしか聞こえない里中さんの声。
その瞬間カウントもなく始まった演奏と共に目の前の幕が落ち、ステージ前五ヶ所から火柱が上がった。
あたし達の登場と、その演出の迫力に。
客席のボルテージは驚くほど高まった。
「うお―――!!」
「わああああああ!!」
目の前に広がる人の波と…耳に飛び込む大歓声。
…鳥肌。
その光景にも、だけど。
この状況でも、いつも通り最高のサウンドに。
イントロから陸ちゃんとセン、二人のツインリード。
あたしはステージの最前に立つと、ゆっくりと会場を見渡した。
いつもは結んでる髪の毛も、今日は下ろしたまま。
左手でそれを後ろに追いやって、右手で持ったマイクを口元に運ぶ。
瞳さんと一緒に低音から高音へのロングシャウト。
左手を空に伸ばして、そこに届くように気持ちを込めた。
立ち位置に戻って歌詞に入ると、思いがけず会場からも歌声が聴こえた。
こんな早口の英語歌詞…みんな、覚えてくれてるなんて。
Bメロで三つ子ちゃんのコーラスが入ると、その狂いの無いハーモニーにゾクゾクした。
やっぱり、生の声っていい。
そして、サビで…あたしの上を歌う瞳さん。
乃梨子ちゃんに『超音波』って言われちゃう、あたしの上を軽々出しちゃうんだもん…
本当、すごい。
左手が動かないまこちゃんも、リハビリで専用の鍵盤を使いこなせるようになった。
元々器用なまこちゃん。
右手だけでも十分弾けちゃうけど、左手のカバーは両足で。
それでも、ここまで完璧に使えるなんて…
まこちゃんの努力は、きっとあたし達が想像してる以上だよね。
『Guitar!!』
ツーコーラス後のギターソロ。
あたしが指差すと、センが前に出て来た。
昔から見慣れてるレスポール。
きっと、お父様である浅井 晋さんの影響。
ソロの後半は、センから陸ちゃんに。
今日はお気に入りの白いストラト。
色んなギターを持ってるけど、陸ちゃんにはこれが一番似合ってるかな。
…初めてスタジオで合わせた、あの夏を思い出しちゃう…。
センと陸ちゃんは全く違うタイプのギタリストだけど、不思議なぐらい、合う。
『言葉なんて要らない』を地で行く二人。
それは、見てて羨ましいほどに。
振り返ると、光史が楽しそうに笑った。
キメのシンバルの迫力も、いつも通りたまらない。
いつも通りなんだけど、やっぱりいつもよりもっと…カッコ良かった。
ギターソロを口ずさみながら定位置に戻ろうとすると、聖子が隣に来た。
基本、聖子はあまり動かない。
なのに、ここまで来ちゃうなんて…
相当楽しいんだね?
一曲目から、かなりハードな曲。
だけどそれを涼しい顔で弾いてる聖子。
マノンアワードのベーシストバージョンがあったら…
間違いなく、聖子が一位だ。って、あたしは思う。
一度は夢を捨ててしまいそうになったあたしを。
叱ったり慰めたり、
ああ…あたしはすごい人達と、ずっと一緒にやって来たんだ。
遅くなったけど。
本当に遅くなったけど。
あたしもやっと、スタートラインに立てた気がする。
こんな本音、怒られちゃいそうで言えないけど…
みんながあたしを守ろうとして決めた、メディアに出ないルールを。
ようやく…解く事が出来た。
…あたしは、これからずっと…
SHE'S-HE'Sを、第一線で守り抜いてみせる。
〇二階堂 陸
『Guitar!!』
知花のフリでセンが前に出る。
あ~…
しょっぱなから鳥肌が止まんねー!!
何がって、俺らの凄さ。
たまんねーな!!(笑)
それに…この、ハンパねー観客の盛り上がり。
俺達、確かに売れてるけど…こうやって一緒に歌われるとは思わなかった。
センのソロはいつも俺を気持ち良くさせてくれる。
俺は速弾きと派手なライトハンドやチョーキングが好きだが、センは細かいテクニックに長けてる。
同じ事をしても、俺とセンじゃ全く違うタイプになる。
それが面白いんだよな。
さあ、俺のソロだ。
センは前に出たけど、俺はそのまま立ち位置で弾き始めた。
すると、戻って来たセンが唇を尖らせて妙な笑顔になった。
あははははは!!
つい、声を出して笑ったが、きっと誰にも聞こえないはず。
と思ったが、知花だけは振り返って首を傾げた。
…さすがの地獄耳。
こんな大舞台での初ステージ。
それでも俺達は何ら変わらない。
少しの緊張は、最初の知花と瞳さんのロングシャウトで飛んでったな(笑)
それからはもう…
楽しいばっかだ。
…まこが事故に遭った時は、どうなるかと思ったけど…
専用のキーボードを、器用に弾きこなしてるまこを見る。
あいつの頑張りを思い返すと、泣けてくるぜ…
「……」
少しだけ唇を噛みしめて、空を見上げる。
俺…本当に恵まれてる。
こんなに最強のメンバーに出逢えて…
ビートランドっていう最上級に心地いい城に住まわせてもらって…
完璧なスタッフに恵まれて…
最高の音楽を生み出す事が出来て…
あー…
ほんっっっっ…と…
ビートランド、最高だ。
SHE'S-HE'S、最高だ。
〇早乙女千寿
『Sing it!!』
知花がマイクを向けると、客席の声はさらに大きくなった。
その音量に、陸と顔を見合わせて笑う。
心地いい緊張感と、それ以上の楽しみを抱えて挑んだ夏の陣。
俺達SHE'S-HE'S、初の顔出しって事で…俺達よりスタッフの方がピリピリしてた気がする。
ずっと俺達を守って来てくれた存在。
高原さんをはじめ、ビートランドのスタッフには本当に感謝しかない。
これからは、俺達が恩返しをする番だ。
曲は三曲目。
少しポップなこの曲には、少しだけど振付がある。
三ヶ月ぐらい前に急遽決定して、最初は拒んでた知花も…今じゃしっかり踊るようになった。
客席を見ると、早速それを真似て振り付けてて。
それに気付いた知花が笑顔になって、動きが大きくなった。
今度は、それを見た瞳さんが同じように踊り始めた。
あんなに嫌がってたのに…!!
聖子が笑いながらこっちを見て。
俺と陸もそれに笑顔を返す。
瞳さん、後で知花に怒られるに違いない。
やらないって言ったクセにー!!って(笑)
…あー…
楽しいな。
遠い昔。
知花にスカウトされなかったら、俺は茶道家元の道まっしぐらだった。
ばーさまに勘当というカタチで家を追い出されたけど、あれが愛だって事はちゃんと分かってた。
俺をギタリストにしてくれたのは、家族と…織との約束。
これからは、今までのスタンスでというわけにはいかないだろうが…
ギターにも、音楽にも、貪欲でいたい。
だけどそれ以上に…
家族も仲間も、大事にしていきたい。
それが、俺が俺でいるために必要な事だから。
〇朝霧光史
『Come on!!』
今日も絶好調の知花の声に、体の芯を揺さぶられる。
全く…初めて知花の歌を聴いた時の衝撃から、もう何十年も経ってるって言うのに。
いまだに俺は、鳥肌も立つし泣きそうになる時もある。
それは知花に限らず…陸とセンのギターにもだし、聖子のベース、まこの鍵盤にも、だ。
あ、瞳さんの超々音波にも(笑)
今回はまこの娘達…俺の姪っ子の亜希・紗希・真希の強力なコーラス隊もいるおかげで、曲に厚みが増した。
まこの左手のカバーってだけじゃない。
それ以上の役割を担ってくれている。
『初めまして!!SHE'S-HE'Sです!!』
三曲目が終わって、知花がそう言うと。
「この日を待ってた――!!」
「出てくれてありがとう――!!」
客席からは、胸が熱くなる言葉が飛び交った。
アメリカで知花が襲われて。
帰国した後、みんなにメディアに出ない事を提案した。
当時は…知花のためという想いが強かった。
知花がベストな状態で歌えるには、どうしたらいいか考えると…それしかないと思ったからだ。
陸もセンも家業が家業だけに、その提案には賛成してくれた。
まこは、いつも俺達の意見には反対しない。
強い信頼関係があったからだ。
問題は…聖子だった。
知花と聖子にだけは、前もって相談せず。
会議室で決定事項として知らせた。
聖子の、『自慢のみんなを世界に知らしめたい』という涙ながらの告白には…正直少し揺れたけど。
売れる自信があっただけに…安全策を取りたかったんだ。
SHE'S-HE'Sをメディアに出させたがってた上層部からも苦言は出たが…結局は俺達の気持ちを尊重してくれた。
そして、今までずっと…俺達は色んな面で守られて来た。
ビートランドという城は、本当に居心地が良くて、最強の砦もある。
今まで甘えさせてもらった分は…しっかり恩返ししたい。
力尽きるまで。
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