第54話 「……」
〇島沢亜希
「……」
あたしと紗希と真希は…少しだけ足を震わせながら、その場に立った。
その場。
SHE'S-HE'Sが、丸くなって集中してる場。
ここはステージ裏。
周りには、ずっと表舞台には立たなかったけど、周年イベントでSHE'S-HE'Sとステージを作って来たスタッフの方々。
ステージAを沸せたF'sが終わって、客席はざわついてる。
そりゃそうよね…
隣のステージBで、これから…SHE'S-HE'Sが大トリを飾るんだもの…
あたし達の父は…SHE'S-HE'Sのキーボーディスト、島沢真斗。
祖父はDeep Redの島沢尚斗だし、姉は元女優の佳苗。
母の実家は朝霧家で、姉の嫁ぎ先は浅香家。
そんなわけで、あたし達は音楽とは切っても切れない関係にある。
幼い頃に朝霧のるーばあちゃまと観に行ったミュージカルに魅せられて。
さらにはナオトじーちゃまと行ったオペラにも感化されて。
あたし達は中等部の時、声楽科を専攻してウィーンに留学した。
のはいいけれど…
〇島沢紗希
「……」
SHE'S-HE'Sの後ろに立ちすくんだままのあたし達。
今まで、緊張やプレッシャーは何度も経験して来たつもりだけど…
今日のコレは、格別過ぎる。
あたし達三人は声楽留学をしたものの。
帰国してすぐ、日本のアイドルグループに魅せられてハマりまくって。
アイドル目指してビートランドのオーディションを受けた。
もののー…
『今一つ何か足りない』
って、前会長の高原さんに言われて…練習生としてレッスンを受ける事に。
その傍ら、ビートランドでアルバイトしながら、社会勉強も。
そんな時、事件が起きた。
SHE'S-HE'Sで世界に名を馳せた…って、まだSHE'S-HE'S-Mとしか出てないけど。
その、名を馳せた父さんの左手が、事故で動かなくなった。
メディアに出るって決めた後の出来事。
やっと、やっと…ファンの前に姿を現すはずだったのに。
あたし達家族は、周りが思ってる以上に打ちひしがれた。
……けど。
〇島沢真希
「……」
SHE'S-HE'Sが円陣を組んでて。
その背中は…すごく神々しく思えた。
事故で左手が動かなくなった父さん。
だけど、SHE'S-HE'Sは誰も諦めてなかった。
当の本人である父さんでさえ、諦めかけてたのに。
あたし達はそんなSHE'S-HE'Sの絆に胸を打たれて…決めた。
父さんの負担が少なくなるよう、サポート加入しよう。って。
ウィーンで鍛えられたあたし達は、その実力を持ち腐れてた。
帰国と同時にアイドル志望に転身したものの、あたし達の歌い方は…
「今回は最強のコーラス陣がいる。」
光史兄ちゃん(本当は伯父さんだけど、カッコいいから昔からそう呼んでる)が、そう言ってあたし達を振り返った。
「瞳さんのバックボーカル。そのうえ、寸分の狂いもないコーラス隊。マジ最強だな。」
そう言ったのは、ギターの陸さん。
あたし達三人は自然と伸びた背筋を同時に前に倒して。
「全力で頑張ります!!よろしくお願いします!!」
打ち合わせたわけでもないのに、三人同時にそう言った。
「ははっ。本当に息ピッタリ。まこ、頼もしいな。」
センさんが父さんに言うと。
「ああ…本当に。すごく救われてる。」
父さんは少し目を細めて、優しく笑った。
あたし達は顔を見合わせて…小さく頷く。
…絶対、このステージ…成功させなきゃ!!
「そんなわけで、三つ子ちゃんもこっちにおいで。」
聖子さんに言われて、恐縮ながら…あたし達も円陣に加わる。
昔から知ってる人達だし、可愛がってもらって来たけど…実際、存在自体は雲の上。
ますます緊張に拍車がかかった…と思ってると。
「このプレッシャーを楽しむわよ。」
その、知花さんの声に…全員がピリッとした。
だって…
〇朝霧光史
「このプレッシャーを楽しむわよ。」
知花の声に、周りのスタッフの空気が変わった。
今までも周年や突然開催されるイベントで、俺達に関わって来てくれたスタッフ達も…今日はきっととんでもなく緊張してるはず。
そして、今まで何度となく目の当たりにしてるスイッチの入った知花には、今でも慣れてないようだな。
ま、仕方ない。
今日のコレは特別だ。
今までと何ら変わりないとしても…いつも知花の声には体の芯に杭を打たれる気分だ。
真っ直ぐ立て、と。
「さ、ひと暴れしようかしらね。」
聖子の言葉に小さく笑うと。
「ふふっ。楽しみだわ。」
瞳さんがみんなに笑いかけた。
「今日も気持ちよくやるぜ。」
「オッケー。」
「SHE'S!!」
「HE'S!!」
「みんなよろしく!!」
いつものコールと、スタッフへの声。
「はい!!こちらこそ、よろしくお願いします!!」
『ステージB、知花さん以外が板についた時点でステージAの照明落とします』
ステージ上のスタッフに誘導されながら、知花以外のメンバーが立ち位置に向かう。
F'sの興奮冷めやらぬステージAが明るいのと、こちらはステージを覆うように薄い幕が張ってあるおかげで客席側からは見えない。
見上げると、空はダークブルー。
いくつか瞬いている星も見える。
今日は朝からのフェスで、トップは沙都。
続いてオイシーモンさんの代打、DEEBEEで希世が出演。
我が息子達の勇姿に満足してると…
『やる満』とかいう怪しい狐面集団。
あれは、どー見てもクワフォレ。
希世の新しいバンドだった。
見た目は祭りでも、サウンドは文句なし。
それをつまみに陸とセンとで飯を食って…
他のステージも堪能。
…一日中楽しんで、最後の最後にこんな打ち上げ花火なんて。
さらには明日もこんな祭りがあるなんて。
クッソサイコーだな(笑)
椅子に座ってスネアとペダル、ハイハットの位置を確認。
…気合が入り過ぎて、いつも通りには出来ないかもしれないけど。
いつも通りを心掛けて楽しもう。
『SE入れるぞ』
里中さんの声に、それぞれ小さく頷く。
最前の幕に、前方から『SHE'S-HE'S』の文字が映し出されるのと同時に、1stアルバムの一曲目のイントロが小さく流れた瞬間、観客席から地鳴りのような歓声が沸いた。
「すっげ…」
陸が目を丸くしながら振り返る。
その隣ではセンが何にウケたのか、手を叩いて笑ってる。
ステージ袖で指示を受けてる知花が、力強く頷いた後…大きく深呼吸をした。
そして…
〇神 千里
「あ…千里、お疲れ様。」
F'sが終わって、すぐさまステージBの袖に駆け付けた。
知花以外のメンバーはすでにセット完了。
後は開演を待つのみ。
「F'sすごかった。続いてなければゆっくり見たかったのにな…」
「もう何度も観ただろ?」
知花を上から下までチェック。
まあ…野外フェスだからだろうが…
今日のSHE'S-HE'Sはラフな格好。
明日は七生ブランドのCMも兼ねて、すげー衣装らしい。
俺はそれが楽しみでもある。
「いよいよだな。」
前髪に触れて言う。
「うん。」
「…楽しんで来い。」
「当然。」
「…ふっ。」
なんだ。
もうスイッチ入ってんのかよ。
緊張してっかなー…と思って来たものの。
なーんにも心配いらなかったな。
「…千里。」
「ん?」
「あたしの事、理解してくれて…ありがと。」
「……」
無言で知花の腰を抱き寄せる。
理解出来てるかと聞かれると、どうかは分からない。
だけど知花がそう感じてくれてるなら…良しとしよう。
今まで俺が全力で歌ってこれたように。
これからは、知花が全開でSHE'S-HE'Sを楽しめるよう、どんな形ででも応援したい。
知花の腰を抱き寄せたままステージに目を向けると、聖子と瞳がこっちを見てた。
振り返ると、後ろに京介とアズ。
「…一足遅かったな。」
恨めしそうな顔の京介に言うと、その隣にいるアズは。
「瞳~!!頑張って~!!みんなも~!!」
両手をブンブン振りながら言った。
それにつられて、京介も同じ事をして…
「らしくない事しないでよっ。」
聖子に苦笑いされてる。
「知花さん、お願いします。」
知花がスタッフに呼ばれた。
離れる瞬間、指が絡まって。
「行って来る。」
俺を見上げた知花の目は…
もう、ライバルのそれになっていた。
見せて来い。
見せ付けて来い。
お前達が、世界一すげーバンドだって事を。
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おいっ!!早く始めろよっ!!(まことにすみまめーん!!)
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