第53話 『Come on!!』

 〇里中健太郎


『Come on!!』


 メインステージAでF'sがスタート。

 俺とハリーは、神のシャウトに身体を震わせた。


「…ヤバイっすね。」


「ああ…ほんとに。」



 残るライヴは、このF'sが終わった後…隣のステージBでのSHE'S-HE'Sのみ。

 すでに終了したステージCとDには、その映像が映し出されるビジョンが設置されて。

 そちらでライヴを楽しむ観客も多くいる。


 当初、春に開催予定だったイベント。

 それが今日に延期した事によって、バラエティに富んだアーティストが集結する事が出来た。


 まあ、色々大変だったが…その苦労も、レベルの高いパフォーマンスを見れば吹っ飛ぶ。

 そして、またこの素晴らしい音楽人達と、会場全体が一体感を味わえる極上のステージを展開したい…と、欲が出る。



 まったく…すごい奴だ。

 TOYSのステージでは煌びやかな衣装を身にまとい、当時でも見た事のないような力強いパフォーマンスを見せた神。

 もちろん、アズもタモツもマサシも、当時よりダントツに良かったが…

 やっぱり、神だ。

 誰もが、あいつに目を奪われる。



「ちーさんの体力、二十代並み(笑)」


 ハリーが小さくつぶやいて笑う。

 ステージでは、恐らく初めて披露するインスト。

 歌がない分、アズのギターがメロディアスだ。

 それに沸く観客と、それを盛り上げるためにステージを動き回る神。

 京介もそれに応えてパワフルなドラミング。

 クールな映も、今日久しぶりのDEEBEEが完璧だった事もあってか…体を激しく揺らして、今までにない『F'sの映』をアピール。


 ああ…もう。

 これは仕事。

 だが…


「こんな特等席ないよな。」


 そう言わずにはいられない。

 ビートランドのアーティストは、本当に俺を楽しませてくれる。

 その中でも…F'sは…神は、格別だ。



『Sing it!!』


 神が会場を指差すと、客席はそれに応えるために大声で歌い始める。

 相当な大合唱なのに、神はさらに観客の歌声を求めた。


「うわー…なんですのんコレ…鳥肌~…」


 もう、笑うしかない。

 これじゃ、中音も聞こえにくいんじゃ?と思ったが…

 ま、あいつらは聞こえなくてもやってのけるはず。


 観客の大合唱に、神とアズと映は嬉しそうに口元を緩め、京介は目を細めて苦笑いをした。



 勇退した朝霧さんとナオトさんは、明日大トリのF'sに出演予定。

 明日はDeep Redもあるしと思い、今日のF'sへの出演を打診したが…


「Deep Red一曲だけやん。同じ日でええよ。」


「そうそう。それに、ホールの方がしっくり来るし。」


 出たがりのお二人から出た言葉とは思えない。

 屋外ライヴで何かやらかした事でもあるのか?(笑)


「これ、大御所はウズウズしてはるんちゃいます?」


「間違いない(笑)」


 今日は、浅井さんと臼井さんもステージに立ちまくった。

 朝霧さんとナオトさんは、刺激されたはず。

 きっと今頃…腕組みをして唇を尖らせてるんじゃないかな(笑)



「……」


 ステージと客席を見て。

 改めて、ビートランドはすごいと思った。

 そして…


 ある心残りを、そっと…胸の奥に隠した。




 〇桐生院知花


「わー…」


 聖子がそう言ったきり、口をつぐんだ。

 みんなは言葉も出ないほど…真剣にF'sに見入ってる。


 …すごい。

 本当…圧巻。


 つい数時間前、TOYSで最高のステージを見せてくれた千里とアズさんが。

 今度はF'sで…とんでもないパフォーマンスを…


 今まで…何度もF'sを観て来た。

 そして、何度も鳥肌を立てたし…魂を揺さぶられた。

 千里の歌声は、強い。

 誰もがそれに魅了される。


「…まったく…とんでもないわよね。」


 不意に、瞳さんが腕組みをして言った。

 みんなが瞳さんに注目すると。


「今日ってさ、あたし達の初の顔出しじゃない?」


 若干、唇を尖らせてる瞳さん…


「う…うん…」


「なのに、今日はトップの沙都ちゃんからずーっと、話題性抜群のアーティストばっか。」


「……」


「ま、それも全部…」


 あたし達が無言のまま瞳さんを見てると。

 瞳さんはニッと笑って。


「申し訳ないけど、SHE'S-HE'Sの一曲目で忘れ去られるかもしれないけどね。」


 すごく…強気な事を言った。


「あたしはSHE'S-HE'Sの新メンバーだけど、みんなと同じスタートラインに立てる気がして嬉しい。」


 瞳さんには…三年前、あたしが頼み込んでSHE'S-HE'Sに加入してもらった。

 あたしより高音域を出せる、数少ないボーカリスト。

 本当は、それよりもずっと前から意識してた。


 腹違いの姉である事や、昔千里と付き合ってるって噂になった事(のちに嘘だったって瞳さん本人から告白された)もあって意識はしてたけど…

 ボーカリストとして、高い能力を持ってるのに…歌うのをやめてた瞳さんに、ずっとやきもきしてた。



「…三年前の今日、さくらさんと一緒にバックボーカルとしてステージに立った。ダメ出しも相当されたけど、あの日ステージに立った時の快感と…大きな衝撃は一生忘れないわ。」


「大きな衝撃?」


 そう言った瞳さんに、あたしが首を傾げると。


「自分の中の変化よ。本当は一度切りと思ったはずなのに…あの瞬間、一生ここに居たいと思った…ううん…それともちょっと違う…どう言葉にしたらいいのか分からないけど…とにかく…」


 瞳さんは、珍しく言葉に詰まった。

 すると…


「…今の『一度切り』発言の方が衝撃なんだけど…」


 まこちゃんが真顔で言った。


「え…えっ?」


「そうそう。こっちは永久加入と思ってダメ出ししてたわけだし。」


「ええ…セン君…そ…そうなの…?」


「まあ、どう思ってたかは置いといても、もう離れられないっしょ(笑)」


「陸君…ふふっ…うん…出てけって言われても出て行かない(笑)」


「ま、そんなの言わないけど。瞳さん、リハでみんなにダメ出しされても楽しそうだったし。意外とマゾだなあ~って。」


「聖子っ!!」


 あはは。

 みんなで笑って。

 そして…少しだけ沈黙が落ちた。


 ステージにはF's。

 トレーラーの中でも、その圧巻なサウンドが流れてる。



「俺は、SHE'S-HE'Sは家族だと思ってる。」


 沈黙を破ったのは光史だった。


「ずっと一緒にやって来て、上手くいかない事もみんなで乗り越えて来た。」


 その光史の肩に、陸ちゃんが寄り掛かる。


「瞳さんが感じたそれは、たぶんみんなも味わった事がある感情だと思う。言い表せない何か。」


「あー…光史の言うそれ、俺も分かるな。初リハの時の興奮…当時は照れ臭くて言えなかったけど、今はみんなにあの時の俺の心の中を見せたい(笑)」


 光史とセンの言葉を聞いて。

 あたしも…遠い夏の日を思い出す。


 初めて、聖子と陸ちゃんと光史とで入ったスタジオ。

 あたしの書いた曲が、カッコ良くアレンジされてて…

 あの日、あたしも感じた。


 言い表せない何かを。



「…うん。あたし、居座って良かった。」


 瞳さんは感慨深そうな眼差しで、モニターに視線を向ける。


「本当は、いつ『もういいよ』って言われるんだろ。ってヒヤヒヤしてた所もあるのよね。」


 照れ臭さを隠すような口調に、みんなで顔を見合わせる。

 いつだって強気な瞳さんが…こんな事言うなんて。


「ようやく、腹割ってくれたって事ね。」


 あたしがそう言って瞳さんに抱き着くと。


「お姉ちゃ~ん。」


 聖子が、あたしごと瞳さんを抱きしめた。


「姉貴~。」


「お姉さま~。」


 みんながふざけながらあたし達を囲んで。

 あたしと聖子は笑顔なんだけど…

 瞳さんは、一瞬唇を尖らせた。


 あ…泣いちゃう…?

 って思った瞬間…


「ええいっ!!」


 瞳さんが、勢いよくみんなを振り払った。

 そして…


「光史!!陸!!セン!!まこ!!聖子!!知花!!」


 大声で、みんなの名前を言った。

 今まで、聖子以外は呼び捨てにしなかったのに。


「今日も、やるわよ。」


 そう言った瞳さんは、いつも通り…余裕の顔で。

 さすがだな。って思った。


 あたし達より、場数を踏んでる。

 ライヴを知ってる。

 頼もしい家族。


「さ、ステージに行って三つ子ちゃん達と合流しましょ。」


 先にステージ袖に行ってる、まこちゃんちの三つ子ちゃん。

 きっと今頃緊張してるんだろうな…


 左手が動かないまこちゃんの負担を減らすために、と…サポートを申し出てくれた。

 元々アイドル志望で、練習生というカタチでビートランドに所属してたけど。

 思わぬ形でステージデビューの日を迎える事となった。


 声楽留学してた実績がある分、アイドルとしてよりコーラス向きだったのかもしれない。

 リハでの彼女達の寸分の狂いもないハーモニーは、機械で作られたコーラスより厚みと温か味があって素晴らしかった。


 そんな超強力なサポートと共に。


 あたし達SHE'S-HE'Sは、今日…







 世界に姿を現す。

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