第50話 「すごく楽しかったー!!」

 〇大古 保


「すごく楽しかったー!!」


 TOYSのステージが終わって、まだまだどこか夢見心地のような気分でトレーラーに戻ろうとすると、アズがそう叫びながら抱き着いて来た。


「うわっ…も…もー、アズ…」


 その腕を掴んだ途端。

 自分でも驚いたけど…


「…あれ?どしたのタモツ。」


「……」


 涙が溢れた。

 しかも、止まらない。



 TOYSが解散した後、会社員になった。

 だけど、6年間とは言え、一応音楽業界に身を置いた俺は…なかなか社会に馴染めなかった。


 三年で会社をやめて、色んなバイトをした。

 だけど何をしても…熱が戻らない。

 もう俺には、夢も希望もないんだ…



 弁護士の兄貴は、隣町の高級マンションで一人暮らし。

 歯科医の姉貴は同業者と結婚して開業。

 末っ子の俺は…29にもなって就職せもず実家暮らし。

 兄姉とは、俺が会社をやめた時ぐらいから、あまり交流がなくなった。


 最初は優しかった親からの視線も、冷たく感じ始めた。

 ただの被害妄想だったかもしれないが、家に居辛かった俺は…とにかく色んなバイトを入れた。


 そんな時、昼間のバイトの一つで瑞希みずきに出会った。

 ホームセンターのバイトの時だ。


 一つ年下の瑞希は正社員として働いてて。

 俺みたいなバイトにも、分け隔てなく接してくれる所に好感が持てた。


 みんなで飲みに出かけたりしている内に、二人で遊ぶようにもなり…

 やがて、お互いの家族や自分自身について話すようになった。

 そんな俺達が付き合うようになるまでに、そう時間はかからなかった。


 それなのに…

 俺は瑞希にTOYSの話をする事はなかった。

 昔デビューした事がある。なんて、過去の栄光でしかないし。


 二年後、瑞希が実家の八百屋を継ぐと言って、ホームセンターを辞めた。

 八百屋と言っても、従業員もいるほどの店。

 俺は意を決して、瑞希の実家に就職させて欲しいと頼み込んだ。


 最初は反対されてた俺と瑞希の仲も、俺の働きぶりが認められ。

 三年後、俺は婿入りする事に。

 俺は、大野 保から大古 保になった。

 一文字変わっただけだが、生まれ変われた気がした。


 翌年には、息子が生まれた。

 瑞希に似て綺麗な顔立ちだ。

 千尋ちひろと名付けたのは、義父さん。

 どっちが生まれても、そう名付ける。と、生まれる前から決めていたらしい。



 何の不満もなかった。

 家庭も仕事も上手くいってる。

 唯一、不満…いや、心残りがあるとしたら。

 音楽…

 もっと、上手くドラムを叩きたかった。



 TOYSの解散後、一緒にビートランドを退所したマサシは。

 音大を卒業した後、ピアノ教室を兼ねたバンドスタジオを作った。


 正直…羨ましかった。

 堂々と音楽と関われる事が。


 近所だった事もあって、マサシとは交流があったが…

 俺は仕事後にマサシのスタジオじゃない所に通っては、ドラムを叩く事が増えた。

 あの頃、これぐらい叩けてたら…

 俺、もっと堂々とプレイ出来てたんじゃねーかな。なんて…

 今になって何言ってんだ。って思いながら。

 F'sで活躍する神とアズの姿を見ながら。

 天と地ほどに遠くなった距離に、勝手に寂しくなってた。


 神はずっと周年ライヴの招待状をくれてたけど…

 俺のつまらないプライドが、それを拒否させた。

 目の前で見せ付けられるのは…辛い。

 世界のボーカリストと、八百屋の親父なんて。



「わー、このイチゴ、美味しそうだー。」


「……アズ。」


 ある時、突然アズが店に来た。

 正午過ぎの、誰もが少し眠くなるように時間帯に。

 アズが持ったカゴには、たくさんの野菜と果物。


「…こんなに…奥さんが困らないか?」


 アズが結婚したのは、音楽雑誌で知ってたし…

 メールをもらっても返信してなかった事へのバツの悪さに、しどろもどろに問いかけると。


「うちの奥さん料理しないんだよねー。」


 アズは昔と変わらない…明るい笑顔で答えた。


「え…じゃあ、アズが?」


「うん。俺、レシピ投稿とかしてるんだ。良かったら見てー。」


 そう言って、サイトのURLが書いてある紙を置いて帰った。


 それからも、アズは何度か買い物に来た。

 そして…


「配達お願い出来る?」


「あ?ああ…」


 ある日、桐生院というお屋敷への配達を頼まれた。

 何かのお祝いなのか、山ほどの果物。

 


「東さんからお届け物…で…す…」


 門前に受け取りに出て来たのは…


「よお。」


 今やテレビでしか見る事のない神だった。


「え…っ…?」


 俺は神の顔と注文書を見比べて。


「き…桐生院……さん?」


 首を傾げた。


「俺、ここの婿養子。」


「えっ!!」


「あの時の赤毛と寄り戻したんだ。」


「え…ええ…広報の赤毛ちゃん?」


「ふっ。懐かしーな。」


「……」


 いつも…招待状くれるのに、行かなくてごめん。

 そう言おうかどうしようか、悩んでる間に…


「アズが常連化してるらしーな。」


 神が、俺の手から果物を受け取った。


「あ…ああ…」


「俺はあの頃と一緒で料理の一つも出来ねーけど、あいつはメキメキ腕を上げたぜ。」


「……」


「……」


「……」


「…サンキュ。」



 何も言えないまま、俺は配達を終えた。


『俺はあの頃と一緒で』って神の言葉が…やたらと耳に残った。

 何も言えなかった事、死ぬほど後悔した。



 それが、去年。

 神から『集まらないか』と、マサシ経由で連絡があった。


 今度こそ。

 今度こそ、会ってちゃんと話したいと思った。

 その時には、変なプライドも消えてなくなってて。

 それには自分でも…何があったのかと不思議でしかなかったけど…



 俺は…未練タラタラだったんだ。

 みんなには『満足した』なんて解散を提案したはずなのに。

 解散するって高原さんに報告に行った後、神が泣き始めたのを見て…真っ先に後悔しんだ。

 バカだった、って。


 いつだって…神を妬んでた。

 何でも出来て、何でも持ってて。

 出来ない事も、気が付いたらサラリとやりこなしてしまう。

 神はいつも俺の憧れあると同時に、俺のコンプレックスを増長させる存在でもあった。


 中二の時からの付き合いだ。

 嫌いなんかじゃない。

 好きに決まってる。

 だから釣り合う人間になりたかった。

 今思えばちっぽけなプライドだけど。

 神の隣にいても、見劣りしない存在になりたかった。

 妬んでる時点で…全然ダメだって事に気付きもせず。


 F'sで世界に出てる神とアズは。

 俺達との間に差なんて、感じちゃいなかったんだ。

 俺が…俺が、勝手に被害妄想なんて…




「タモツ、よしよし。」


 アズが優しく俺をハグして、背中を叩く。

 そうこうしてると…


「タモツさん!!カッコ良かった!!」


「うわっ!!」


 アズが離れた…と思った瞬間。

 ドンッ…と勢いよく瑞希が抱き着いて来た。


「本当に‼︎すごく…すごくカッコ良かった‼︎」


こんな瑞希、初めてだ。

それが…すごく嬉しかった。


「…良かった。必死で頑張った甲斐があった。」


 そう言って瑞希を抱きしめる。


 ふと顔を上げると、視線の先に千尋がいて。

『親のラブシーンとか…マジ勘弁…』とでも言いたそうな顔をしてる。



『どうして黙ってたの』と…しばらく不機嫌だった瑞希。

 それなのに、今日は…千尋と一緒に来てくれた。

 ああ…

 なんていい日なんだ。



「父さんからも『自慢の婿だ!!』って何度もメールが来てる(笑)」


 瑞希はそう言いながら、スマホを見せてくれた。

 そこには、義父さんがテレビ画面に映った俺を撮ってる写真と。

 楽しそうに手拍子をしてる義母さん、その隣に…


「…うちの両親も…?」


「勢揃いで観たんですって。」


「…そっか…」


 義母さんの隣に、うちの両親。

 そして…


「保!!」


「え。」


 俺が婿に出てからは、ほぼ会った事のない…兄貴と姉貴。

 おまけに、その子供達。


「やっぱり、ドラム叩いてる時が一番保らしいわ。」


「本当にな。こんなにイキイキした保、何年…いや、何十年振りだ?」


「叔父ちゃん、カッコ良かった!!」


「知らなかった~!!自慢しちゃう!!」


「……」


 言葉が出なくて、唇を噛みしめる。


 あー…何だよ…

 泣きたくないのに…


「タモツー、記念写真撮ろうよー。」


 アズがそう言って。


「はいっ、みなさんもっ。」


「えっ、私達も…?」


「いいんですか?」


 当然だけど、真ん中は神で。

 その左隣はアズ。


「マサシ、こっちおいでよ。」


 アズに呼ばれたマサシが、アズの隣に並ぶと。


「じゃ、タモツはこっちだな。」


 神が…腕を伸ばして、俺の肩を抱き寄せた。


「…神、すげーカッコ良かった。」


 ポツリ、そうこぼすと。


「おまえだって、あの頃の何百倍カッコ良かったぜ?」


 神がニヤリと笑って言ってくれた。



「いやーっ!!あたしも入りたいーっ!!」


 マサシの次女が、けたたましく叫びながら走って来て。

 その後ろから、長女と奥さんも遠慮がちに入って来て。


「もー…客席でもここでも目立ちすぎ…(笑)」


 マサシは苦笑い。

 だけど、ちっとも嫌そうじゃない。



「連写いきまーす。」


 スタッフがそう声を掛けて。


「みんな、笑え。」


 神が不愛想に言ったせいで、みんな一瞬ピリッとしたけど。


 カシャカシャカシャカシャカシャ…


 終わらない連写に…


「こ…こんなに撮るの?」


「ぷぷっ。」


「あはは!!撮りすぎ!!」


 最後には、破顔になった。



「あー…ほんと…サイコーだ…」


 空を見上げると、自然とそんな言葉が出た。

 本音以外の何物でもない。

 そんな俺に…


「また頼むぜ。」


 神が、ハイタッチして来た。





 俺、頑張れる。

 もっともっと。

 今までの分も。




 八百屋の親父、兼、ドラマー(笑)



 またまだ、夢見たっていいよな。

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