第48話 「DANGER、すごかったね~。」

 〇神 千里


「DANGER、すごかったね~。」


 モニターに映るメインステージの『KEEL』を見ながら、アズがつぶやいた。


「メンバー違ったよな?」


 思いがけず、このフェスに掛け持ち三昧で出演となったタモツとマサシが、誰にともなくDANGERについての質問をすると。



「高原さんの意向で、リニューアルしたんだよ。」


 何度目かの着替えを終えた臼井さんが、ベースの手入れをしながら説明をしてくれる。

 臼井さんは、今日…MOON SOULにFACEに…ついでにTOYSにも出演。

 年齢を理由にF'sを脱退したのに、そりゃないだろ。ってぐらい楽しんでる。


「高原さんの意向でリニューアル…まあ、俺は元々のDANGERもCDでしか聴いてないけど、ボーカルの子は今の方が合ってるのかな。ハードロックもいいけど、さっきのブルース系の曲も良かった。」


 マサシがゴキゲンな様子で鍵盤を叩くフリをする。

 こいつ、ほんと…ここ数週間で、すっかりミュージシャンに戻りやがったな。


 それはタモツも同じで…


「ドラムの女の子、朝霧さんのお孫さんのお嫁さんだってね。すごいパワフルだし、リズムキープもめちゃくちゃ上手い…」


 昔、朝霧さんにリズムキープの悪さを指摘された事を思い出したのか。

 眉間にしわを寄せてまで、沙也伽のプレイを見入ってリズムを取っている。


「リズムキープと言えば、タモツ、FACEのカバー完璧だったな。」


「ええっ…!?」


 臼井さんからのまさかの賛辞に、タモツは細い目を見た事ないほど見開いて驚いている。


「いや、本当に。やりやすかったよ。」


「あっありがとうございますっ!!」


 一気にテンションの上がったタモツが、立ち上がって臼井さんにお辞儀をする。


 ふっ。

 臼井さん、さすがだな。

 これでTOYSもノリノリで叩いてくれるだろ(笑)



「浅井さんは?」


 アズがトレーラーの窓から外を見る。


「友達と物販見て来るって(笑)」


「あっ!!FACEのTシャツ、俺も買いましたよ~!!あとでサインしてくださいね♡」


「圭司は…いつまで経っても圭司だな(笑)」


「えー?なんですかそれー。」


 アズと臼井さんのやり取りを聞きながら、ギターを手にする。

 基本、TOYSでは手ぶらで歌ってた。

 が、ベースを弾きながら歌ったりもしたし、ギターを弾く事もあった。


 F'sで長年ギターを持って歌ってるだけに、もう手ぶらでのパフォーマンスは無理だ。

 そう思って、久しぶりに軽いストラトを持って来た……が。


「…何だよ。」


 俺のギターを、アズが取り上げる。


「神、今日はギター要らないよ。」


「は?」


「そうそう。久しぶりに派手なパフォーマンス見せてくれよ。」


「……」


 嫌な予感しかない。


 ガタン


 俺は開いたトレーラーのドアに目を向けて。


「…マジっすか…」


 額に手を当ててうなだれた。


 そこには、ギターを手にした浅井さん。


「いや、浅井さんにサイドギターなんてさせられませんから。」


 俺が浅井さんのギターに手を掛けて言うと。


「いやいやいやいや。マノンアワード優勝者のバックに徹するで!!」


「えーっ!!そんなプレッシャー!!」


「あはは。大丈夫やって。圭司のギター、めっちゃ楽しいやん。俺もちょっと遊ばしてもらお。」


「うわー…TOYSで遊べる日が来るなんて、すっごく楽しみだー♡」


 浅井さんとアズが、盛り上がり始めた。


「ビートランド、本当にサイコーだな。」


 臼井さんが、諦めろ。と言わんばかりに俺の肩に手を置く。


「…マジで、クッソ最高ですよね…」


 それに目を細めて答えて。


「…分かった。それならクッソ最高なパフォーマンスするために…着替えなきゃだな。」


 そう言い置いて。

 俺は、ある場所に向かった。




 〇桐生院知花


「大丈夫かな~…何だかF'sよりドキドキする…」


 あたしの隣でそう言ってるのは、瞳さん。

 この言葉、もう何回聞いたか分からない。

 でも…あたしも同じこと思ってる。


 TOYSを観るのは…何年振りかな。

 解散して一度も再結成してないし、周年ライヴでもやってない。



「でも、引退してる二人がMOON SOULでもFACEでも、現役みたいにやってたよね。大丈夫じゃない?」


 まこちゃんがさらりとそう言ったけど。


「心配なのは二人じゃなくて、圭司よ~!!」


 瞳さんは、まこちゃんの髪の毛をくしゃくしゃにしながら言った。


「圭司の事だから、嬉しくて楽しくて何かしでかしそうじゃない~!!」


「……言えてる。」


 つい、全員が小さな声で言ってしまった。

 アズさん、楽し過ぎて何か…って、何だか納得しちゃう。

それも含めて楽しみ。


「あ、始まる。」


 聖子がボリュームを上げる。

 TOYSは千里の希望でステージC。

 どうして?って聞いたら、お客さんとの距離が近いから。って…ちょっと意外な事を言われた。



「あ。」


「…えっ。」


「はっ…」


「んっ?」


「ええっ…」


 始まったTOYSの映像に、みんなが声を上げた。


「こ…これはー…」


 え――!!


「…ヤバイなこりゃ。知花の目がハートマークだ(笑)」


 陸ちゃんが何か言ってるけど、言ってるけど…


 あああああああ!!

 TOYS…!!



 どうしよう…!!





 〇本川凛々子


「こ…これ…ヤバくない…?ねえ、母さん…ヤバイ…ヤバイよね…!!」


「……」


 私の腕にしがみついてるのは、長女の千夏。

 TOYSが始まる前に、ステージCに移動して…それでなくても少し緊張してたのに…


 始まった途端、緊張は一気に興奮に変わった。


 アドレナリンが…!!


「いやーっ!!父さんがあんな服着てるー!!ねえ!!母さん!!何あれーっ!!」


 次女の千春は大笑いしながらも。


「お父さーん!!カッコいいー!!」


 飛び跳ねながら、大きく手を振った。


 あんな格好。


 ほ…ほんと…

 あんな格好…よ…!!


 マサシさんは、時代錯誤?って思うような…羽のついたハットをかぶって。

 胸元がフリルの白いシャツに黒いベスト。

 下はキーボードでよく見えないけど…


 とにかく、こんな格好初めて見る…!!


「ヤバイって!!」


 千夏はさっきからこれしか言わない。

 まあ、ヤバイって言いたくなる気持ちは…分かる…


『跳べ!!』


 ボーカルの神さんが、客席を煽る。

 マサシさんには悪いけど…

 私の目は、神さんに釘付け…!!

 声も姿も神…!!(シャレじゃない)



 マサシさんがTOYSに在籍してたと知って。

 さらにはフェスに参加すると決まって。

 我が家には四六時中TOYSが流れるようになった。


 ハードロックはあまり好きじゃなかったけど、マサシさんがキーボードを弾いてると思うと…その楽曲はとても愛しく思えた。


 …それに、本当に…

 神さんが素敵過ぎて…♡


 夫の友人にこんな気持ちを抱くのはどうかとも思うけど…あっ、でも…恋とかじゃなくて…

 アイドルを想うファン心理かしら…

 娘達がテレビを観て誰かに憧れる気持ちが、今になって分かった。

 若い頃の私にはなかった気持ち…


「ヤバイ…神 千里…本気で神だわ…」


 千夏のつぶやきが聞こえて、つい…


「本当にね…この人、カッコ良過ぎるわ…」


 私まで、想いを吐き出してしまった。

 すると、千夏がゆっくりと私に視線を向ける。


「……」


「……」


 無言で見つめ合った。

 だけど次の瞬間…


「神さーん!!」


 千夏が叫んだ。

 その大声に、私と千春がギョッとしてると。


「こんな時ぐらい、大声出したっていいよね!!」


 これまた…初めて見る千夏だった。




 〇桐生院知花


「あ、ヤバイ。知花が気絶寸前(笑)」


 聖子がそう言って、あたしの肩を抱き寄せてくれた。


 もう…もう…本当にヤバイ…

 千里が…

 カッコ良過ぎて…!!



『TOYS、28年振りらしいぜ!!28年分、突っ走るぞ!!ついて来い!!』


 28年も経ってるなんて思えない…っ!!

 千里のパフォーマンス、何なら当時より派手だし…本当に…カッコいい…

 泣いちゃいそう…


「マジすげーな…今夜F'sがあるの、忘れてねーかな(笑)」


 陸ちゃんが頬杖ついて笑った。


 確かに…って思う反面。

 千里、毎日体力作りする人だから…その辺の心配はないかな…


 モニターに映し出される千里は。

 黒と赤を基調とした、ヨーロッパ宮廷服風の細身の衣装。

 金色のフリンジが胸元で揺れてて…

 それが照明でキラキラ光って……はっ!!


 足っ!!

 あんなに高く蹴り上げるなんてーっ!!


「うわ…神さん、あんなに足上るんだ。」


 センと光史が一瞬真似そうになって諦めた。


 ああ~…やだ…

 もう…


「…どうやら千里の心配より、知花ちゃんの心配した方がいいようね。」


 瞳さんがそんな事を言ったような気がするけど。




 ほんとだ。

 まだF'sもあるのよね…



 あたしの心臓、大丈夫かな(汗)

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