第46話 「うわっ…」

 〇二階堂にかいどう がく


「うわっ…」


 まずは希世ちゃんがドラムの位置に座ると、客席がざわついた。


「誰?」


「なんてバンドだっけ…」


「やりたい事をやらずに後悔するより後悔するとしても……んん?これ、バンド名?」


 だよなー…

 なんでこれがバンド名に…


 って思ったのは一瞬だった。



 自分で言うけど、頭が良くて割と何でも出来るタイプの俺。

 だけど、気持ちいい事や無難な道しか選ばなかった。


 そんな俺が、夢を追うチョコに感化されて…チョコと結婚。

 チョコのお店、choconを手伝いながら…沙都の後釜でDANGERのベーシストになった。


 と思ったら。

 高原さんから、ノン君と共にDANGERを抜けて、新しいバンドを組め、と。

 ええぇ…せっかく紅美(知ってると思うけど、俺の姉)とバンド組めたのに…


 若干ガッカリしたけど、新しいバンド『クワフォレ』は…


 本気のノン君が、マジですごくて…!!

 意外と必死に食らいつかなきゃ、ついてけない現状!!


 ま、それが辛いかって言われるとそうじゃなくて…

 必死になる事の楽しさって言うか。

 毎日楽しいなって思うんだけど…


 何て言うか。

 いきなり、やる事が増えた。


 やる満(略)。


 しかも、クワフォレと全然タイプの違うカッコ良さ。

 そして、ある意味自分を捨てなきゃ出来ない(笑)


 ま、俺は嫌いじゃないよ。

 こういうお祭り要員的な音楽。



「よし、行くぞ。」


 もう、彰ちゃんが壊れてる(笑)

 ノン君にもタメ口なんてさ。

 被り物の威力?

 俺には無理だけど。


 希世ちゃんがドラムを叩き始める。

 そこに杉乃井さんの鍵盤が入って…俺と彰ちゃんが入ると…


『やりたい事をやらずに後悔するより、後悔するとしてもやり切ってやる!!つまり結果、大!!満!!足!!俺達、やる満だ――!!』


 え――!!

 ノン君!!

 スタジオでもそんな事やらなかったじゃーん!!


 少しギョッとしたけど楽しさが倍増した。

 希世ちゃんと顔を見合わせて笑う。

 たぶん笑ってるはず。

 狐にしか見えないけど(笑)


『ついて来いよ――!!』


 ノン君すげー…


 一曲目の『ちい散歩』は、タイトルに反してめちゃくちゃハードで。

 なのに、ノン君はステージの最前でヘドバンしながらギター弾いてる。


 客席はと言うと…

 こんな得体の知れない被り物バンドにも関わらず。


「うおおおおお――!!」


 …超、盛り上がってくれてる。



 彰ちゃんはと言うと。

 …ピョンピョン跳ねてる…



 この二人、最後まで持つのかな?




 〇二階堂紅美


『やりたい事をやらずに後悔するより、後悔するとしてもやり切ってやる!!つまり結果、大!!満!!足!!俺達、やる満だ――!!』


 モニターを見てる沙也伽が、組んだ足を変えながら。


「うわ、何これ。誰。」


 目を細めて言った。


 あたしは、色違いの作務衣姿の…赤を見て。


「…ノン君だ。」


 目を丸くした。


『ついて来いよ――!!』


「…これ、ノン君の声?」


 沙也伽の眉間にしわが寄る。

 確かに…今まで聞いた事のない…声だけど…


 間違いない。

 ノン君だ。


「ええっ!?華音さん!?」


 多香子と麻衣子が、モニターに映る赤狐を指差す。


「え?え?どういう事?」


 沙也伽があたしの隣に椅子を引っ張って来て。


「ノン君から何か聞いてる?」


 唇を尖らせた。


「聞いてない。沙也伽は希世きよから何か聞いてた?」


「…同じく、聞いてない。」


「……」


 だとすると。

 これはー…アレだ。

 ビートランドにはありがちな、サプライズは家族にも秘密。ってやつ。


「ほんっと、もう…ムカつくなあ。沙都とじーちゃんとお義父さん、どこかでプンプンしてないかな。」


 沙也伽はブツブツ言いながらも、『やる満』のヘンテコな歌詞に少しニヤけた。


「さすがにマノンさんと光史さんは知ってるんじゃ?」


「もし二人が知ってるとしたら、他から漏れてる。希世は意外とそういう所、クソ真面目だから。」


「なるほど…」


「あー、やだやだ…サプライズでこんなカッコいい事しちゃってさ…て言うか、何なのこの歌詞…ふふっ…誰が書いてんのよ…ふふふふふ…」


 最初こそ唇を尖らせてた沙也伽も。

 次々と繰り出されるおかしなフレーズに。


「あはははは!!」


 多香子と麻衣子と共に笑い始めた。


 あたしはと言うとー…


「……」


 …やだな。

 ノン君…



『こんなにもおまえのトリコさ…今夜も…俺を満たしてくれ…!!』



 めちゃくちゃ…カッコいい…!!



『SAVASAVASAVASAVASAVA!!』


「ぷーっ!!鯖缶のCM来ちゃうんじゃない!?」


 沙也伽達はバカ受けしてるけど。

 あたしは、ノン君のカッコ良さにしびれてた。



 あああああ…

 何なの!?

 何これ!!


 狐の被り物が邪魔だけど…赤い作務衣に赤い髪の毛。

 何て言うか…


 あたしの色、だよね…?



 あたしが無言で見入ってると。


「…紅美が放心状態(笑)」


 気付いた麻衣子が笑った。


「しょうがないよ…『やる満』カッコいいわ…て言うか、華音さんカッコいい。」


 多香子が、うんうんと頷きながらも…


「でも歌詞…ぷぷっ…」


 ノン君が歌ってるとは思えない、摩訶不思議な世界観に吹き出した。


「彰君が作ってるんだ。作詞作曲、青狐って出てる。」


 もはや『やる満』の正体はクワフォレでしかないと踏んだ麻衣子が、次の曲のタイトル下に出てるソングライターを見て言った。


 彰と言えば…DEEBEE解散後、うちの父さんに弟子入りして、メキメキと実力をつけて。

 高原さんに頭を下げてまで、クワフォレ入りした。


 あのプライドの高い彰がそこまでしたんだから、今回はギタリストとしての生き残りを懸けてるんだなって思ったけど…

 ここまでの事が出来るようになってるとはね…


 DEEBEEの時も、曲を書くのは詩生しおちゃんが主だったし。

 それに、こんなふざけた歌詞をカッコいい楽曲にしあげちゃってるとか…


「…彰の奴、やるわね。」


 頬杖をついた沙也伽が、笑みを消して言った。


「DEEBEEが解散して、DANGERも新体制になって、その両方から集まったメンバーでクワフォレって超強力バンドが出来上がって。」


 多香子と麻衣子も笑みを消して、沙也伽の言葉に聞き入る。


「その上、こういうシークレット設定のバンドがさ、出来ちゃう奴らって…ほんと、そうそういない気がする。」


 …それは、確かにそうだ。


 高原さんの一言でバンドが解散したり新体制になったり。

 ビートランドのやり方は古いって言われる事もあるけど…

 その決断が、いつも化学反応を起こしてる事を、あたし達は知ってる。


 そんな中でも、特に…彰の進化は、誰の思惑にもなかった事なんじゃないかな。

 そして、それによってクワフォレのメンバー全員に、意外性が生まれて…


「…マジで、うかうかしてられないね。」


 そう言ったあたしの目は、恐らく輝きに満ち溢れてる。


 大好きな音楽を、憎いって思えてしまうほど。

 ビートランドは、いつだって…厳しくて温かくて…刺激的。


「紅美がうかうかしてたなんて、知らなかった。」


 ふいに、多香子があたしの肩に寄り掛かって言った。


「お花畑から戻って来たかな?」


 反対側の肩には、麻衣子。


「お…お花畑って。」


「華音さんを見る目がハートマークだったもんね~。」


「一緒に暮らしてるクセに、初々しいったらっ。」


「なっ…!!」


 二人に茶化されたあたしは、勢いよく立ち上がって。


「…そーよ。お花畑よ。だって、ノン君…めちゃくちゃカッコいいもん。だけど…」


 腰に手を当てて、モニターに視線を向ける。

 そこには…ヘドバンしながら絡んでる、ノン君と彰と学。


 そう。

 ノン君はカッコ良くて…刺激的。

 恋人で、婚約者で、仲間で…ライバル。


「やーらしく激しく、あたし達DANGERらしく…やってやろうじゃない。」


 思ってた事を口にしたのは、やっぱり沙也伽だった。

 あたしはニッと笑って、沙也伽が頬杖を外した右手に強めのタッチをする。


「さ、あたし達はあたし達の音楽を。」


「りょーかい。今日、Back Packのメンバーも観に来てるんだ。度肝抜いてやる。」


「おっ、頼もしい。」


「ところで…」


 みんなが立ち上がったところで、多香子が言った。


「…ミッキーは?」






 〇本間三月


「ぶしゅっ。」



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 ミッキーこれだけ?(笑)

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