第45話 「大丈夫か?」
〇桐生院華音
「大丈夫か?」
たまりかねた様子の希世が、彰の背中を叩いた。
なぜかと言うと…
彰が。
盛大に緊張してるからだ(笑)
「こんな彰ちゃん初めて見る(笑)」
学が笑いながら言うと。
「そ…そっそりゃー緊張もするっ……まさか…こんな事に…」
彰の言う、こんな事、とは。
彰の作った『やりたい事をやらずに後悔するより後悔するとしてもやり切ってやる。つまり結果大満足』が採用されて。
しかもバンド名にもなって。
それがシークレット設定のバンドになった。
全くもって、何でもありなビートランドフェス、夏の陣。
今日は…
トップの沙都が、紅美を想って作ったとしか思えない曲を歌った。
ぶっちゃけ、名曲過ぎて腹も立たなかった。
むしろ…気持ちが解り過ぎて泣きそうになった。
『絆の強さは誰にも負けないけど僕の弱さは君を傷付けたね
離れていても大丈夫って君に言えるほど強くなかった僕を許して』
当時の紅美を間近で見てただけに、沙都には腹立たしさしかなかったが。
沙都は沙都で…後悔を抱えたままでいるんだな。
同情するわけじゃないが、沙都の胸の痛さは分かる気がする。
俺だって…良かれと思ってやった事で、紅美を傷付けた事あるしな…
「て言うか、この格好…(笑)」
希世が自分を見下ろした後、みんなを見て笑った。
その様子に、ふっと息を吐く。
そう。
俺達はシークレット設定だから…被り物がある。
衣装は全員色違いの
彰が青で、学が黄色。
希世はピンク、杉乃井は緑。
俺は、当然のように赤だった。
別にこだわってねーけど…
紅美の名前に関連してるからか、昔から自然と赤い持ち物が多かった気がする。
「さ、そろそろ行くか。」
それぞれ、手にしたそれを装着。
頭からすっぽり被る、狐マスク。
夏でも涼しいように作られてて、感謝だぜ。
顔は狐なのに、それぞれのカラーの髪の毛もついてて。
これを被っちまえば、たぶん…誰だか分かんねー(笑)
トレーラーから出て行くと、出くわすスタッフ全員に驚きの視線を向けられた。
俺達の素性は、関わった数人のスタッフしか知らない。
ほんっと…今日までよく黙っていられたよな。
『NEXT STAGE やる満(略)』の文字がビジョンに映し出されて、ざわつく会場。
「おーし、やってやるぜっ!!」
さっきまで震えてた彰が、まるで別人のように高く飛び跳ねながら言った。
「誰、あれ(笑)」
「顔出さなきゃここまで出来るらしい(笑)」
「なんかやっときます?」
「なんかって?」
「ステージ前にやる掛け声とか?」
杉乃井の一言で、彰がタタッと駆け寄ってきて。
「度肝抜いてやろうぜ。さ、丸くなれっ。」
みんなに円陣を組むよう促した。
「も…もー、笑わさないでよ…彰ちゃん…くくっ…」
「ぶははっ…ほんとっ…彰…くくっ…やる満だと別人っ…ははっ。」
学と希世が肩を震わせて、それに俺と杉乃井もつられて笑う。
あー…なんだかんだ言いながら、俺達…楽しんでるよな。
じーさんからDANGERを抜けるように言われた時は、心底ガッカリしたはずなのに。
ギターヒーローになれって言われて…戸惑ったけど、嬉しかった。
まだまだそんな域に達してないのは分かってるけど。
どうにか…じーさんが生きてる間に。
それに近付きたいとは思う。
そうなるには、Quiet Forestで世界に出なきゃならない。
だけど、その前に…
「やりたい事をやらずに後悔するより後悔するとしてもやり切ってやる!!」
彰がそう言うと。
「つまり結果、大!!満!!足!!」
合わせたわけでもないのに、全員が声を揃えた。
「……」
自分で言い始めたクセに、驚いてキョトンとしてる彰の背中をポンと叩いて。
「スタートから全力でイクぜ。息切れすんなよ。」
集中しながら言うと。
「誰に言ってんだ。絶対負けねーから。」
予想以上に、頼もしい言葉が返って来た。
…ほんと、こいつ…
顔隠すと別人かっ(笑)
〇高原夏希
「なっちゃん?来てたんだ?」
ステージ裏のトレーラーの前に立ってると、さくらが俺を見付けて駆け寄って来た。
俺の出番は明日の終盤。
今日は少しだけ顔を出すとは言ったものの、こんなに早く来るとは思っていなかったらしい。
俺も、そんなつもりはなかったが…
居てもたってもいられなかった。
「ああ…」
「…?何かあった?」
さくらが心配そうに顔を覗き込む。
「……」
「なっちゃん…?」
ゆっくりと、さくらを抱きしめる。
そして…呼吸を整えて…
「…今朝、聖が…」
さくらの耳元に、言葉を落とす。
「聖?うん…聖がどうかした?」
「聖が…『高原』姓になりたい…って。」
「…え?」
俺の胸におさまってるさくらが、驚いて顔を上げた。
「え…っ、聖が…そう言ったの…?」
「ああ。」
「そ…それで…?なっちゃんは…」
「NOなんて言うわけないだろ。だけど…本当にそれでいいのか…って想いもある。」
「そう…そうだよね…」
「しかも聖は…」
「…?」
今朝、息を切らして帰って来た聖は汗だくで。
シャワーをした後で話しがあると言った。
俺は何となく…Leeの事だと思っていたが…
「俺、高原 聖になっちゃダメかな。いや、なりたいんだけど。」
中の間で、そう言った。
「…え?」
思いがけない言葉に、俺が何も言えずにいると。
「桐生院の父さんに真実を告げられた後…ずっとモヤモヤしてた。でも、母さんが高原さくらになって、それでいいって…思ってたはずなんだけど…」
聖は眉間にしわを寄せたり、唇を尖らせたりしてそう言って。
「自分が何者なのか、どうありたいのか。そんな事をずっと心のどこかで思い悩んでた気がする。だけど、そんなのどうでもいい事なんだって思えて…」
貴司と雅乃さんの遺影を見上げた。
そして、清々しく思える眼差しで、俺を振り返ると。
「俺、それなら…桐生院の父さんが残してくれた色々を、ここまで頑張って背負って来たけど…そろそろいっかなって。」
「いいかな…とは?」
「父さん、ビートランドとスプリング、合併させない?」
とんでもない事を口にした。
「がっ!!むぐっ…」
叫びそうになったさくらの口を覆う。
こんな所でその話題を出した俺も俺だが、今はまだ誰にも知られるわけにはいかない。
…分かってるけど、どうしても今さくらに話したかった。
聖と、こんなにも距離が縮まった事。
聖が、自分の道を見付けようとしている事。
どちらも、この上なく嬉しい事で…
「さくら、俺はもっと生きるよ。」
愛しいさくらの頬に手を当てて、決意を口にする。
「もう治療は出来ないって言われても、どんな事をしてでも生きる。」
「なっちゃん…」
「聖の行く道をもっと見たい。それに、念願だったさくらの…シェリーのステージも、もっと見たい。SHE'S-HE'Sがメディアに出て、さらに高みに上り詰める姿も…」
ああ…
俺には、まだまだ生きる理由がある。
こんなにも貪欲に、生を求めてるじゃないか。
充分幸せを味わえた、なんて…
単なるきれいごとだ。
「…うん。ありがとう、なっちゃん。ありがとう…」
さくらが、ギュッと俺を抱きしめる。
「あたし、何があっても…なっちゃんのそばにいるよ。ずっとずっと、一緒だから。」
「…頼もしいな。」
ここまで強く、生きると決めた事はないかもしれない。
明日、一曲だけだとしても。
俺はDeep Redとして復活する。
そして…
ビートランドのこの先を。
まだまだ、作っていくんだ。
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