第43話 「きゃ――!!詩生兄ちゃま――!!」

 〇早乙女宝智


「きゃ――!!詩生兄ちゃま――!!」


 妻のふみと、三人の子供達と参戦したフェス。

 詩生しお贔屓の美千留みちるが、まさかのDEEBEEの出演に気絶寸前の大興奮で。


「うああああ――!!華月ちゃ――ん!!」


 俺の幼馴染、ちかしの姪っ子である華月ちゃんの大ファンの智則とものりも、MOON SOULに見た事ないほど白熱。

 その後、詩生のプロポーズに我が家全員で涙し…


『We Are FACE!!』


 FACEの登場に…


「すごくタフな人ね。」


 史が小声で、だけど笑顔で言った。


 視線の先にいるのは、兄貴の実の父親…浅井 晋。

 詩生のMOON SOULでも弾いてたけど、続けてFACEか。


「そうだな。」


 すげーな。

 ドレッドヘアで、ヘドバン。

 70代…だよな?




「楽しんで来てね。いってらっしゃい。」


 今朝、出掛ける時の母さんは、普段と変わりない笑顔だった。


 今日は兄貴達のバンド、SHE'S-HE'Sが初の顔出しで。

 そりゃー、楽しみにしてるわけで。


 いくら野外とは言っても、身内には優しい席が用意されてるとか聞いたし。

 当然、両親共に行くとばかり思ってたら…


「今日は家で楽しむわ。」


 母さんにやんわりと言われて…少し残念に思った。


「明日は行くから。」


 父さんがそう言って、母さんの隣に並ぶ。


「うん。分かった。行って来ます。」


 そんなわけで。

 俺は、ふみと。

 大学二年の長男、智則とものりと。

 桜花高等部一年の長女、美千留みちると、中等部三年の次男、智史ともふみと共に。

 いざ、フェスへ。



「八木さんもいらっしゃるみたいね。」


 運転は若葉マークの取れた智則に任せて。

 助手席に座ってシートベルトをしていると、後ろから史が言った。


「え?八木さんって、八木建設の?」


「ええ。一緒にフェスを楽しむって。」


「へえ…八木さんこそ現地に行くかと思ったけど。」


 ちょっと妙な感じがした。


 八木建設の社長、八木宏樹さんは、元々母さんの高校時代の先輩で。

 丹野 廉さんの追悼セレモニーで再会した、当時の仲間って事で…父さんも知る事となった。


 その流れで。

 兄貴が家を建てる時、八木さんの息子さんが経営されてる八木工務店に依頼。

 あれ以来、何となく…付き合いのある八木さん。


 だけど、うちに来て一緒にフェスを観る……

 うーん。

 何となく違和感ありありだな。



「父さん、じーさま達に夏フェスは酷でしょ。」


 運転しながら、智則が言った。


「え?酷かな。」


「酷だよ。」


「……」


 そうか。

 そうだよな。


 息子に指摘されて、ポリポリと頬を掻く。


 ついつい、イベントは家族で楽しみたくなる。

 父さんはともかく、母さんは行く気満々な気がしてたんだけどなあ。



「今頃、お義父さんと八木さんは『やっぱり行くんだった!!』って後悔してるかしら。」


 史が俺を見上げて言う。


「ん?父さんと八木さんが?」


「ええ。だって、お義父さん、浅井さんのファンなんでしょ?」


「は?」


「再販されたCD、しかもサイン入りを持ってたわよ?」


「サイン入り?」


「ええ。八木さんに頼んで、浅井さんに書いてもらったって。」


「…なんだ。気にしてるのは俺だけかよ…」


「え?」


「いや、何でもない。」


 父さんは、母さんの事が大好きだ。

 だから、何となく…浅井さんを苦手に思ってないかな…過去の事には出来てないかな…って、勝手に心配してた。


 だけど、兄貴と父さんって仲いいし…

 むしろ、俺と父さんより、兄貴と父さんの方が話が合う所もあるからなー…

 …うん。

 早乙女家は、円満だ。



『Thank You!!』


 丹野 廉が腕を振り上げる。

 この世にいない人だなんて、嘘みたいだ。



「ねえ、詩生兄ちゃまに会いに行っていい?」


 一応バックステージパスをもらってる美千留が、ウズウズした顔で言った。


「一人でか?」


「俺も行くに決まってるだろ。」


 華月ちゃんファンの智則が、美千留の隣に並ぶ。


「智史は?」


 史がシャイな智史に問いかけると。


「…僕も、行ってみたい…」


 智史は少し赤い顔をして、智則の後ろに隠れた。








 〇早乙女 涼


「八木さん、行かなくて良かったんですか?」


 あたしが問いかけると、八木さんはビールを一口飲んで。


「現地じゃこんなに涼しく楽しめないから。」


 智則が用意してくれた大画面を前に、ビールとおつまみで満面の笑み。


「政則さん、野外フェスに行った事は?」


「ないですよ。私はビートランドのホールでのライヴも、興奮し過ぎて眠れなくなるんです。野外フェスなんて行ったら、一週間は眠れなくなりそうです(笑)」


「アドレナリン大放出なんですね(笑)」


 二人の会話に、小さく笑う。


 政則さんは、ビートランドのイベントのたびに、会場に出向き。


「ああ、とても良かった。感動した。」


 なんて言って…その夜は本当に寝付けないでいる。


 先日の『マノンアワード』にも、誰から来客パスをもらったのか。

 会場に行って楽しんだようで…


「千寿が世界で五位なんて、嬉しくて泣いてしまったよ。」


 と、興奮した様子で喋ってた。


 本当に本当に…優しい人。



「お孫さんのサプライズ、カッコ良かったですね。」


 FACEが終わって、少しの休憩時間。

 会場のビジョンに詩生のプロポーズ場面が出て、客席が再度歓声を上げている様子が映った。


「千寿の子供達は、三人とも全くタイプの違う子でね…詩生は華やかに見えて繊細な子で、色々心配もあったが…ようやく道を見付けたようだ…安心だな…」


 そう言いながら涙ぐむ政則さん。

 この人は本当に、家族を愛して止まない。

 …とても素敵な人だ…


「園も画家として成功して、千世子も夢を叶えて頑張っている。宝智の子供達も、まだ夢を探している途中かもしれないが…千寿の子供達のように、夢は叶うと信じて突き進んで欲しい。」


「政則さんはお孫さん達の事もよく見てらっしゃる。涼さん、素敵なご主人だね。」


「ええ、本当に。」


 明日は、ホールでの開催。

 家族みんなで行く楽しみもあるけど…

 懐かしい顔に会えるのも楽しみだ。



 あと…どれぐらい…

 私達には、時間が残されているのだろう。


 そう考えると、恐怖に似た感情も顔を出すけれど。

 私達も、もう高齢だ。

 いつ、別れが来るか分からないからこそ…今を楽しみたい。


 家族や大事な人達を、今まで以上に…大切にしたい。


 -----------------------------

 相関図ぐちゃぐちゃなのに、新しい名前出た――!!

 宝智君と史さん、久しぶりの登場でしたね。(覚えてるかな)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る