第40話 『みんなー!!楽しんでるー!?』

 〇早乙女詩生


『みんなー!!楽しんでるー!?』


 華月の言葉に、客席はみんな笑顔で歓声を上げる。

 俺はチューニングをしながら…少し緊張してた。


 次の曲は…アレだ。

 公募した中から選んだ歌詞の…『ゼロ』だ。


 里中さんに頼んで、映像を用意した。

 ちゃんと流れるかなー…

 ドキドキして来た…


「…俺のがドキドキしてきたわ…」


 背後でじーさんがつぶやく。


「…頑張って来る。」


 小さく言いながら客席に背中を向けて、じーさんと臼井さん、タモツさんとマサシさんに視線を送った。



『次の曲、聴いてください。ゼロ』


 華月の紹介と共に、ゼロのイントロが始まった。






 〇桐生院華月


『次の曲、聴いて下さい。ゼロ』


 あたしがコールすると、マサシさんのピアノが響き渡った。

 この曲は、公募して集まった300作品の中から選んだ歌詞。

 おばあちゃまと里中さんと詩生とで…全員一致だった。


 スクリーンに映し出される歌詞。

 何となく、あたしの気持ちそのものに思える。



 ……あれ?


 スクリーンには、演奏中のあたし達が映ってる下に歌詞が出てたのに。

 突然、ビートランドの会議室が映り込んだ。

 少し目を丸くしたものの、そのまま歌い続けてると…


「……」


 詩生が、会議室で何かを書いてる姿が映った。

 そして…


「…うそ…」


 ちょうど歌詞が終わった所で、言葉が出てしまって。

 あたしはマイクを持ってない左手で…驚きの声を出さないよう、口を覆った。


 …何?

 どうして…?


 客席もスクリーンを見入ってる。


『ビートランドの『歌詞公募』に応募します』ってテロップ…

 詩生の手元にあるのは…今、あたしが歌ってた歌詞…


 そして、五作品を選出する様子と…その中から、この歌詞を選ぶ様子まで…。


 …いつ撮ってたの?

 全然気付かなかった…

 て言うか…


 まさか。

 まさか、詩生が書いてたなんて…



 客席から大きな拍手と冷やかしの歓声が上がる。

 あたしの視線は正面にあるスクリーンに釘付けだったのだけど…そのスクリーンに写ってた会議室が消えた後、映像が会場に戻ると。

 スクリーンには、あたしの隣に立つ詩生が映った。


「えっ…」


 夢中でスクリーンを見てたせいで、気付かなかった。

 それが少し恥ずかしくて、笑いながら詩生を見る。


「…もう、何あれ…」


 まだまだパニック。

 この気持ちをどう言葉にすればいいのか…


 『ゼロ』はマサシさんのソロ中。

 その心地いい旋律を聴きながら、このサプライズの嬉しさを詩生に伝えようと…


「華月。」


「…え…」


 さらに頭の中が真っ白。

 突然、詩生が跪いて…


「華月、俺と結婚して欲しい。」


 指輪のケースを開いて…差し出したのよ。


「……」


 結婚しようって約束した。

 だけど、色んな事があって…今のままでもいいのかもしれないって。

 あたし達の進む先に結婚があったとしても、今は詩生を支える事が一番だ、って。


 …あたし…そう言い聞かせてた。


 ずっと結婚に憧れてたし、この日を待ってた。

 強がってただけ。

 でも、それでも詩生が大事なのは本当だから……って…ああ…もう、支離滅裂…



「返事は?」


 驚いたまま動けないあたしに、詩生が笑顔で問いかける。


「い…」


「い?」


「イエスに決まってるじゃない…っ!!」


 詩生の手を取って、そのまま抱き着いた。

 演奏が聴こえなくなるほどの歓声。


「…嬉しい。めっちゃ嬉しい。でも、今は続きをやろうぜ。」


「も…もうっ…なんで曲中なのよ…」


「驚かせたかったから。」


「バカっ……大好き…」


「…知ってる。」


 指輪をはめて、キスをする。

 父さんに怒られちゃうかな…って思ったけど、嬉しさの方が勝った。



 ゼロ


 迷うなんて自分らしくない

 あたしはいつだって前を向いて生きて来たから

 それでも立ち止まりそうな時は

 少しだけ下を向いて

 少しだけ振り返って

 あの輝きを思い返すの


 あなたが好き

 簡単なようで複雑な関係

 それでもその手を掴むわ

 分かり合えない日があっても

 選んだ道は誰の物でもないから

 あたし達は思うままに進むの


 あなたが好き

 シンプルにそれだけでいい

 だから今日 この場所から始めたい

 進む道が険しくても

 二人でなら苦しみも愛しいって

 あなたも知ってるんでしょう?


 迷うなんて自分らしくない

 あたしはいつだって前を向いて生きて来たから

 それでも立ち止まりそうな時は

 隣で手を繋いでいて

 あたしの間違いを笑って

 未来を夢見て愛を語って


 もう振り返らない

 あの輝きは置いていく

 この先にある

 新たな輝きを目指して

 ここから始めるの





 〇早乙女詩生


「やったな!!」


 華月が歌に入った途端、じーさんが背中に体当たりして来た。


「うおっ…」


「成功するとは思ってたけど、大成功で何より!!」


 臼井さんまでが…祝福に来てくれた。


 見ると、タモツさんとマサシさんも笑顔。

 いや、マサシさんに限っては…号泣…


 いや、曲中ですけど(笑)



 …華月を知ってる俺が書くのは反則かなとも思ったけど。

 まさか、選ばれるとは思わなかった…俺の歌詞。


「……」


 空を見上げて、あの洞窟での日々を思い出す。

 岩間から見える空だけが、じーさんと俺の空だった。

 辛かったし、死ぬ思いもしたけど…

 だから余計に、今が愛しい。


『ごめん…ビックリして…それと、思い切り私事ですみません…』


『ゼロ』が終わって、華月が頬を押さえながらそう言うと。


「全然いい!!おめでとう!!」


「シオー!!よくやったー!!」


「華月ちゃん!!シオ君!!おめでとう!!」


 あちこちから、祝福の声が聞こえた。


 マサシさんが結婚式でよく聴く曲を弾き始めて。


『嬉しい…!!みんな、ありがとう!!』


 華月は満面の笑みで、バンドメンバーと会場中にお礼を言うと。


『詩生、愛してる。あたしの夢を叶えてくれて、ありがとう』


 そう言って…俺に抱き着いて、長い…キスをした。




 華月がこんな公衆の面前で…珍しい。

 俺はめちゃくちゃ嬉しいけど…


 ステージ袖から殺気を感じる。



 生きて帰れるかな(汗)






 〇本川千春


『詩生、愛してる。あたしの夢を叶えてくれて、ありがとう』


 そう言ってシオに抱き着いて、長いキスをした華月ちゃん。


 キャー!!

 って大声出したかったけど…出なかった。


 何て言うか…

 神々しい?

 見惚れちゃうような、美しいキスシーン。


 テレビのキスシーンでも気まずくなっちゃうのに、今日は隣にいる母さんもウルウルした目でステージを観てる。

 やっぱ、華月ちゃんは特別なんだよ…

 すごいよ…


 シオが跪いた瞬間、あたしとお姉ちゃんと母さんの目からは、信じられない速さで涙がこぼれた。

 周りも、みんなそう。

 ああ~…感動だ~…!!



「華月ちゃ――ん!!シオく――ん!!おめでと――!!お幸せに――!!」


 力を振り絞って叫ぶと、あたしの声援が届いたのか…

 華月ちゃんがあたしを見て、手を振ってくれた…!!


「ハッ…見た!?今の見た!?」


 お姉ちゃんの肩を揺さぶりながら言うと。


「う…うん。見た見た…華月ちゃん、可愛いだけじゃなくて優しいね…」


 お姉ちゃんは、ボーっとした顔。


 もう!!

 もっと一緒に盛り上がってよー!!


 それにしても…

 MOON SOULのお披露目に、おめでとうって叫びまくってたのに…

 まさか、このステージ上でプロポーズなんて…もう…ああ――!!

 華月ちゃん、すっっごく嬉しそうだよ~。

 ただでさえキラキラしてるのに、もう眩しくて見れないぐらいキラキラが増したよ~。


 シオ!!

 あたし、あんたを見直した!!(何様)



 その後、ノリノリのダンスナンバーでMOON SOULは終わった。

 もう…騒ぎ過ぎて…クタクタ…

 て言うか…この後の人達、大変だよ…

 こんなインパクトあるステージの後…


 フェスのプログラムって、知ってる名前もあるけど…何だかほぼシークレット。

 サプライズ的なバンドが多いみたい。

 ま、観客席はビートランドファンばかりみたいだし、誰が出ても楽しめそうだよね。


 あたしもこの日のために、猛勉強したもん。

 ビートランドのアーティスト、ほんっとカッコいい人達ばかり!!



「次の父さんの出番って何時頃かな。他のステージも行っちゃう?」


 あたしがスマホでステージごとのタイムテーブルを見てると。


「…でも、こんな風にサプライズがあると、いつ出て来るか分かんないわよねぇ…」


 母さんがステージに目を向けたまま、首を傾げて言った。


 うわー…

 何だか母さんが乙女だー!!


「それもそうだね。ま、他のステージはいつか出るDVDを父さんに買ってもらうって事で。」


「TOYS以外にも、まだあるって事?」


 お姉ちゃんが、ないない。って顔で言ったけど。


「きっとあるよ。だって、父さん毎日すっっごく練習してたもん。」


 あたしがそう言うと。

 お姉ちゃんと母さんは。


「…確かに。きっと出番あるね。うん。待機しよう。」


 笑顔になった。



 あ――!!

 楽しい!!


 ありがとう!!

 ビートランド!!

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