第39話 「へーえ…」

 〇神 千里


「へーえ…」


 俺は、ステージ上で楽しそうに演ってるタモツとマサシを見る。


 あいつら…


「もー!!何これ!!」


 何も知らなかったアズが、後ろから抱き着いて来た。


「俺らとやる時より楽しそうじゃんかー!!」


 俺が思ってた事を口にしたアズに小さく笑うと。


「あっ、神は知ってたんだよね?いつもそうだよね?」


 ぷう、と頬を膨らませる。


「いくつだ、おまえは。」


 そんなアズの頬を人差し指で突いて。

 再度、ステージに目を向けた。



 楽しそうで何より。

 客席を笑顔にするには、まずは…演者が楽しくないとな。


 その点で言うと、今日はトップの沙都、DEEBEEも合格だ。

 特に…DEEBEEは、観てて初めてワクワクした。


 解散してからなのが惜しいが、きっと解散したからでこその結果だ。



 …今日、家を出た時。

 後から来ると思ってた義母さんがついて来た。

 もうそれだけで、何か話があるとは思ったが…



「ねえ、千里さん。」


「なんすか。」


「フェス…成功するよね?」


「……」


「うん。大丈夫だよね…」


 いつも強気な義母さんが、珍しく弱気な声で言った。


 明日はサプライズでDeep Redも一曲だけ出演する。

 義母さんは…フェス自体の心配じゃなくて、そこを気に掛けてるんだろうが…



「大丈夫っすよ。ほんっと、ビートランドの輩って、身を粉にして働くのが好きな奴ばっかなんでね。」


 本当に。

 特に社長に就任した里中は、寝る間も惜しんで動いてる。

 ま、現場に出るのがあいつの楽しみでもあるからな…


「…うん。そうだね。頼もしいな。」


「何も心配は要らないっすよ。しいて言うなら、明日のシェリーが…」


「あーっ!!言わないでよーっ!!緊張してるんだからぁ!!」


 明日は義母さんも『シェリー』として出演する。

 今回のフェスは、DEEBEEは思いがけずだったが、サプライズだらけだ。



「……」


 ステージに立つ華月を見る。

 あんなに生き生きしてる華月は…いつぶりだ?


 正直、詩生との関係は上手くいかないと思ってた。

 だが…二人は色んな感情の壁を超えて…今、こうしてステージに立っている。

 まあ、面白くない気持ちも…少しはあるが。


 華月が選んだ道だ。

 歌う事も、詩生と生きる事も。



「華月ちゃん、すごいね。知花ちゃんと神とも、ノン君とも違うタイプのシンガーだ。」


「…そうだな。」


 ケガをして歩けなくなって。

 モデルの道を断たれたかに思えた。

 それでも華月は諦めなかった。


 …いつも前を向いて…


「……」


 あの頃の事を思い出すと、泣きそうになった。

 俺は何もしてやれなかった。

 だから…これからは。



 全力で、華月と…華月と、詩生をサポートしたい。




 〇早乙女詩生


「華月ちゃーん!!」


 客席から聞こえて来た、千春ちゃんの声に小さく笑う。

 今日も全力で華月の応援をしてくれてる。


 振り返ると、タモツさんが楽しそうにドラムを叩いてて。

 キーボードのマサシさんは、今にも踊り出しそうだ。

 臼井さんの安定感のあるベースと、伝説のギタリスト…じーさん。

 ギターソロもない曲で、本当は物足りないだろうに…本当、引き受けてくれて感謝だ。

 親父には盛大にヤキモチを焼かれたけど…地下牢での時間を共にした者の特権だよな。



 ああ…

 音楽っていいな…



 華月の最高の笑顔がスクリーンに映し出されて。

 俺は…それを笑顔で見入る。


 華月の声にかぶせて、俺が上を歌うと。

 客席からは『シオ――!!』って声が聞こえる。


 フロントに立ってなくても。

 メインで歌わなくても。

 俺を見付けてくれる人はいる。


 華月を悲しませたし…苦しませた。

 そんな自分が大嫌いになったし、華月には相応しくないと思った。


 それでも華月が俺の隣にいる事を選んでくれて。

 俺も…覚悟を決めた。


 誰に何と言われても。

 華月の選んだ道を、後悔させない。と。


 だけどなー…やっぱ、華月はすごい。

 俺は自分が嫌いだった。

 なのに、華月がMOON SOULをやろうって言ってくれて…

 こんなに穏やかに曲が書けて、笑顔でギターを弾きながら歌ってる自分が…

 好きになった。



 まだまだ、やれる。

 そんな自信をくれた華月を…


 俺は、一生大事にする。





 〇桐生院華月


 緊張してないって言ったけど…ちょっぴり足が震えてる。

 でもこれって、きっと『武者震い』ってやつよね。


 ステージから見るお客さんの笑顔は、あたしがモデルとしてステージを歩いてた時のそれと同じように見える。

 だから…初めてと言うより、帰って来た。って気持ちの方が大きいのかな。


 だけど大きく違うのは、あたしが歌ってるって事と…

 詩生が同じ空間にいるって事。

 まさか、こんな事になるなんて…ね。


 自分の決断でこうなったとは言え、今も夢のような気がしてしまう。


 だって…

 詩生の顔は、すごく穏やかで。

 自信に満ちている。



『次の曲は、あたしが作詞しました。』


 マイクを両手で持って言うと、客席から温かい拍手が上がった。


『あたし自身に向けて書いた物だけど…多くの人に共感してもらえると嬉しいです。』


 最初は…詩生について行くって決めた時の気持ちを書いた歌だった。

 だけど少し書き換えた。

 あたしの…大事な人に届くように。

 想いを込めて…


 そしてあたしは詩生のギターに合わせて、ゆっくりと歌い始めた。




 Good-Bye To You


 ねえ 知ってる?

 夢は叶えるためにあるって

 だけどあたしは思うの

 夢は見るだけのためにあってもいいんじゃない?って


 欲張りなあたしには夢が多くて

 バカだなあ…って途方に暮れる事もある

 でも気付いてるのよ

 一番欲しいのは何かって


 幸せになりたいの

 みんなで幸せになりたいの

 だとしたら

 あたしの歩く道は もう決まってるね


 あなたにさよならを言うわ

 夢見てたあたしの中のあたしに

 これからは夢じゃない

 ただ現実を突き進むの

 それは決して夢じゃない

『生きていく事』なの



 欲張りなあたしには夢が多くて

 抱えようとしても溢れてしまう

 でも知ってるのよ

 最後に残って欲しいのは何かって


 幸せになりたいの

 今まで以上 最上級のやつね

 それが何かって

 あたしはもう知ってるの 本当よ


 あなたにさよならを言うわ

 夢見てたあたしの中のあたしに

 誰かに笑われてもいい

 過去の栄光は輝かしいけど

 今生きるために必要なのは

 愛しい人の手なの


 あなたにさよならを言うわ

 夢見てたあたしの中のあたしに

 これからは夢じゃない

 この瞬間を歩くの

 愛しい人の気持ちに寄り添いながら

『現在』を生きるのよ


『現在』を生きるのよ




 スクリーンに映し出される訳詞は、詩生が書いてくれた。

 わざわざあたし目線で書いてくれて…何だかちょっと泣けてしまった。


 あたしが詩生を支えたいと思ったのに。

 今、詩生は…十分あたしを支えてくれてる。


 あたし達には色々あったけど…

 お互いの気持ちだけは変わらなかった。

 もう、あの頃の事は振り返らない。

 詩生はアルコールを口にするようになったけど…昔みたいに酔わなくなった。

 PTSDになった事がキッカケなのかな…とは思ったけど。

 そんなのは気にしなくてもいい事かもしれない。


 あたし達は…

『現在』を…


 現在からを、生きるんだから。

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