第38話 「おとーさ―――ん!!」

 〇本川千夏


「おとーさ―――ん!!」


 隣にいる千春が大声で叫ぶと。


「えっ!?誰がお父さんなんですか!?」


 周りの人が千春を見て言った。


「キーボード弾いてるの、うちの父なんです!!」


 千春は自慢そうに、父さんを指差す。


「えー!!TOYSのマサシ!?すごい!!いいなあ!!」


 周りからはそんな声が上がって…あたし達は目を丸くする。


 え?

 す…すごいの?

 うちの父さんが?


「TOYSって神とアズばっかり目立ってたけど、マサシとタモツもいつも楽しそうにプレイしてて好きでしたよ!!」


「そうそう!!だから今日観れるなんてサイコー!!」


 そう言ってくれた人達は、父さんと同世代なわけで…

 今ステージの上でキラキラした目をしてる父さんと同じように、目を輝かせてる。


 あたしは母さんに体を寄せると。


「…嬉しいね。」


 小声で言った。

 すると母さんも。


「…そうね。」


 小声で、だけど今まで見た事ないぐらい、はにかんだような…あたしと同じ歳ぐらい?って思うような笑顔になった。



 あの日…父さんが千春と共にタモツおじさんの加勢に出かけて。

 帰って来たのは深夜だった。

 二人は嬉しそうな顔をして、バナナとリンゴを持って帰った。


 それからは、タモツおじさんが毎日うちに来て…

 ついでに、千尋ちひろも来た。


 千尋は当時高校一年生(つまり現在高二)で、タモツおじさんの一人息子。

 いつも学校から帰るとすぐに店を手伝う孝行息子として近所でも有名。

 おじさんが熱心にドラムの練習を始めて、その分千尋が最後まで店番をして。

 お店を閉めてから、スタジオに見学に来るようになった。


 そんな千尋も、今日はおばさんと客席にいる。


 あたし達は…TOYSがサプライズで出るのは知ってたけど。

 まさか…

 華月ちゃんのステージに出るとは聞いてなかったから…

 あたしは、静かに大興奮中だ。



「おと―――さ―――ん!!」


 千春の絶叫が届いたのか。

 曲の合間に父さんが手を振ってくれた。


 すると…


「マサシ――!!」


 あたし達の周りにいる人が、みんな両手を上げて手を振る。


 あー…なんて言うか…嬉しい。

 嬉しくて、楽しいのに…泣いちゃいそうだ。



『メンバー名出たけど、メンバー紹介するね‼︎』


 華月ちゃんがそう言うと、客席は割れんばかりの拍手。


『みんなきっと知ってるよね。一年半前までF'sだった臼井和人さん!!』


『F'sが最後のバンドだと思ってたけど、また出て来てしまいましたっ!!』


 華月ちゃんに続いて喋った臼井さんのコメントに、会場は大盛り上がり。


 確かに…F'sで一人だけ高齢だから、もう引退なのかなあ…って寂しく思ってたけど。

 後任の映はすごくシャープなベースワークでF'sを盛り上げてる。


 あたしは、臼井さんには悪いけど…映派。

 それでもこのステージはめちゃくちゃ楽しくて好き…!!



『ドラムは元TOYSのタモツさん!!』


『野々町で八百屋やってまーす!!買いに来てくださーい!!』


 タモツおじさんのコメントに、客席から笑い声が起きる。


「野々町の八百屋さん知ってる!!」


「えー!!タモツに会えるなら行く行くー!!」


 その返しに、おじさんも笑顔になった。


『キーボード、元TOYSのマサシさん!!』


『めちゃくちゃ楽しい!!出させてくれたみんなに感謝!!』


 父さんはそう言って、あたし達家族の方に手を振った後、ステージ上のみんなやスタッフのみなさんにペコペコとお辞儀した。


 …父さんらしいなあ…


『そして、みんなビックリだよね…ギター、浅井 晋さん!!』


 おおおおお~!!ってどよめきが起きる。

 あたしは知らない人だったけど、先日開催されたマノンアワードで二位だった。

 臼井さんと同じぐらいの年齢だろうけど、ドレッドヘアとか…ちょっとすごい…



『復活や!!』


 浅井 晋は一言叫ぶと、最前に出てギターを弾き始めた。

 それに臼井和人が加わって…


 わあ…すごい…

 この人…めちゃくちゃギター上手い!!

 この人が二位って!!

 一位だったアズって、これ以上弾けてたかなあ…?(F'sのファンなのに…アズ、ごめん)


 客席が拍手喝采になった所で、そのソロは終わって。


『これもまた…みんなビックリなのかな。元DEEBEE、詩生!!』


 華月ちゃんがシオの紹介をすると。

 ギターでも弾くのかなと思ってたシオは、控えめにお辞儀をしただけだった。

 でも、マイクの前に立つと。


『そして、これから俺と共にMOON SOULとして音楽の道を歩く事を決めてくれた…ボーカル、華月!!』


 シオの紹介と共に、華月ちゃんが両手を上げた。


 客席から、大きな歓声が。


「華月ちゃ――――ん!!きゃ――――!!」


 …もちろん、千春も大絶叫…



『さっきのDEEBEE、すごく良かったよね。あたし、ワクワクしちゃった』


 華月ちゃんの言葉に、会場も声援で応える。

 確かに…初めてDEEBEEをカッコいいって思えたかも。

 今までは、チャラチャラしたイメージだったけど、今日は演奏もバッチリピッタリで。

 解散して、みんな練習したのかな?って思うぐらいだった。


 その中でも、シオの雰囲気がダントツに違って思えた。

 前から自信ありそうな顔には見えてたけど、どこか脆い雰囲気もあって…それがシオの魅力でもあったのだと思う。

 でも、今日はその脆さがなかったなあ…

 自信…うーん…自信満々って言うのでもなくて…


『解散ライヴもしないまま終わってたから、めちゃくちゃ嬉しい。俺もやってて楽しくて仕方なかった』


 あー…

 楽しくて仕方なかった。

 …これかな。


 以前のシオは、楽しいって言うより、必死って感じだったもんね…


『今日は、ビートランド初の野外フェスで、MOON SOULのお披露目と、ビートランド初代会長、高原夏希の誕生日…最高の日です!!』


「華月ちゃ――――ん!!シオ――――!!おめでと――――!!」


 華月ちゃん贔屓で、シオの事はあまり良く思ってなかったはずの千春が、泣きながら声援を送ってる。

 あたしと母さんは笑いながら…


「おめでとう!!」


 届かないかもしれないけど…叫んだ。


 今日は、MOON SOULのお披露目と、会長さんの誕生日と。



 あたし達家族が、みんな笑顔になれた最高の日だ。


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 これもGTでは出した事のあるお話。

 皆様、いつもご訪問ありがとうございます。


 さて、フェスのプログラムがあやふやなまま進んじゃってるよ^^;

 どうするどうする…

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