第36話 「里中さん、こっちはしばらくええですよ。」

 〇里中健太郎


「里中さん、こっちはしばらくええですよ。」


 ハリーにそう言われた俺は、インカムで各持ち場にいるスタッフに声を掛ける。

 今のところ、特にトラブルもない。

 ビートランド、初の野外フェス。

 色々準備は大変だったが、今は全てが楽しみだ。



 トップバッターの沙都は、思ったより好感触。

 どうも、向こうの事務所での稼ぎ頭に名前を連ねてるはずの沙都に、風当たりが強い。

 今回、日本での知名度を上げる事ができたら、移籍させて欲しい…と、グレイスから申し出があった。



「う~ん…グッときちゃうなあ…」


 ステージの裏でモニターを見ていると、いつの間にか隣にさくらさんがいた。


「ねえ、里中君。沙都ちゃんって男っぽくなったよね。」


「はあ…って、どうしてここにいるんですか。」


「えっ?どうしてって…フェス…」


「いや、さくらさん、今日は出番ないでしょ。明日に備えて休んで下さいって言いましたよね?」


「夕べしっかり寝たもん!!」


「うん。そーかそーか。ならいい…って言うと思いますか?」


「ぶー…」


「可愛く拗ねてもダメです。」


「里中君の意地悪ぅ…」


「心配して言ってるんです。都合のいい時だけお年寄りになられるのも困るので。」


 俺とさくらさんが言い合ってると。


「里中さん、言い方っ。」


「酷いっ。」


 周りにいたスタッフが、口を揃えて俺を責めた。


「うっ…そっそうは言っても、さくらさんが忙しくしてたのは、みんなも知ってるだろ?明日のために、今日は…」


 俺が周りを見渡して言うと。


「平気だもーん!!あたし、客席で観て来るー!!」


 さくらさんは跳ねるように、その場から駆けて行った。


「…あー…里中さん、心配なのは分かりますが…さくらさんは動いてないと死にます(笑)」


「そりゃそうなんだけどさ…」


 みんなは知らないから。

 と言いかけて、飲み込む。


 さくらさんは、本当に人に隙を見せない。

 だけど、そんな彼女が…高原さんの前だけでは、弱さも見せる。


 会長室で、三度。

 高原さんの膝で眠るさくらさんを見掛けた。

 スイッチが切れたかのように、どれだけ物音を立てても起きないほどに。

 …心配になるのも、当然だろ…


 そんな俺の心配をよそに、さくらさんは会場のあちこちのスタッフに声を掛けて歩いたらしく。

 何を話したのか、声を掛けられたスタッフからは。


『絶対成功させましょうね!!』


 と、熱のこもった声が聞こえて来た。



 成功する気しかないよ(笑)






 〇桐生院華月


「緊張してる?」


「少し。」


「だよね。」


「でもワクワクしてる。」


「あたしも。」


 あたし達は顔を見合わせて、手をギュッと握り合った。

 オーディションではあんなに緊張したのに…それが今日は嘘みたい。


 ついに始まった…ビートランド、夏の陣。

 このタイトルの発表があった時、あたし達は色めきだった。

 漠然と、他の陣もあるんじゃ!?って。

 単純過ぎる。って、里中さんには笑われたけど。



 トップを飾ったのは、今やアメリカ事務所では稼ぎ頭となってる沙都ちゃん。

 年間250本ものライヴをこなした彼は…DANGERでベースを弾いてた頃の沙都ちゃんとは別人みたい。

 楽しそうに、踊り出しそうな足取りのベーシストから。

 誰をも魅了して、癒すシンガーになった。

 沙都ちゃんの笑顔って、本当…元気もらえる。



「後は頼むよ。」


 タオルで汗を拭きながら、沙都ちゃんが手を開いた。


「サイコーだった。」


 詩生がそう言ってハイタッチする。


「行って来る。」


「うん。頑張って。」


 あたしは笑顔で詩生を送り出す。

 ステージには、詩生より一足早く走り出たDEEBEEのメンバー達。

 それを見た客席からは、悲鳴が上がった。


「うっわー。せっかく頑張ったのに、一瞬で僕の余韻消されちゃったよ。」


 口ではそう言いながらも。

 タオルで汗を拭いてる沙都ちゃんは嬉しそうだ。



 活動を止めて半年だけど、解散会見から、まだ三ヶ月。

 それでも、笑顔の解散会見は裏を読まれて『DEEBEE分裂』の文字が誌面に並んだ。



『思いがけずフェス限定復活だ!!』


 詩生がフロントに出てそう叫ぶと共に、希世ちゃんのカウントが入って一曲目が始まった。


「…あれ…?」


 隣に居る沙都ちゃんが、目を丸くする。


「どうしたの?」


「いや…なんか、DEEBEE…すごく良くない?」


「…ふふっ…うん。そうだね。」



 DEEBEEの出演が決まったのは、二日前。

 おじいちゃまと里中さんに、それを言い渡された元DEEBEEの面々は…


「…一回スタジオ入っとく?」


 その希世ちゃんの提案に、乗った。



 今回は、ベースはハリーじゃなくて映。

 つまり、オリジナルメンバー。


 今やF'sで世界に出てる映。

 今後も一緒にやってく事が決まってる、希世ちゃんと彰君。

 そして…あたしと、今日がデビューの、詩生。


 きっとボタンを掛け違えたように、何かがズレてただけ。

 だって…みんな、違う場所に向かって行ったけど、今、ちゃんとDEEBEEだよ。



 今まで、DEEBEEではコーラスをしていなかった彰君がマイクの前に立って。

 客席はそれだけでも盛り上がった。

 F'sでは派手なベースラインはないけど、今日はとことん派手な映のベースに、父さんと里中さんが笑ってるのが見えた。



 …『仲間』に、見えるよ。詩生。

 DEEBEE、ちゃんと、仲間だよ。



 詩生はずっと楽しそうで。

 この人が歌う事をリタイアしたなんて…きっと誰も思わない。


 あたしは、この詩生の笑顔を守る。


 一緒に、詩生の音楽を…

 詩生の音楽で、世界を笑顔にするのよ。

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