第34話 「なっちゃん、あたし先に行ってるね。」

 〇高原夏希


「なっちゃん、あたし先に行ってるね。」


「ああ、気を付けて。」


「あっ、千里さーん!!あたしも一緒に行くー!!」


「うおっ……お願いだから、タックルはやめてください。」


「タックルじゃないしっ!!」


 さくらがバタバタと千里と出掛けて。

 俺は、それを笑いながら見送る。


 今日は…ビートランド、夏の陣。


「ふふっ。にぎやかだなあ。」


 気が付くと、隣に咲華がいて。


「おじいちゃま、朝ご飯にしましょ。」


 俺の腕を引いた。



 大部屋には、知花と華月とリズ。

 誓と乃梨子はフェスのために用意した花のチェックに出かけ、さくらと千里も事務所に。

 華音は紅美とマンション暮らしで、ここには時々かえって来るが…昨日は戻らなかった。


「…聖は?」


 定位置に見えない息子の姿を、ぐるりと見渡して言うと。


「何だかそわそわするから散歩に行くって。」


 咲華が笑いながら言った。


 …ああ、そうか。


 聖の恋の相手が…まさかLeeだったとは。


 バンドを組む事で自分を変えたいと言ったLee。

 宴の席で、いつか大切な人をみんなに紹介したいと言った聖。

 恐らく、どこかですれ違いがあって。

 今は、離れてしまっていた糸を手繰り寄せている所なのだろう。



「…っ父さん…っ。」


 背後から、少し息の上がった声に呼ばれて振り向くと。

 肩で息をしている聖が立っていた。


「どうしたの?聖。汗だく…」


 知花が目を丸くして問いかけると。


「ちょっ…走って来た……父さん、後で話がある。」


 聖は膝に手を当ててそう言って。


「とりあえず…シャワーしてくるわ…」


 汗を拭いながら、風呂場に向かった。


「……」


「……」


 知花と咲華とで顔を見合わせてると。


「…なんか、いい顔してたね。聖。」


 それまで寝ぼけたような顔をしていた華月が、リズを抱えて言った。


「何かあったのかな~?」


「あっちゃよぉ~!!」


「あったんだ~。」


「かちゅき、かあいい~♡」


「えっ、あははっ。それはあたしのセリフ~!!」


 華月とリズのやり取りに、みんなで笑顔になる。


 なんて…

 なんて、愛しい光景だ。


 よく、ここまでもってくれた。

 俺の…身体。



 だが。

 まだ生きる。

 まだ、歌う。




 今更かもしれないが…





 欲張りになる事を、許してくれ…。





 〇朝霧沙都


「……」


 出番まで、もう少し。

 控室になってるトレーラーで、一人…緊張と闘ってる。


 ビートランド初の野外フェス。

 しかも、急遽2days…

 そのトップバッターに選ばれたのは、とても光栄だけど…

 プレッシャーもハンパないよ…!!


 DANGERでベースを弾いてた時は、紅美ちゃんと沙也伽ちゃんとノン君が一緒で。

 トップだろうがトリ(やった事ないけど)だろうが、とにかく順番なんて関係なかった。

 頼もしい仲間がいたからね。


 だけどソロになって…自分の力を信じる事の難しさを知った。

 どんなに評価されても、オーディエンスに目を背けられたら…おしまい。

 とにかく、がむしゃらにやるしかない…


 #####


 ポケットに入れてたスマホが揺れて、小さく息を吐きながらそれを取り出すと…


「あ…」


 着信の相手は、サクちゃん。

 ビデオ通話。


『しゃてぃー!!』


「やあ、リズちゃん。」


『沙都ちゃん、ごめんね?リズが応援するって聞かなくて…』


「ううん。助かったよ。今さ、一人でど緊張してたとこ…」


『えっ、沙都ちゃん緊張なんてするの?』


「するさ。」


 僕とサクちゃんが話してると、リズちゃんが画面いっぱいに写って。


『りじゅがおはなししゆの~!!』


『ああっ…はいはい…リズ、少し離れないと…』


『やあよ~!!しゃてぃとおはなししゆのよ~!!』


「あはは。リズちゃん、僕の顔見える?」


『……ここ。しゃてぃ、ここいゆ』


「うん。それ、僕だね。」


『しゃてぃ、おうたしゅゆの?』


「うん。お歌するよ。リズちゃん、テレビで観ててくれる?」


『うんっ!!りじゅ、みゆかやね~!!』


 リズちゃんはそう言うと。


『ちゅっちゅ♡』


 唇を突き出した。


『ああっ…もう、リズ……ごめんね、沙都ちゃん…』


「ははっ。いや、もう…こんなおじさんに……神さんと海君に知られたら、僕どうなっちゃうんだろ…」


『しゃてぃ、ちゅっ♡』


「ふふ…ありがと、リズちゃん。ちゅっ。」


 リズちゃんに合わせるように、軽くキスをするフリをした。

 すると、画面の向こうで両手を上げてクルクル回るリズちゃんの姿が映って。


『ほ…本番前に…ほんとごめん…』


 サクちゃんは申し訳なさそうに言ったけど。

 僕は…


「いや、何だか…緊張吹っ飛んだ。」


 本当に。

 変な気負いも消えて…肩の力も抜けた。

 すごく、楽しく歌えそうだ。


『ほんと…?なら良かった』


「僕のエンジェルだね。充電満タンになった気分だよ。ありがと、リズちゃん。」


 僕の声が聞こえたのか。

 両手を上げてクルクル(正確にはバタバタ)回ってるリズちゃんは、急いでスマホの前に戻って来た。


『ゆあうぇぇるかぁむ』


「あはは。ほんと…ありがと。」


『しゃてぃ、がんばえ~』


「ふふっ。うん。頑張るよ。じゃあね。」


『あーいっ!!』


「サクちゃんも、ありがと。またね。」


『うん。頑張っ』


『あーいっ!!』


「ふふっ…」



 通話を終えて…すっかり笑顔になってる自分に気付く。


 リズちゃん…

 今日の出演者全員に、エールを送って欲しいよ(笑)

 そしたら、フェスはきっと大・大・大成功だ。



『沙都君、準備出来てる?』


 トレーラーの外から、曽根さんの声。

 いつもならバーンとドアを開けるクセに。

 曽根さんも緊張してるのかな?


「うん。いつでも行ける。」


 ギターを持って、ドアを開ける。


 今は…このギターが僕の相棒。

 そして…


「あ、なんだ。すっげー緊張してるかと思ったのに。」


 そう言って僕を見上げて笑う曽根さん。

 この人が…今の所、僕のパートナー。

 二人三脚で、ここまで来た。


 そうだ。

 僕は一人じゃない。


「リズちゃんと電話してたんだー。」


「えっ、マジか。赤子…もとい、お嬢、なんて?」


「サティ頑張れーって。」


「そんなハッキリ言わないだろ。」


「…しゃてぃ~がんばえ~。って。」


「ぷっ…マジでマネするとか…くくっ…」


「曽根さんっ!!」


「あははー!!ごめんごめんー!!」



 さあ。

 もう、準備万端。

 早く歌いたい。


 届けたい。



 みんなに…



 僕の歌を。

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