第33話 「さーてと…」

 〇浅井 晋


「さーてと…」


 夕べは千寿の家でフェス前夜祭と題して、軽く飲んだ。

 その席で…まさか、あのギターを手にする事になるとは…


「…ホンマ…どこまでも夢みたいやな…」


 廉の作ったギターをポンポンと優しく叩いて、ケースに入れる。


 手に馴染ませるために、弾き倒さな!!て思うたけど。

 他ならぬ、廉が作ってくれたギター。

 俺の事を、何から何まで知ってくれてた、廉が。や。

 馴染まんわけがない。


 持った瞬間からしっくり来たし、軽く弾いただけで…長年使うてるギターのような気がした。

 それに関しては、持って帰ってからの手入れも…千寿がキッチリしてくれてたんやろなと思う。


 泊まってけ言われたけど、詩生しおに家まで送ってもらった。

 廉のギターと、静かに過ごしたい気がしたからや。



「…俺ら、無敵やで。」


 小さくつぶやいて、ギターを担ぐ。

 これからもずっと一緒に演れるんやと思うと…一気に気持ちが昂った。


 今日は…度肝抜いたるで。



 ピンポーン


 出掛けよう思うた所で、チャイムが鳴った。


 首を傾げながら玄関を開けると…


「よ。」


「誠司?臼井も?」


 青春時代を共にした顔が、そこにあった。


「緊張して眠れなかった顔を拝みに来た。」


「残念。コレのおかげでグッスリやねん。」


 誠司の意地悪そうな顔の前に、ギターを突き出す。


「ん?新しいギターか?」


 臼井がケースをしげしげと眺めた。


「…廉が作ってくれてたんや。」


「え!!」


 二人は同時に驚きの声を上げて。


「…廉…!!おかえり!!」


 誠司は、ギターに抱き着いて泣き始めた。


「ははっ。なんやねん。いややなあ~年寄はすぐ泣…おい、臼井…」


「うっ…ううっ…廉…っ…」


「……」


 やれやれ。

 とは言うても、しゃーないか…

 俺は…辛い別れとは言うても、最後まで廉と一緒やった。

 何十年も昔の事でも、二人にとっては…


「さーさー、今日は会場中を泣かせるで。」


 そう言ってギターを担ぎ直すと。


「年寄ばっかじゃねーから、そうそう泣かないだろ…」


 誠司はそう言うたが。


「いやー…たぶん泣くな…」


 サプライズを知ってる臼井は、泣き笑いしながら言った。



 今日は…俺達FACEもステージに立つ。

 それは、同世代には涙物だろうが。


 会場中が泣くと想定できるのは…詩生のプロポーズや。



「楽しみやな。さっ、行くで。」


 ドレッドヘアを後ろでまとめて。

 誠司が呼んでくれたタクシーに乗り込む。


 絶対…最高のステージにする。



 てか、ならんわけがないな(笑)





 〇桐生院 聖


「よっ。」


「え。」


 仕事は休み。

 そして、今日と明日はフェス。

 まだ出掛ける時間じゃないけど…何となく落ち着かなくて、散歩しようと外に出た所で…門前に、片桐拓人がいた。


「ど…どうしてここに?」


「んー、ちょっと話したくて。」


「……」


 電話をくれれば良かったのでは?と思いつつ…

 きっと、優里さんの事だよな…


「まさか仕事か?」


「いや…ちょっと落ち着かなくて…散歩に。」


「ふーん…じゃ、付き合う。」


「え?」


「歩きながら話そう。」


「…はあ…」


 な…何だろ。


「…フェス、行く?」


 足元に視線を落としたまま、片桐拓人が言った。


「え?あ、はい…」


「今日も明日も?」


「ええ。」


「そっか。」


「…片桐さんは、行かれないのですか?」


「んー…」


 歩き始めてから被った帽子で、顔の表情はよく分からないけど…

 片桐拓人は、前回会った時とは雰囲気が違って思えた。


「まあ、今日はぶっちゃけようと思って来たんだけどさ。」


「ぶっちゃける?」


「優里は俺の…」


「……」


「姉貴なんだわ。」


「………はい?」


 は…はい?

 はいはいはいはい?


 姉貴…姉貴って…


「ま、正確には…腹違いの姉貴。」


 え?ええ?


「えっ…と…優里さん…ハーフって…」


 以前、片桐拓人から聞いた話を思い返す。


「あー、それは本当。母親がイタリア人。優里はトスカーナで生まれ育った。」


「…片桐さんは?」


「俺の母親は日本人。でも、早くに死んだからな…あまり覚えてない。」


 頭の中が軽くパニック。

 でも…

 二人の絆のような物が、元恋人じゃなくて姉弟の物だと知って…少し安心もしてる。


「…事故に遭った…って言うのは…」


「あれもほんと。優里の母親が運転する車が崖下に落ちて、優里だけが助かった。」


「両親が売人だったって話は…?」


「嘘。」


「…どうして…」


「……」


 俺の問いかけに、片桐拓人は少しだけ俺に視線を向けて。


「…俺も優里も、嘘で身を守るしかない環境だった。」


 今まで…見た事のない表情で言った。


「初めて会ったのは、俺が七歳で優里が十歳の時。姉という存在にホッとしたものの…優里は俺を守るどころか弱っちくて。俺は…あの時から、色んな嘘で優里を守った。」


「……」


「だけど、あいつはすげー嘘が下手でさ…」


 確かに、嘘は下手だったと思う。

 俺の問いかけが正解なら頷いて、不正解だと無言になる。

 優里さんが自分の事を話さなかったのは…

 嘘を言いたくなかったからなのかもしれない。


「…ま、過去なんてどーでもいいよな。今の優里は…生まれて初めて心から惚れた相手のために、自分の殻を破ろうとしてる。」


「え…」


「ありがとな。」


 片桐拓人はそう言うと、立ち止まって俺に手を差し出した。


「あんたのおかげで、優里は自分と向き合えた。」


「……」


 その手を見つめて…片桐拓人の目を見て…


「それは、俺も。」


 手を握る。


「俺も、自分を解放できそうです。」


「ははっ。社長辞めんの?」


「それもありかな。」


「えっ。」


「嘘。」


「あー、やられた。」


 笑いながら、手を離す。



 過去なんてどーでもいいよな。


 そこだけ…何となく…

 彼自身の願望のように思えた。


 幼い頃から優里さんを守り続けた存在。

 きっと…どこか危なっかしい優里さんを守るのは、大変だったはず。

 彼は、ずっと…そうして生きてきたのか…



「気が向いたら、会場で。」


「分かりました。」



 歩いて行く片桐さんの背中を見送りながら、決意が固まる。


 優里さんの過去がどうであっても…

 俺は彼女を受け入れる。

 て言うか…


 優里さんがいなきゃ…

 俺が、ダメなんだ。




 だけど。

 優里さんは…



 今までの、偽った俺じゃなくて。




 ありのままの俺を、受け入れてくれるかな。




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 優里ちゃんの過去については

 45th14話、45th36話に登場してます。

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