第32話 「いよいよ明日やな。」

 〇早乙女詩生


「いよいよ明日やな。」


「それ言うの、何度目だよ。」


「そう言われたら、千寿せんじゅのツッコミも毎回一緒やな。」


「俺にそういうセンスを求めるなって。」


 …フェスを明日に控えた今夜。

 早乙女家では、前夜祭と題した軽い飲み会が繰り広げられてる。

 とは言っても…

 メンバーは、俺と両親と…じーさん。

 で、父さんとじーさんは、さっきから同じ事ばっか繰り返してる。



「それはそうと…今回のフェス、シークレット出演が多過ぎ。誰のバンドか分からないのばっかりだ。」


 父さんがスマホで進行表を見ながらボヤいた。


 それはー…俺も思った。


 華月と俺の『MOON SOUL』のみならず。

『ヤル満(略)』と『The Darkness』と『シークレット』が三つ。

 オイシーモンさんの欠場は発表されてるけど、その代打がDEEBEEとは公表されてない。


 …まあ、つまり…

 サプライズだらけって事だよな。



「ところで、さっきからそこに置いてある大きな物って何。」


 俺が父さんの後ろを指差して言うと、母さんがつまみの追加を持って来て。


「いい物♡」


 嬉しそうにそう言いながら、父さんの隣に座った。


「さ、そろそろ。」


「ああ。」


 二人は笑顔でそう言い合うと。


「親父、おかえり。」


「お義父さん、おかえりなさい。」


 じーさんに、大きなそれを差し出した。


「え…えっ?あ、ありがとう。ただいま……って、コレ、俺に?」


「ああ。」


「開けてください。」


「…もう…重さからして、ギターやんな…」


 じーさんは照れ臭さを隠すような顔をしながら、大げなラッピングをガサガサと取っていく。


 そして中から出て来たのは…予想通り、ギターだった。


「………」


 じーさんが、口を開けて絶句してる。

 予想が当たったから…にしては、オーバーなリアクション。


「それ、どこのやつ?」


 メーカーを確かめようと、ネックを覗き込むも…刻印はなし。


「こっ…ここここれっ…」


「親父、弾きたがってただろ?」


「なっなななっ…たっ確かに…弾きたい言うてたけど……っ…」


 じーさんの慌てぶりがすごくて、ますます出所が気になる。


「…オリジナル?」


 俺が誰にともなくつぶやくと。


「しっ詩生…これっこれな…いいいい一千万するんやで…」


「……」


 じーさんの言葉に、一瞬固まった後。

 両親に目を向ける。

 すると、二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。


「音楽屋で頼めるのかと思ったら、全然違ってさ。探すの苦労した。」


「え?どういう事?話が見えないんだけど。」


 感極まってるじーさんと、満足そうな両親に問いかけると。


「昔、親父と暮らしてた頃…どうしても弾きたいギターがあるって言ってたんだ。」


「これが…それ?」


「ああ。」


 正直、見た目…それほど高価なギターには見えない。


「これは…廉のオリジナルなんや…」


「…えっ…?」


 廉って…じーさんと組んでたバンド、FACEのフロントマン、丹野 廉…?


「親父はそこまで話してくれてなかったから、似たギターのパンフレットだけ取り寄せたりしてた。だけど、どうも聞いた話と違う気がして…色々調べてる内に…」


「丹野さんが、ギター作りの巨匠と手掛けて作ったオリジナルだって知って…ね。」


「えっ、そんなすごい物…?」


「廉が死んだ後、巨匠が自分のギター博物館に収めたんや。俺はそれを知って買い取ろうとしたんやけど…彼にとっても廉は特別な弟子やったみたいでな…今すぐ現金で一千万払えるならって言われてもうた。」


 じーさんの告白に、父さんが優しい目をする。


「払えたクセに、巨匠の心の拠り所を奪うのが嫌だったんだろ?」


「…そんな、カッコええもんやない。あの時の俺は…絶望から救われたかっただけなんや。そんな俺が弾いた所で、廉は喜ばへんかったやろ……って、おまえまさか、これ…」


「払ったよ。一千万。」


「えええええええ!!」


「って、嘘。」


「ええええええ…」


 じーさんの反応を楽しむ父さんの背中を、母さんがポンっと叩いた。


「そんな意地悪、やめてあげて?」


「ははっ、そうだな。親父ももう歳なのに、つい…」


 …父さん、いつもは穏やかで優しい人なのに…

 飲むとキャラ崩壊するよなー…


「巨匠もとっくに亡くなってて、その息子さんと話をさせてもらったよ。連絡して親父が行方不明だって話をしたら、反対に、ずっと探してたんだって言われた。」


「え?」


「あのギター、丹野さんが親父にプレゼントするつもりで作ってたらしい。」


「………は………?」


「博物館を建て替える時に、ギターのメンテナンスをしたら、中にメッセージが彫ってあったんだってさ。」


 父さんはそう言って、ボディの内側を撮った写真をじーさんに差し出した。


「……」


「Dear my best friends, Shin. We are unbeatable…」


 何も言わないじーさんの代わりに、父さんが読み上げた。


 俺達は無敵だ…

 それには、丹野さんの想いが込められていた。


「…ホンマ…廉もやけど…おまえらも…なんやねんもう…」


 じーさんはギターを抱きしめると。


「…明日、俺、これ弾くわ。」


 そう言いながら、スッと立ち上がった。


「弾きあげたる!!そのためには…馴染ませなな!!」


「ははっ。奥の部屋に防音ブースあるから、好きなだけどうぞ。」


 父さんがそう言って、じーさんを奥の部屋に誘導する。


「本番は明日なんだから、無理しないように~。」


 母さんは御猪口片手に、二人にエールを送った。


「…あれ、結局いくらだったの。」


 じーさんが座ってた場所に腰を下ろして母さんに問いかける。


「一千万覚悟してたけど、一銭も受け取ってもらえなかったわ。」


「…そっか…それにしても、よく見付けたな。」


「まあね。どーしても、見付けたかったから。」


「母さんが?」


「ええ。」


「どうして。」


「そんなの…千寿さんが喜ぶ姿が見たかったからに決まってるじゃない。」


「…はいはい…」


 面倒そうに返事はしたものの…きっと本当なんだろうと思ってる。

 うちの両親は、華月の両親みたいにベッタリな仲の良さじゃないけど…

 黙ってても分かり合えてるような空気感があって。

 俺は…それに憧れてる。


「…ふふっ…」


「何、急に。」


「ううん…ほんと…見つかって良かった。」


 テーブルに頬杖をついた母さんは。

 二人が歩いて行った廊下に目をやって、静かに微笑む。

 それはすごく幸せそうで。


 俺も…母さんみたいに、自分の大切な人の喜ぶ顔が見たい。って。

 ずっと、思っていられる人間になりたいと思った。



「…明日、楽しみにしてるわよ?」


 思い出したように、母さんが俺に御猪口を掲げる。


「任せて。色々…驚かせると思うけど。」


 俺も、母さんにグラスを掲げた。


「えー?何?」


「今言っちゃダメだろ。」


「ちぇーっ。」



 明日、俺は…

 DEEBEEで歌って。

 MOON SOULのギタリストとして、デビューする。


 そして…


 そのステージで。

 華月に、ちゃんと…プロポーズをする。





 まさか、Noなんて言われない…よな?


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  センが一千万円のギターを買おうとしていたくだり、覚えてますか?

 ちょっと色々こじつけちゃいましたよ(*‘∀‘)


 真相は24th12話!!


 Yさん、英訳ありがとう♡

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