第31話 「お姉ちゃん、明日何着て行く?」

 〇本川千夏


「お姉ちゃん、明日何着て行く?」


 短大生になった妹の千春が、ありったけの服を並べて言った。


「あ~、ほんっと夢みたい!!」


 もう、何度聞いたセリフだろ。

 でもまあ…分かるわ。

 実はあたしも夢かも知れないと思って、何度も父さんからもらったチケットを確認してる。

 ちなみに…着て行く服は、もう決めてる。



「ねえねえ、お母さんは何着て行く?」


「え…?そ、そんな…母さんは別にオシャレなんてしなくても…」


「何言ってんのー!?TOYSのマサシの奥さんだってバレたら、みんなに注目されるんだよー!?」


「…そう…なの…?」


「そうだよー!!ほらっ!!お母さんもクローゼットから服出して!!」


 千春に背中を押されてる母さんは、『もう…』って眉間にしわを寄せながらも、口元は笑ってる。


 あたしはそんな二人を見ながら…

 六月のあの夜の事を思い返した。




「昔の事、何も話してなかったらしいな。」


 それは…うちのリビングに不釣り合いな姿だった。


 あの…あの、F'sの神 千里が。

 アズと一緒に…我が家に…!!



「いやー…だって過去の栄光なんて…」


 父さんは頭をポリポリ掻きながら、少しバツの悪そうな顔。


「それじゃ驚いただろうな。」


「は…はい…ほんと、もう…ビックリして…」


 神 千里にチラリと見られた母さんは、どこか余所行きな声で。

 髪の毛を耳に掛けたり首を傾げたり…ちょっと可愛くなってしまってて。


 おいおい…母さん…そりゃないよ!!

 父さんにもそんな顔見せた事ないんじゃ⁉︎

 ってあたしは思うんだけど…


 そんな母さんを見た父さんは。


「ま…仕方ないか。」


 って、目を細めて笑ってる。


 ええええ…いいの!?



「今回、TOYSとしてステージに出てもらう事に関しての契約書がこれ。」


 神 千里はテキパキと書類を並べて、父さんに名前を書かせたり判子を押させたり…


 わー…手際いい人だなー…

 素敵だなー…

 でも…目の前にいるのに、違う世界にいるみたいな感覚…


 かたや、アズは…


「ねえ、このニャンコ可愛過ぎるね~。」


 我が家の飼い猫…ミーコと遊んでる…



「えっ…これは…?」


 父さんが書類を見ながら絶句してる。


「ギャラだ。これは契約だから当然だろ。」


 ギャラ…

 有名人とステージに立たせてもらうんだから、むしろこっちが払わなきゃ?って思うのに。

 父さん、お金もらえるなんて…贅沢!!


 あたしと母さんが息を飲んでると。


「俺もアズも、ガラにもなく楽しみで仕方ねーんだ。」


 神 千里は…頬杖をついて『ふっ』って笑った。

 その笑顔も仕草も…カッコ良過ぎて…!!

 ああ‼︎もう‼︎



「それで…フェスのパンフレットにおまえんとこのスタジオ入れさせてもらった。今回の広告料は高原さんが持たせてくれって言い張って聞かなかったから、どうせならと思って一番大きいやつにしといたぜ。」


「たっ…高原さんが…!?」


「ああ。」


「あ…ああ挨拶に行かなきゃな…」


「…ま、フェスが終わってからにしろ。今行ったら、サボってんじゃねーよって叱られるから。」


 神 千里の愁いを帯びた声に…母さんだけじゃなく、あたしも…そしてミーコまでがうっとりしてしまう。


「で。パンフレットに載せるって事は…今後、このスタジオは注目される。」


 その言葉に、家族全員の背筋が伸びた。


「華月ちゃんのインスタだけで、ビックリするほどお客さん増えたよね…」


 千春がそう言ってアズからミーコを奪い取る。


「いわば、ここは穴場だ。それで…だ。」


「え…?」


 神 千里は違う紙を出すと、あれこれ説明を始めた。


「駐車場の確保と、近隣住民へのさらなる周知。利用者は、店内だけじゃなく店外での制約を徹底させるために会員制にしろ。」


「な…なるほど…」


 あたし達家族は、それを食い入るように見る。


 …閑古鳥が鳴いて、うちの家計を圧迫してたスタジオが…


「ビートランドグループに入れ。」


「えっ!?」


 そこから…神 千里は…

 グループに入った場合の経営の話になって。

 だけどそれは決して悪い話じゃなく…むしろ良い話で…


「ど…どうしてここまで…」


 母さんが呆然と、だけど真顔で神 千里を見ると。


「…すげー腹が減ってた時に…」


 神 千里は、真顔で。


「マサシが炒飯作ってくれたんだ。」


「…炒飯?」


 あたし達がキョトンとするような事を言った。


「あはは…懐かしいな。」


「焼きそばも作ってくれたよな。」


「そうだっけ?」


「えー、何それ。俺知らない。」


「解散した後に、三日ぐらい泊まりに来たんだよな。」


「そ。意外とマサシが器用だって事を解散してから知ったな。」


「意外とって何だよ。」


 三人は、わちゃわちゃと楽しそうに話してるんだけど…


「…炒飯と焼きそばのお礼…って事ですか…?」


 母さんは怪訝そうにそう言った。


「ちっせー事って思われるかもしれねーけど、俺はめちゃくちゃ助けられたからな。」


 神 千里の言葉に、父さんは何とも言えない優しい顔になって。


「神って意外と律儀だからね。」


 アズはそう言って…


「意外とって何だ。」


 神 千里に目を細められた。



 …おじさん達の思い出話…なんだけど…

 何だか…


 羨ましくなった。




「うおっ、何だよ…こんなに服並べて…」


 千春と母さんの服が並んだリビングに、父さんが目を丸くする。


「明日着て行く服を選んでんの!!ねえっ、父さん。お母さんはこっちよりコレが似合うよね?」


 千春が空色のアンサンブルと、黄色のサマーセーターを手にして言うと。


「……」


 父さんは意外にも真面目にそれを見比べて。


「ん~…どっちもいいけど…」


 サラリとそんな事を言った。


『どっちでもいい』じゃなくて『どっちもいい』って言った事が嬉しかったのか。

 母さんが少しだけ口元を緩める。


「出来るだけ動きやすい格好がいいと思うぞ?」


「え?どうして?」


「え?おとなしく座って観るつもりか?」


「…私にも踊れって言うの?」


「踊りたくなくても、身体が揺れるぐらいにはなると思うけど。」


「えぇ…」


 二人のやりとりを、千春とニヤニヤしながら見守ってしまった。


 近年、母さんは父さんに冷たかったし…父さんは母さんに頭が上がらなかった。

 何だかいいなあ…

 二人が笑顔だと、あたし達も嬉しいよ。


「そうだよ。きっとあたし達につられて踊っちゃうよ。」


 千春が母さんの腕に絡みつくようにして言うと。


「~…っ…じゃあ…今からTシャツ買いに行ってこようかしら…」


 母さんは、父さんを上目遣いに見た。


「おっ…おう…じゃあ…みんなで行くか。」


「えー!!行く行く!!」


 千春が飛び跳ねて喜ぶ。

 …もう。

 小学生みたい(笑)

 そこは二人きりで行かせてあげなよ…って思うけど…


「千夏、行くわよ。」


 母さんに、すごく嬉しそうにそう言われて。


「うんっ。」


 あたしも、心の中で飛び跳ねて喜んだ。



 ビートランドに、大感謝…!!


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 本当なら51stで出てたはずのお話です。


 本川姉妹が登場したお話は、51stの40話41話。

 お時間あれば是非♡

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