第30話 「…改めて読むと、すげー歌詞だな。」

 〇園部そのべ弓弦ゆづる


「…改めて読むと、すげー歌詞だな。」


 リビングのソファーに寝転がったまま言うと、縁側でビールを飲んでた姉貴が首だけ振り返った。


「その世界観、あんた分かんの?」


「んー……いや、ぶっちゃけよく分かんねー。」


 Leeちゃんの書いた歌詞。

 今更だけどコーラス参加しようと思って、プリントアウトした。


「…セトリで並べると、物語みたいだよな…」


「…そうね。」


「真っ暗闇から、光ある世界へと飛び出して行こうとしてる…これ、Leeちゃん自身の事かな。」


「…普段はボーッとしてるけど、一曲目の鬼気迫る感は尋常じゃないわよね。」


「……」


「経験してないと、はならない気がする。」


「…確かに。」



 親父からバンドに誘われた時は、は?って思った。

 ボーカルはビートランドのイギリス事務所に所属してる子だ、って聞いて。

 なんで親父がそんなシンガーと?って思った。

 が、ググって出て来たのは…ヒーリング系…


 俺も姉貴も無表情で、Leeちゃんとの顔合わせに臨んだ。

 今までもそうだけど…俺達はいつも多くを期待しない。

 だから、今回のそれも…いつも通り、期待なんてしてなかった。


 初めて会った時のLeeちゃんは。

 ああ、なるほど。って感じだった。

 眠くなりそうな歌声の持ち主。

 うん。

 綺麗だし、なんならちょっと守ってあげたくなるタイプに見えるし。

 見た目で得をする…はずなのに。


 髪の毛に飯粒つけてた。

 おまけに、すげー寝ぐせだった。

 まあ…その辺はいいとしても…


 Leeちゃんは、謎多き女だ。


 中川衣料品店の娘さん…ではないはずだけど、そこで暮らしてて。

 まあまあ近所だけど、たぶん一度も会った事はない。


 俺も姉貴もバンドへの加入は歌を聴いてからと思ってたけど、思ってた以上にLeeちゃんには期待の欠片すら湧かなくて。

 親父がいくら『鳥肌が止まらないぜ』って激熱に語っても、歌を聴くまでもない。と思いかけてた。



 だけど。

 彼女は俺と姉貴がそんな心境なのを読み取ったのか。


「どうしたらバンドに入ってくれますか?」


 真剣な顔で言った。


「…ロックバンドだよね…?」


 首を傾げて問いかけた姉貴に。

 彼女は…


「…最近覚えたばかりですが、聴いて下さい。」


 そう言って、店のピアノの前に座ると。


「っ…」


 SHE'S-HE'Sの曲を弾き始めた。


「う…っわ、これ…初期の…ヘヴィなやつ…」


 姉貴が口元を押さえて言った。


 …珍しい。

 姉貴がこうする時って、ワクワクしてる時だよな…。


「……」


 Leeをググって出て来た曲とは違う。

 本当に同一人物か?って思うような…迫力のあるシャウト。

 ピアノだけで、ここまで…


 親父がすぐにギターを手にして弾き始めて。

 姉貴が、そばにあったカホンを叩き始めた。

 …え。

 何で俺…立ったまま?


 部屋までベースを取りに行く気にはならなかった。

 この一瞬さえもが惜しかったからだ。


 壁に掛けてあったベースを手にして、三人に合わせる。

 …なんだこれ。

 めちゃくちゃサイコーなんだけど…!!



「……」


「……」


 曲が終わって、四人で顔を見合わせる。

 こりゃもう…

 やらない理由がない。


「意外だろ?こんな歌が歌える子に見えないし。」


 親父がLeeちゃんの頭をポンポンとして言うと。


「まあ…イギリスでバカ売れしてる歌を歌ってる子と、同一人物には思えないわ。」


 姉貴がカホンを元の位置に戻しながら言った。

 俺もベースを壁に掛けようとすると。


「弓弦、家族割りで七万でいい。」


 親父が手を出した。


「は?」


「ぷっ…弓弦、よりによって…」


 姉貴に言われてベースが掛けてあった場所を見ると…


『試し弾きNG』


「…お父様、これは…」


「可愛く言ってもダメ。」


「……」


 そうして俺は、思いがけず新しいベースを手に入れて。

 何でも出来る姉貴がドラムをするのかと思いきや、鍵盤で。

 ドラムは…Leeちゃんがスタジオでスカウトして来た高校生。



 かくして…俺達、園部親子は。

 いまだに信じられねーけど。

 Leeちゃんの野望に乗っかって。

 明後日、フェスに出る。



「…ワクワクして来た。」


 ソファーから起き上がって、冷蔵庫を開ける。

 ビールを取り出して姉貴の隣に座ると。


「よく分かんないけど、Leeちゃんが誘ってくれたお祭り、楽しまなきゃね。」


 ビールをコツンと合わせられた。


「ああ。」



 初めて彼女の歌を聴いた時の驚きだけは、今までの何を持っても勝てない。

 明後日は…きっと『Lee』を知ってる奴らは度肝を抜かれるはず。


 あー。



 楽しみだー…!!





 〇前園優里


「くしゅっ。」


「あら、優里ちゃん。風邪かい?」


 あたしが小さくくしゃみをすると。

 お母さんが心配そうに顔を覗き込んだ。


「ううん…誰か…」


 あたしの事、噂してたりして…


 それが、聖君だったりしたら…

 跳び上がるほど嬉しい。

 どんな内容でも。

 あたしの事…考えてて欲しい…



「…明後日、お母さん…本当に来ないの?」


 麦茶を手にして問いかける。

 フェスに出る事、打ち明けたけど…

 お母さんは、テレビで観るって…


「だって…緊張して倒れちゃいそうだから。」


「えーっ、大丈夫だよ。あたし、そんなに弱くないっ。」


「違うよ。私がっ。」


「えっ…お母さんが?」


「娘の晴れ舞台だよ…ドキドキして…」


「……」


 無言でお母さんを抱きしめると、小さな笑い声が聞こえた。


 …あたしの事、何も聞かずにここに置いてくれた。

 全部じゃないけど、昔の事を話してからも…何も変わらずにいてくれる。


 本当…支えになってる。

 あたし、お母さんがいなかったら…もう日本にはいなかったかもしれない。



「…お母さん、あたし…頑張るね。」


「うん。楽しみにしてるよ。」


 聖君のために変わりたい。

 そう思ってたけど…

 お母さんのためにも、変わりたい。


 あたしの大事な人達のために。


 明後日、あたしはLeeから…





 優里になる。



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 早くフェス始めろー!!って感じですね^^;

 もうすぐ!!(でも次回もまだ始まらない)

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