第29話 「はー…何とかなりそうですね…」

 〇高原夏希


「はー…何とかなりそうですね…」


 DEEBEEがミーティングルームを出て行った後、里中が背もたれに身を預けて溜息交じりに言った。


 昨日開催されたマノンアワードでは、マノンの配慮でサプライズ賞だった里中。

 マノンの個人的な思いがあるとしても、俺も賛成だ。


 里中は元々ギタリスト。

 近年弾いている所は見ていないが、それでも夕べのソロは素晴らしかった。

 きっと今も弾いてる…って事だろう。



「それにしても…DEEBEEの限定復活。俺は個人的に楽しみです。」


「俺もだよ。」


「オイシーモンには悪いけど、いい機会をもらえましたね。」


「ははっ。本当だな。藤原(オイシーモン)が治った時には、復帰ライヴを用意してやれ。」


「そうですね。」



 …里中は、気持ちのいい奴だ。

 社長就任もかなり強引に話を進めたが…今までの仕事と並行してこなしてくれている。


 生きている間に、里中には何か…礼がしたい。


「……里中。」


「はい?」


「何か欲しい物はないか。」


「…はいっ?」


 俺の質問に、里中は大げさに眉間にしわを寄せた。


「頑張ってくれてるから、何か望みを叶えたい。」


「望み…」


 まるで魔法使いのような事を言ってしまった。と気付いて、自分で小さく笑う。

 もう自分に残された日々が少ないと思ってるせいか、何でも出来る気にもなっている。


「…じゃあ…」


 里中は少し考えた後、少しうつむき加減に。


「…長生き…して欲しいです…」


 小声で言った。


「里中…」


「あっ、いえ…あの…分かってます。もう、歌わないで欲しいなんて言いません。」


「……ふっ。」


「え?」


「いや…俺は幸せ者だと思って。」


「……」


 立ち上がって軽く腰を伸ばす。


「…死なないために頑張るより…生きるために頑張りたい。」


「……」


「同じ事かもしれないが、俺の生きる意味は…やはり歌あってこそなんだ。」


「……」


「…安心しろ。フェスで死ぬなら本望なんて言わない。」


「も…もちろんですよ!!そんなの…っ…許しませんから…」


 目を潤ませた里中の頭をポンポンとして。


「フェスが終わったら、さくらとアルバムを出したい。」


 俺の、夢を打ち明ける。


「えっ。」


「それと、クリスマスのイベントだな。」


「い…忙しいですね…」


 …夢を持つのは諦めた。

 明日の朝、俺は目覚める事が出来るのか。と、不安に駆られた事もあった。


 だが…

 これじゃ、俺は生きてない。

 すでに死んだも同然だ。

 そう思うと、吹っ切れた。



 人間、誰もがいつかは死ぬ。

 それなら…

 俺が高原夏希として生まれて、ここまで生きた証を。

 最後まで…

 最後まで、全力で歌って、全力でさくらを…家族を、仲間を愛するだけだ。



「さくらと里中には悪いが、二人のおかげで俺は生き好きな事だけをしていられる。本当に…感謝しかない。」


「も…勿体ないお言葉…です…」


 里中は立ち上がって背筋を伸ばすと。


「これからも、一緒に夢を見ましょう…!!」


 そう言って、俺の手を握った。


 …意外と熱い所があるんだな(笑)




「高原さーん。」


 里中と別れて、あまり行かない九階を歩いてると声を掛けられた。


「今、お時間いいですか?」


「ああ。何だ?」


 振り返ると、映像班の那須なす氷魚ひお


 三十代前半だが、スプリングとのコラボ企画では随分活躍してくれているし、二日後のフェスでも素晴らしい演出をしてくれる。



「実は…昔の使われていない映像の中から、何かお宝がないかとチェックしてたんですけど…」


 那須はポケットからスマホを取り出すと、それを操作して俺に差し出した。


「…これは…」


「相当なお宝じゃないです?」


「…そうだな。これは、クリスマスイベントの目玉にしたい。」


「わっ!!ナイスアイデアですね!!じゃあ~…今回のアレみたいにして、コラボさせるってどうです?」


「…面白い。」


「人選はお任せしていいですか?」


「ああ。分かった。」


「じゃあ、高原さんの指示があるまで、これはシークレットって事で。」


「頼む。」



 スマホをポケットに入れて、跳ねるようにして去って行く那須の背中を見送って。


「…楽しくなって来たぞ。」


 俺は…誰にも知られず休むために、シアターの客席に向かった。





 〇園部真子


「先生!!少し色気くださーい!!」


 今日も…うちの生徒は面倒臭い奴らばかりだ。


「…私が色気を出したら皆さんの勉強に差し支えるので、遠慮しておきます。」


「ぶぁーかっ!!ないクセに出し惜しみみたいに言うなよっ!!」


 あはははははは



 …うるさい。

 ほんっっっっっと…うるさい。

 なんで高校生ってこんなに生意気なんだろ。

 まあ、さすがにもう慣れたけどさ。


「先生、少しは身なりに気を遣ったら?さすがにジャージは萎えるわ…」


 ジャージの上に着た白衣をめくられる。

 ジャージの何が悪いのか。

 動きやすくて最高なのに。

 て言うか、萎えるって何。萎えるって。


 キーンコーン



 おー!!

 チャイム!!


「今日はここまで。」


「えっ、まだ途中…」


「続きは次回。起立、礼。さよなら。」


 あたしは自分で号令をかけて、全然間に合わない生徒達に気を遣う事もなく教壇を降りた。


 カチャ


 理科室の隣にある準備室に入って鍵をかける。

 黒板を書き写すのに必死な生徒はいても、質問に来る生徒はいない。

 まあ、あたしに質問するより、物理のおでこちゃん(もちろん本名じゃない)の所に行った方がいいわ。



「さー…帰るために頑張りましょうかね…」


 最近、プライベートが超絶楽しい。

 と言うのも、親父とバンドを組んだからだ。

 早く帰って練習したい。



 自分で言うのもアレだけど、あたしは頭もいいし器用だ。

 楽器全般弾けちゃうし、歌も歌える。

 だけどそれを職業にしようと思った事はない。

 かと言って、高校教師を一生続けるのかと言われると…それも謎。


 教員試験受けたのも、採用試験受けたのも。

 何となく…な感じで…

 なもんだから、あたしは職員室では浮いてる。超浮いてる。浮き過ぎてみんなが見えない。(でも本性は出してない)



「…あっ、ぐほっ…ごっ……ああ…すみま…ぜっ…あ、はい…園部です……ええ…はい……はい…すみませ…ぼぇっ……」


 職員室で電話を受けたのは、体育教師。

 六限目の授業の後、いつも具合が悪くなる(嘘だけど)あたしに同情してくれている。


『おうちまで送りま』


「失礼します…ごほっ…」


 プチッ


「よし。今日も完璧。帰ろ。」



 初めて早退しようとした時。(本気で気持ち悪かった。たぶん食中毒。)


『職員会議は死んでも出なさい』と、真顔で冗談を言われた。

 でもそれが冗談じゃないと知った時、なんてブラックな職場だ!!と思った。


 だけど、文句を言われながらも…七年もここにいるなんて。

 自分でもゾッとするわ(笑)


 まあ、やる時はやるからね。あたし。

 学校側から見ると、手放し難いんでしょうよ。



「あーっ、Leeちゃんっ。」


 商店街を歩いてて、前方にLeeちゃんを見付けて腕を取る。

 この子、ほんとー…可愛い。

 天然な所がたまんない。

 だけど…歌うとすごいんだよね…


「はっ…まっ真子さん…」


「今から、うち来るの?」


「ちょ…ちょちょっと…気を静めるために…散歩してました…」


「気を静める(笑)よく分かんないけど、ま、あれか、いよいよだもんね。」


 フェスは土日の2Days

 あたし達は日曜日の出演だ。

 だけどせっかくだから、土曜日から弾けまくる予定!!


「あ~、めっちゃ楽しみ。」


 ゴクン


 あたしの言葉に、Leeちゃんの喉が鳴った。





 大丈夫?

 緊張し過ぎじゃ?(笑)

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