第28話 『早乙女詩生、大至急二階のミーティングルームBに来るように』

 〇早乙女さおとめ詩生しお


『早乙女詩生、大至急二階のミーティングルームBに来るように』


「……」


 ちょうど来たばかりの俺は、その館内放送に立ち止まってロビーの吹き抜けを見上げた。


 今やスマホがあるんだし…館内放送を使わなくても。と思わなくもないけど。

 ビートランドは、ずっとこれだよな。

 まあ、嫌いじゃないよ。

『あの人、何で呼び出されてるんだろ』って、みんなで予測するのも楽しいし。

 特に今の俺は何にも属してないから…ますますみんな『何かあったのかな』って思うよなー。



 フェスまであと二日。

 夕べはマノンアワードで盛り上がって、実家に戻って親父のギターを借りて弾きまくった。


 当然だけど、俺は50位にも入らなかった。

 ま、今までDEEBEEでは飾り程度にしかギター持ってなかったから仕方ない。


 次回は…どこまで食い込めるかな。

 今は、自分の可能性が楽しみで仕方ない。



 エスカレーターで二階に上がる。


 昨日、里中さんから出演時間変更の打診があって、今日はその事についての打ち合わせだと思ってたけど…

 わざわざミーティングルームB?

 俺だけにしちゃ、大げさな気がする。


 首を傾げながら、ミーティングルームBのドアをノックする。


「失礼しま……」


 ドアを開けると。


「…す。」


 そこには…高原さんと里中さん。

 それに、えい希世きよしょうがいた。


「ああ、詩生しお。座れ。」


 高原さんに促されて、彰の隣の椅子を引く。


「まあ、このメンバーが呼ばれたって事で察しはつくだろうが…」


 里中さんはそう言いながら資料をめくって。


「ステージA、トップの沙都さとの後に出るはずだった、二番手の『オイシーモン』が出られなくなった。」


 溜息交じりに言った。


「オイシーモン…さんって…」


「うちの大御所ですよね…」


「ああ。今朝、動けなくなって救急車で運ばれて、検査の結果…一ヶ月安静を言い渡されたそうだ。」


「えっ!?」


『オイシーモン』さんは…一見バンドと思われがちだが、うちの親父と同世代のソロシンガー。

 フォークありラップありロックあり…本人曰く『雑曲』…で、内容も身近な物から空想世界まで…と、ファン層と同じぐらい幅広い。



「DEEBEEいけるか?」


「えっ………」


 里中さんの提案に、俺達は無言で顔を見合わせた。


「えーと…でも…俺達…」


 希世が口ごもる。

 そりゃそうだよな。

 みんなそれぞれステージがある。


 俺以外は。




 って事になってる。


 俺と華月の出演は、サプライズだからー…

 まだ、上層部の数人しか知らない。



「掛け持ちなんて、どうって事ないだろ?」


 ずっと無言の里中さんの隣で、高原さんは何かを試すように俺達に言った。


 急に2daysになったし、大幅なプログラムの変更もまだまとまらない状態。

 なのに、フェスを二日後に控えて…これは。



「俺は…F'sの出番とは離れてるので、差支えはないです。」


 映の言葉に、希世と彰が顔を見合わせる。

 F'sは両日ともステージがあるが、出番は終盤だ。


、二日目になったんじゃ?」


 希世と彰の新バンド、Quietクワイエット Forestフォレストは、二日目の中盤に決まったはず。と思って問いかけると。


「う…うん…まあ、そうなんだけど…」


 なぜか二人とも、しどろもどろ。


「…?」


 映と首を傾げて二人を見る。

 ついでに、テーブルに置かれてる進行表を手にして。


「……」


 あれ。

 俺と華月の出番、二日目に変更の打診たったはず…だけど…

 進行表によると、初日の三番手。

 つまり…

 オイシーモンさんの後…だったらしい。



 顔を上げると、里中さんと目が合った。


「……」


 腕組みしたまま目を細められてー…


『…すまん。頼む。DEEBEEからMOON SOULに流れてくれ』


 そう言われてる気がした。


 …ステージAのDEEBEEで歌った後、隣のステージBでMOON SOULか…

 確かに、面白い演出が出来る気がする。



「いいっすよ。俺、暇だから。」


 俺がそう言うと。


「えっ、マジで?」


 希世と彰が目を見開いた。


「え。反対に何で驚くわけ。」


「うっ、いや……」


 彰は少しだけバツの悪い顔をした後。


「俺、今の俺のギターで詩生君に歌って欲しいって思ってたから、なんか…すっげー嬉しい。」


 早口に言った。



 …今の俺のギター。


 里中さんに聞いた。

 彰は、陸さんに弟子入りして…目を見張るほど上手くなった、と。


 俺は足を組んで前髪をかきあげて。


「そりゃ楽しみだな。でも、こんなお祭り…俺もギター弾きながら歌おっかな。」


 皆を見渡しながら言った。

 すると…


「それ、採用。いい。絶対、いい。やるべきだ。」


 里中さんが立ち上がってまで、そう言った。



 …怪しいって(笑)




「…二人とも、今日この後何かある?」


 ミーティングルームを出た所で、珍しく彰が俺と映に問いかけた。

 今までなら、その役目は希世だったはずなのに。


 彰…ほんっと変わったな(笑)


「俺は個人練に来ただけだから、特には。」


 映は、もう彰が何を言わんとしてるか分かってるようで。


「詩生、空いてる?」


 俺の肩に腕を回して言った。


「20時に華月と待ち合わせてる。」


「…時間あるね。一回入っとく?」


 希世のその一言で。


「じゃ、10分後に八階で。」


「おう。」


 それぞれ、楽器を取りに行くために散らばった。



「……」


 ルームを持ってない俺だけがポツンとその場に残る。


 うーん。

 どうせなら、ギターも弾いておきたい。

 親父に借りよ。


 SHE'S-HE'Sの予定をスマホでチェック。

 ちょうどスタジオでリハ中か。



 八階に上がって、Cスタを覗こうとすると…


「…すげーギャラリー…」


 本人達が見えなくなるほど、人がいる。


「あ、詩生ちゃんも来たんだ。」


 声を掛けられて振り向くと、紅美。


「親父にギター借りようと思って。」


「えー…今無理かもよ?もう、めっちゃ集中。あたし、ずっと鳥肌。」


 紅美はそう言いながら、自分の腕を両手で擦った。


 まあ…俺もSHE'S-HE'Sにはいつだって鳥肌を立てさせられる。

 それでも明後日のフェスは…きっと特別だろうなー…



「ストラトでいいなら、あたし今日はもう使わないけど。」


 不意に、紅美が担いでるギターをポンポンとして言った。


「マジで?なら二時間ほど。」


「オッケー。じゃ、終わったら連絡して?あたし、SHE'S-HE'S見た後、ぼっち部屋入るから。」


「分かった。サンキュ。」


 ぼっち部屋とは、その名の通り?個室スタジオで。

 俺もちょいちょい入り浸ってた。


 …まだ一年も経ってないのに、もう昔の事みたいだ。

 それだけ、華月とのこれからに集中出来てるのかもなー…



 紅美にギターを借りて、一番奥の目立たないスタジオに入る。

 そこには、もう映がいて。


「みんなおせー。」


 時計を見上げた。


「俺なんて、妙にウキウキしてるのに。」


「……」


 その言葉に、目を丸くして映を見つめた。


 長い付き合いだけど…

 映はあまりそういう事を口にした事がない。



「何。」


「いや…映が珍しい事言ってると思って。」


「はっ?」


「ウキウキしてるとか。」


 紅美に借りたギターを取り出して、セッティングを始めた。

 映の『ウキウキしてるのに』を頭の中で繰り返して、口元が綻ぶ。


「ん…んんっ…」


 背後で小さな咳払いが聞こえたと思うと。


「正直言って、F'sに着いてくのが必死で前しか向いてなかったけど…」


 映がかしこまったような口調で言った。


「なんか、すげー辛いって思った時とかには……DEEBEE弾いてる。」


「…は?」


 視線をギターから映に移す。


「俺、詩生の作る曲好きだぜ。俺の脱退の時も、DEEBEE解散の時も、色々言う奴らがいたけどさ…DEEBEEの曲がどんなに良作かは、演った俺達が一番分かってる。」


「……」


 言葉が出なかった。


 俺の書く曲は、覚えやすいけど軽い。

 ファンの子達は好きになってくれるけど…音楽ライターやロックファンには商業ロックだのお飾りだの好き勝手言われて来た。


 俺が言われるだけなら、いい。

 だけど、俺の曲のせいで…メンバー達に力がないって言われるのが悔しかった。

 なのに…


「そーそー。詩生君の曲はキラキラしてて気持ちいーんだよ。」


 いつの間にか背後にいた希世が、スティックを回しながら言った。


「…キラキラって…」


「いちいち人の作品にイチャモンつける奴に、音楽を語る資格なんてねーよな…」


 彰までがそんな事を言って…何だかこれは……嬉しい…けど…


 居心地悪いぞ…?


「ははっ。もうそれぐらいにしよーぜ。詩生が照れてる。」


「なっ…映っ。」


「あはは。ほんとだ。詩生君…いや、彰も真っ赤…ふふふはははははは!!」


「…ふっ…ははっ…」


 スタジオに笑いが響いて。

 もっと…こんな風に、みんなで気付く事が出来れば良かったのにな…と、少しだけ思った。


 だけど、今のこれは…なくしたからこそ分かる物でもあるのかもしれない。



「さ、いくよ。」


 希世がカウントを取る。


 …まさか、またDEEBEEでステージに立つなんて…おかしな気分だな。

 小さく笑いながら、マイクを手にする。


 見渡すと、みんな笑顔で。

 あー…俺達…



 本当に、違う道を進む事にして。

 良かったんだな。




 心から、そう思えた。

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