第27話 「ちくしょ~…」

 〇浅香 彰


「ちくしょ~…」


 つい口に出してしまうと、みんなが俺を振り返った。


「う…い…いいから、前見てろよ…」


 しっしっ、と手を振って、みんなの視線を散らす。


 今、ステージ上では。

 トップ10にランクインしたギタリストが所属するバンドのMVが、巨大スクリーンに映し出されてる。



 まあ…世界のトップ10に入るには、相当なテクニックと知名度が必要なわけで…

 俺なんて、DEEBEEでは天狗になっててまだまだだったし…仕方ねーだろって思うけど…



 サプライズ賞の発表の後、20位から11位までの発表もあって。

 もしかしたら。

 20位ぐらいには…なんて…



「…次は絶対、トップ10入りしてやる…」


 抑えきれない闘志が口からこぼれると。


「まずは20位までに入るところからでも良くないか?」


 希世きよが振り返って言った。


「そんな、のんきな事言ってられっかよ。」


 誰にともなく答えながら、大画面に映るスティーヴン・メイの姿を見る。


 …いつかは、ここに…俺の姿を。



 いや。


 メンバー全員で、全力を出し切って笑ってる姿を映し出してやる…!!





 〇桐生院華音


『1st MANON Awards終了!!またな!!』


 朝霧さんの締めの言葉と共に、マノンアワードは終わった。


「よく無事に終わったな。」


 じーちゃんが拍手しながらそう言って。


「俺はマノンを冷やかしに行って来るよ。」


 ばーちゃんの頭に手を置くと。


「あたしを置いてく気?ついて行っちゃうっ。」


 ばーちゃんはピョンッと、じーちゃんの腕に絡みついた。


 ふっ…やれやれ。

 青春真っ只中の年寄を笑いながら見送って、俺も席を立った。



 マノンアワードは…

 始まりこそ大賞から10位までの発表だったが、サプライズ賞の後は20位から11位への発表で、客席にいるギタリストはそこそこに浮足立った表情になった。

 その中でも分かりやすかったのはしょうで。

 結局20位までにも入ってなかった事に、あからさまに落胆と闘志の入り混じった複雑な顔。


 まー…無理だって。



 そう言う俺は。

 DANGERで全米デビューしたにも関わらず、20位に入る気すらなかった。

 あの時はあの時で、それまでになく全力でやった感はある。

 だけど足りてなかった。

 仲間を信じる力が。


 …彰は落胆したが、俺は2nd MANON Awardsが楽しみで仕方ない。

 絶対…トップ10に入ってやる。

 これがギタリストにとっての何であるかは、個々の受け取り方としても。



「ノン君。」


 アズさんの大賞受賞で盛り上がってる親父と浅香さんを尻目に、会場を出ようとすると。


「20位から50位までもアップされてる。」


 紅美くみがスマホ片手にやって来た。


 そう言えば、マノンアワードの特別サイトに集計結果の50位まではアップされるって書いてあったっけな…


「惜しかったね。」


「あ?」


「ほら。」


 紅美が差し出したスマホ。

 その画面に出てる21位に…俺。

 そして、22位に紅美。


「あー、今年はノン君の勝ちか。」


「……」


 紅美の尖った唇を、キュッと掴む。


「んんんんんん。」


「可愛くて、つい。」


「…んんんんんん、んんんんんんんんんんん。」


「今の気持ちを言っただけだぜ?」


「……んんんっんんん、んんんん?」


「分かる。」


「……んんんんん。」


「俺も。」


「んんっ。」


「ははっ、何でだよ。」



 紅美の頭を抱き寄せて、そのままエレベーターに向かう。


 …21位は、今の俺が思うより高い順位だけど。

 それはギタリストとしての腕を思ってだけの投票じゃないのも分かってる。


 まずはフェスで…

 しょうがく希世きよ、そして杉乃井と俺の新バンド。


 Quietクワイエット Forestフォレストを…


 世界にお披露目だ。




 〇園部真人


『言うとくけど、10位までに選ばれたギタリストだけがすごいんちゃうからな?』


 生配信されたマノンアワードの朝霧さんの言葉。

 それが慰めであるとしても…救われた気がした。


 まあ、俺なんて世にも出てないギタリストだから、ランクインなんてあり得もしないのに。

 ビートランドに関わっただけで、何となく…少しだけ…ちょっとだけ……夢を見たのかもしれない。



「来年はここに親父の名前も入れたいな。」


 鍋から直接ラーメンを食ってる弓弦ゆづるがそう言ったのを聞いて。


「入るっしょ。あたし達がついてるんだし。」


 真子まこが俺の隣にドカッと腰を下ろして。


「だから、中途半端なギター弾かないでよ。」


 ドンッと肩をぶつけた。


「…う…嬉しい事言ってくれるな…」


 二人にペコリと頭を下げる。



 園部楽器を始めた事で、妻には離婚を言い渡された。

 真子と弓弦の親権も、持って行かれた。

 いや…自信がなくて、手放したと言っていい。


 子供達に会いたかったが、自分の趣味で生きて行こうとしている俺に、そんな資格があるのか…と。

 ひたすら働いて、養育費だけを送り続けた。


 ところが…園部楽器の10周年当日。


「今日からここに住むから。」


 そう言って店に来たのは、九年振りに会う弓弦だった。

 18歳…高校三年生。

 大学受験を控えた大事な時期。

 少し戸惑ったが、戸惑いより会えた嬉しさの方が大きく。

 俺は理由を聞く事もせず、弓弦との生活を始めた。


 その後、弓弦は大学に進み、さらにはハウスメーカーに就職。

 俺が勤めていた会社とは違うが、同じ道を選んだ事は密かに喜びでもあった。


 そして、その年の園部楽器15周年の日。

 今度は真子がやって来た。


「へー、味のある店ね。」


 14年振りに会う真子は、何とも掴みどころのない感じで…

 遊びに来たのかと思いきや、朝にはいなくなって、夜には戻って来る生活になった。

 いつも派手な格好をしているし、何の仕事をしているのか謎だったが…



「姉貴、フェスの件、学校の許可は取ってんの。」


「あたしってバレなきゃいいんじゃない?」


「ま、それもそっか。」


 意外にも…高校の理科教員。


「職場と事務所に迷惑がかかるような事だけはやめろよ。」


 二人に真顔で言うと。


「ういーっす。」


 二人は同時にそう言って立ち上がると。


「さ、練習すっかな。」


 裏の倉庫に向かった。



「……」


『来年はここに親父の名前も入れたいな』


『入るっしょ。あたし達がついてるんだし』


 さっきの言葉を思い出して、胸の奥に強い何かが芽生えた。


「…よしっ。やるか。」


 勢いよく立ち上がって、俺も倉庫に向かう。

 そろそろLeeと少年も来るだろう。



 フェスまで、あと三日。




 …楽しむしかない…!!

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