第26話 『大賞から発表したら、後がおもんないって思うやろ』

 〇里中健太郎


『大賞から発表したら、後がおもんないって思うやろ』


 朝霧さんがタブレットを見ながら、ニヤニヤした。

 俺はそれをステージ袖から腕組みをして眺める。


『けど、俺は最後までおもろい思うし、突然やけどサプライズ賞も用意した』


「え。」


 聞いてない!!



 俺の戸惑いをよそに。


 うおおおおおお!!


『最後まで楽しんだもん勝ちやー!!』


 うおおおおおお!!


 客席は盛り上がる。



「全く…」


 腕組みを外して、片手でわしゃわしゃと頭をかきまぜた。


 …本当に、この人には華がある。

 高原さんとナオトさんが、意地悪のつもりで用意したタキシード。

 ステージに出た時、客席は笑ったけど…俺は見慣れなくて違和感だったのは最初だけ。

 元々カッコイイ人だから、何を着ても似合う。


 小学生の頃、俺はこの人に出会った。

 すでにギターを習い始めていた俺は、朝霧さんの出会いから…本気でその道を目指すようになった。


 憧れの人と同じ事務所に入れただけでも奇跡だったのに。

 今は…俺が社長として支持を出す事もあるなんて。

 あの頃の俺が知ったら、『絶対無理!!』って尻すぼみしそうだ。



『よーし、二位から十位まで、一気に発表するで!!その後MV大放出!!』


 急遽湧いて出た企画。

 これを思いついた朝霧さんの好きなように。

 大雑把に作られてた進行表も、今ではほとんど役に立ってない。

 それでも、スタッフも慣れたもので…

 イヤモニに入って来る声は、このドタバタな展開にも慌てず対処しているものばかり。

 …ビートランドは、本当に優秀だな。



『二位!!』


 ドラムロールの代わりに用意された、短いギターのメロディ。

 これは、朝霧さんのソロアルバムに入ってる曲のワンフレーズ。

 絶妙なタイミングでそれが流れて、朝霧さんはハッとした後、満面の笑みを浮かべた。


『圭司ん時は鳴らへんかったな(笑)編集しといて。あ、生配信か(笑)』


 クリスタルギターを手に、神の隣に座ってるアズが。

『やり直したい~』と笑った。



『もう一回頼むで。第二位!!』


 ワンフレーズしか流れなくても。

 その技術がどれだけすごい物か分かる。

 ここを切り取って選んだのは誰だろう?

 ベストチョイスだ。


『浅井 晋!!』


 その名前が呼ばれた時には、すでに浅井さんはステージ近くにいて。

 スポットライトが当てられると、客席からは大きな歓声が沸いた。


「俺が大賞や思ってたんやけどな~。」


 なんて言いながら、ステージに上がって来る浅井さん。

 …15年もの長い間、監禁されていたとは思えない。



『晋、おめでとう』


 朝霧さんがそう言って、浅井さんとハグをする。

 そう言えば、この二人は幼馴染だとか。


『それにしてもおまえ、その恰好(笑)この歳で、その頭。ようやったなあ』


「この歳やから、好きな事せなな。」


 背中の真ん中辺りまでのドレッドヘア。

 白いシャツに麻のパンツ…サンダル履き。

 朝霧さんとは対照的過ぎだ(笑)



『続いて、三位!!』


 大賞よりも少し小ぶりなクリスタルギターを手渡された浅井さんがステージを降りた後、順位発表は続けられた。


『あっ、照明とカメラ、こっち固定な。あと、本人名前呼ばれても来るんやないで(笑)』


 朝霧さんの前振りで、三位はSHE'S-HE'Sのどちらかだ。と、客席も気付いた。

 そのテーブルに目をやると…

 なぜか、すでにみんなが二階堂に拍手を送っている。


『三位!!SHE'S-HE'S R!!』


 その予測通り、三位は二階堂だった。

 正直、メディアに出ていれば…二階堂か早乙女が大賞と言ってもおかしくない。


『謎の存在のままで、この順位はすごいな。その雄姿はフェスで(笑)』


 ビートランドのアーティストや社員達は、二階堂を振り返って拍手を送る。

 きっと、映像を見ているだけのファンは…もどかしさもあるが、フェスへの期待が強まっただろう。


『四位!!マイケル・センス!!』


 四位には、アメリカ事務所所属のバンド『KEEL』から、マイケル・センスが選ばれた。


『五位!!おまえも出て来るんやないで!?SHE'S-HE'S S!!』


 五位に早乙女。

 タブレットで投票を確認すると、二階堂、マイケル、早乙女は僅差だ。


 そこから、六位、七位、八位、九位…と、ビートランド以外の海外のギタリストが選ばれた。


 そして…


『十位!!』


 朝霧さんは、客席を見渡した後。

 もう一度タブレットに目を落として…小さく笑った。


 これには俺も…驚いたし、笑った。

 でも納得も出来る。


『十位!!神 千里!!』


「……はあ?」


 神の、とぼけた声が最前のテーブルから聞こえて来て。

 驚きの声と歓声が、一気に笑いに変わった。


『はよ上れ』


「……」


 神の戸惑いの表情に、声を殺して笑う。

 周りのスタッフも『これ、レアですよね』なんて言いながら、神の様子を見入った。


『言うたやろ?上手いだけがギターヒーローやないって』


「それはそれで、俺が下手なのに選ばれたみたいで。」


『いや、おまえソロ弾けるぐらい上手いやん』


「弾いてませんけど。」


『ギターはソロだけやないって事や。千里、十位おめでとう』


「…ざーす…」


『ガキかっ』


 戸惑いがちな神も、次第に笑顔になって。

 朝霧さんとハグを交わした後、小さなクリスタルギターを頬にあてて。

 カメラに向かって、流し目をした。

 その映像は大スクリーンにも映し出されていて。


「あー…もう、神さんっていちいちカッコいいっすよね…」


 隣に立っているスタッフが、首を振りながら目を細めて言った。


 …ほんとにな。

 あいつ、昔からカッコいいけど。

 年取って色気が増した。


『さー、こっからは、今まで発表したトップ10のMVを見て楽しんでもらう、わけ、やけ、どっ』


 ふっ。

 朝霧さんも楽しくなって来たのか、喋り方が会長室での談笑そのままだ。


『ここで、サプライズの発表』


 おおおお、と歓声が上がり。

 続いて、誰だ誰だとざわつき始めた。


『あっ。クリスタルギター、10個しか用意してなかったー』


 朝霧さんはそう言うと、額に手を当てて一瞬考える風な顔をした後。


『よし。サプライズ賞は、俺と少し弾くっちゅー事で』


 それ、大賞なんじゃ?と思うような事を言った。


 案の定…


「えー!!俺もそれが良かった!!」


 アズが叫んで。


『圭司は散々弾いて来たやないか』


 朝霧さんが言い返す。


 それにしても、いきなり朝霧さんとセッションとか…



「ギターとアンプ、すぐ出せるか?」


「出せます。」


 スタッフに指示を出して、サプライズに取れる時間を考える。


「トップテンにF'sとSHE'S-HE'Sから二人ずつなので、MVを八本にしてもいいかもしれませんね。」


「いや、SHE'S-HE'Sは二本出してくれ。二階堂と早乙女のソロは別の楽曲で見せたい。」


「分かりました。じゃあ、F'sは神さんのギタースタートの曲と、SHE'S-HE'S二曲の九本で。」


「頼む。」


「任せて下さい。」


『サプライズ賞、五分イケます』


 タイムキーパーの声をイヤモニに受けて。

 朝霧さんはニッと笑うと、ギターを担いだ。


『発表するで。サプライズ賞は…』


「あ、それと、この後で」


『里中健太郎!!』


「え?」


 同時に声を出したスタッフが、目の前で口を開けたまま俺の背後を指差す。

 顔だけ振り返ると、朝霧さんがクイクイッと手招き中…


「……え?」


『里中、おまえや。はよ来い』


「……え…えっ、は…はあ?」


「里中さん!!早く!!」


「五分しかないです!!」


「ちょっ…」


 スタッフに押し出される形でステージに飛び出すと。

 朝霧さんが登場した時に沸いたような笑いが起きた。


「里中さーん!!おめでとー!!」


 どこからか、祝福の声が飛んで来て。


「え…ええ…なんで…」


 戸惑う俺の腕を、朝霧さんはギュッと掴むと。


『サプライズ賞、おめでとう』


 弾き寄せて、ハグをした。


「…あ…いや…えー……ありがとうございます…」


 なんだ?

 どうしてだ?


 わけの分からないままの俺に、スタッフがギターを手渡す。

 そこで…


「いっいやいやいやいや!!朝霧さんと弾くなんて…!!」


 我に戻った。


『今の若者には知られてないかもやけど、昔はSAYSってバンドで、今F'sで活躍中の浅香京介とギターボーカルしてた里中健太郎や』


 知ってるー!!とか、里中さん顔!!顔!!とか…

 色んな声が飛んで来るんだけど…

 ど…どうしたら…


『里中は、この春からビートランドの社長に就任したにも関わらず、スタッフとしても動き回り中。プロデューサーとしてもエンジニアとしての腕もピカイチで、信頼も厚い』


「や…やめて下さいよ…」


 ああ…なんだろコレ…

 名誉ある事のはずなのに、罰ゲームみたいだ…

 汗と震えが止まんね―――!!



『そんな里中は、俺をヒーローやと言うてくれて…救ってくれた』


「……」


『おまえも、今、ビートランドのヒーローやで』


 唇を噛みしめた。

 そうしないと泣きそうだった。


 朝霧さんに…憧れの人に、そんな事を言ってもらえるなんて…


『里中さん、時間ないですよ』


 イヤモニに飛び込んで来る、スタッフの声。

 だけどそれは急かしてるんじゃなく…


『早く聞かせて下さい』



「さ、行くで。」


「はい。」


 それから俺は…

 憧れの人と、ギターを弾いた。

 客席からは、やっかみと称賛の声。

 もう表に出る事はないと思ってたのに…


 まさか、だ。

 …まさにサプライズ。



 とんでもなく優しくて愛しくて…

 愛以上に溢れたビートランド。



 俺、すごい事務所の社長になったんだな。




 …今更だけど、汗出るわ(笑)


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 里中君とマノンのあれこれは、36thの39話ですよん。

 時間のある時にでも!!

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