第25話 「アズ!!」

 〇東 圭司


「アズ!!」


「やったな!!おい!!」


 神と京介が俺の腕を掴んで。

 ガバッと立ち上がらされた。


「あ…あっ、焼きそば…」


 手にしたままの箸を置こうとしたけど…


「今はステージに行け!!」


 神がバンバンと背中を叩きながら、片方の手で俺の割り箸を奪い取った。


 …わー…

 神のテンション、めっちゃ高いよ。

 こんなの、珍しいなあ。


「早く行けって!!」


 京介までが大声で…

 えー…なんか…


 俺が戸惑いながら、ステージに上がろうとすると…


「親父…!!」


「え…うわっ!!」


 いきなり、走って来た映に抱きしめられた…!!


「え…えー!?映、どしたの…」


「親父…おめでと…」


「……」


「マジで…嬉しい…」


『映、気が済んだら圭司を上へ』


 朝霧さんの声に、映が照れくさそうに俺から離れて。


「上れよ。」


 背中を押した。



「圭司、大賞おめでとう。」


 朝霧さんがマイクから離れて、俺にだけ聞こえるような声で言った。

 その背後のライトが眩しくて目を細める。


 本当に…俺が大賞?


 朝霧さんの手には、30cmぐらいのクリスタルギター。

 差し出されたそれを受け取ろうとしたけど…


「…なんで、俺なんですかね…」


 嬉しいよりビックリの方が大きい俺は。

 朝霧さんに、真顔でそう問いかけた。


「世界中の奴らが、ギターヒーローに相応しいって選んでくれた結果やで?」


「ギターヒーロー…」


 小さくつぶやいた後、ぶんぶんと頭を振った。


 いやいやいやいや!!

 そんなの、俺なんかよりずっとずっと上手いギタリストが…


『この賞について、俺から一言』


 クリスタルギターを受け取らない俺を見た朝霧さんは、そう言って客席を見渡した。


『ギターが上手いだけが、ヒーローやないねん』


「……」


『ま、俺の場合は…アレやな。テクニックとステージングとカリスマ性と…なんや、俺ホンマ完璧やん』


 あはは。と笑いが起きたけど、俺は笑えない。


 本当、そうだよ。

 朝霧さんは完璧なギターヒーローだよ。

 なのに…なんで…俺なんか…?


 気持ち、下唇を噛んで伏し目がちになる。

 ライトを浴びてるのが違和感でたまらない。



『圭司は、俺がプロデュースした『TOYS』では、さっぱりやったな』


「……」


 TOYSの名前が出て、驚いて顔を上げる。


『何を隠そう、ビートランドにTOYSを売り込んで来たんは、圭司や。俺はナッキーとナオトと一緒に、スタジオに出向いた』


 わ…

 わー…

 なんか、懐かしい話出て来た…


『ボーカルがイキがってる高校生バンドやったな~』


「うおーい、朝霧さん。そりゃ聞き捨てならねーな。」


 最前のテーブルで悪態をつく神に、みんなが笑う。


『ホンマやん(笑)ぶっちゃけ、即戦力は千里だけや思うた。せやけど、圭司はここに立つほどにまでなった』


「……」


『一緒にF's組んだ時は、圭司をどう引っ張り上げよ思うたけど。そんな心配は無用やったな』


 ええええええ…?

 心配無用って事はないでしょ~…

 俺、結構必死だったけど、それでも朝霧さん余裕かまして置いてく感じで…


『圭司はな、ギター弾くのが楽しいねん』


「あ。」


 久しぶりに声を発したせいか、みんなが俺に注目した。


『なんや』


「え、あ、いえ……」


 ギター弾くのが楽しい…うん…楽しいけど…

 それは…



 最前のテーブルにいる神を見る。

 足を組んで斜に構えて…いつものスタイル。


 出会った時から、俺は神が大好きだった。

 大好きな神と、少しでも長い時間一緒にいたくて…


「ねえねえ、神。バンドしない?」


 中学生の時、そう言った。


 あの時からずっと、神と俺は一緒。

 TOYSが解散して、不安に思った時期もあったけど…

 神は俺を新しいF'sに誘ってくれた。


 …ギターを弾くのが楽しいのは…


 仲間がいるからだよ。


 それも、サイコーな仲間。



「…ありがとうございます!!」


 大きな声で言って、深くお辞儀をする。

 そして、朝霧さんに両手を差し伸べた。


「……」


 その様子に、朝霧さんはニヤッと笑って。

 手にしたクリスタルギターに一度視線を落とした後、それを俺にくれた。

 そして…


『大賞、東 圭司!!』


 俺の右腕を掴んで、高くあげた。


 あらためて大きな歓声が沸いて。

 俺はクリスタルギターを高く持ち上げた。


 客席は総立ちで。

 神も、立ち上がって拍手してくれてる。



 …俺がギターヒーローになれたのはさ…

 神のおかげだよ。



 俺、一生…神についてくよ。




 嫌って言われても離れないからね!!





 〇臼井和人


「あ~、俺やなかったか~。」


 そう言って俺の隣で笑うのは、浅井 晋。

 昔々、一緒にFACEで世界に出ようとした同志だ。


 まあ…一応全米デビューはしたし、そこそこに売れもした。

 だけど廉の悲しい事件と共に…

 俺は、もう仲間を持つのが嫌になった。


 晋はアメリカに残り、新しいバンドを組んだ。

 俺は帰国して…最初は音楽から離れる事も考えたが。

 ビートランドを立ち上げた高原さんから声を掛けてもらって、スタジオミュージシャンとしてやっていく事を決めた。


 ソロアーティストのレコーディングに参加したり、時にはツアーにも参加した。

 バンドへの誘いも常にあったが、廉の死と共に失われた何かが…俺をその気にさせる事はなかった。


 そんな俺を突き動かしたのは…


 何度かリハでベースを弾いた事のあるバンド、TOYSのフロントマン。

 神 千里だった。



「臼井さん。俺、朝霧さんとナオトさんをもらいに高原さんの所に行って来ます。」


 いきなりそう言われた時、俺は何も答えず。

 無表情で千里の顔を眺めた。

 だが、内心は…


 …こいつ、今なんて言った?

 朝霧さんとナオトさんを…もらいに行く?

 思わずドキドキした。

 久しぶりの感覚だった。


「もし二人をもらえたら、臼井さんも俺と組んでもらえませんか?」


「え?」


「世界のDeep Redが二人。新たな門出には最高過ぎるっしょ。」


「……」


 新たな門出…?


 TOYSの解散後、数ヶ月間行方不明になってた千里。

 自分のしたい事と、望まれる事。

 メンバーとの温度差…

 ビートランドの仲間達とも距離を置いていた俺は、千里の抱える葛藤が分かる気がしていた。

 だからこそ…


 新たな門出。

 その言葉は、千里が行方をくらましていた間に何かを見付けたと思わせた。


 千里が皆を口説くには、そう時間はかからず。

 それなのに、俺は千里が返事を聞きに来てくれるのを、待ち切れずにいた。


 早く来て欲しい。

 やっぱり他のベーシストを、と気が変わらぬ内に、と。

 千里が来てくれた時には、顔を見るなりOKと答えてしまっていたんだ。



 F'sには、朝霧さんとナオトさんの他に、東 圭司と浅香京介がいた。

 千里が全員を引っ張った形だ。


 ぶっちゃけ、最初は面食らった。

 京介は上手くなると思ったが…

 圭司に関しては、TOYSにいた頃からあまりいい印象がなかった。

 真面目ではあったが…飄々として、何を考えているのか分からない男。

 なのに、千里にすら人見知りをして喋れなかった京介が、なぜか圭司だけにはすぐに懐いた。



「マノンがF'sを抜けた後の音源聴いたけど、あいつ、ぶっ飛んだソロ弾いてたな。」


 晋の言葉に、朝霧さんとナオトさんが勇退された後のアルバムを思い返す。


「…確かにな…あいつ、とにかく同じソロが弾けないから、ベストテイクが……」


「…ん?」


 言葉が止まった俺の顔を、晋が覗き込む。


 そうだ。

 圭司は…朝霧さんがいた頃は、そのソロに合わせて真面目に弾いてた。

 だけど、自分がソロを弾く立ち位置になった途端…


 とにかく、同じメロディを弾かない。

 しかしイメージを壊すわけじゃない。

 ベストテイクをどれにするか悩んでたのは…


 どれも良かったからだ。



「……普段の性格って言うか、ちゃらんぽらん過ぎる奴で、ギターの腕どうこうまで気が行かなかった。」


 俺がそうつぶやくと。


「あはは、マジか。俺は最初から、俺の大賞を阻止する奴がおるとすれば、あいつかな思ってたで?」


 晋は、俺が思いもしなかった事を言って、ニッと笑った。


「……俺にとって、大賞は意外だけど、圭司自身は可愛い奴だと思ってるよ。」


 ステージを観て、改めて拍手をする。

 すると晋は。


「さ、俺が呼ばれる番かな?」


 不敵な笑みで立ち上がった。



 …晋。

 俺の中では、おまえが大賞だよ。(圭司、ごめん)

 --------------------------------------

 ナッキーとマノンとナオトがTOYSを見にスタジオに行ったお話は、34th4話

 千里がマノンとナオトをF'sに引っ張るくだりは、35th29話

 読み返しちゃおうかな~。って方は、是非♡

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る