第24話 「なっちゃん遅ーい!!」

 〇高原夏希


「なっちゃん遅ーい!!」


 沙都が帰った後、リズと咲華さくかとの時間が楽しくて。

 少しだけ…遅刻してしまった。

 そんな俺に、さくらが唇を尖らせる。



「怒ってもないのに、そんな顔をするな。」


 笑いながら尖った唇を押さえると。


「怒ってるもん!!」


 恐らく、最大級に怒ったな顔をして見せたつもりのさくらだが…


「…ますます可愛くなっただけじゃないか。」


 頭を抱き寄せて、髪の毛に唇を落とす。


「なっ…!!」


 周りにいたスタッフが『ごちそうさまです』だの『何も見てません』だの言いながら、俺達に背中を向ける。

 腕の中のさくらはと言うと…


「もう…こんなおばあちゃんを可愛いって…なっちゃん、イカれてるー!!」


 最初こそ控えめだったが。

 最後の『イカれてるー!!』では、パン。と両手で顔を挟まれた。


「…痛い。」


「そりゃ痛いよ。遅刻の罰だもん。」


「ああ、そういう事か。」


「何?」


「可愛いって言うたびに、こうされるのかと。」


「も…もうっ!!それ、もう禁止っ!!」


「そう言われても…可愛いよな?」


 俺が周囲に同意を求めると。


「ええ。新会長はとても可愛らしい方です♡」


「会長が何度も言いたくなる気持ち、分かります♡」


「ほら。」


「……」


 皆の声を聞いて、さくらは恨めしそうに目を細めた。



『MANON Awardsまで開始5分です』


「あ、なっちゃん、ステージ袖で見る?」


「いや、客席で観よう。」


 さくらに手を引かれて、客席に向かう。

 今日の進行は聞かされていないが、もう隠居の身としては…客として楽しむだけだ。



「大賞、誰だろうね。」


 後の方の席に座ろうとすると、自然と社員達に前の方を勧められた。

 あまり最前列には行きたくないが…


「ここ、どーぞ。」


 声を掛けられて振り向くと、華音かのん沙都さとだけのテーブルがあった。


「他のメンバーは?」


希世きよしょうはDEEBEEで観るって、あっち。」


 華音が指差した方を見ると、詩生しおを囲んだ希世きよしょうえいがいた。


「解散してからの方がいい雰囲気って。」


 沙都がそう言いながら、優しい眼差しを向ける。


がくとサリーは。」


「学は単なる遅刻で、杉乃井は個人練するって(笑)」


「ふっ。真面目だな。」



 今日は、バンドで見なくてはならないとは言われてないが。

 だいたい…みんなメンバーで座ってるようだ。


 前方には、映のいないF'sが。

 後方には、SHE'S-HE'Sが。

 すぐそこには、DANGERもいる。


 ビートランドに所属するバンドや、ソロアーティストが勢揃いで。

 久しぶりに見る顔もあるせいか、少し胸に来るものがあった。

 みんなよく…ビートランドに来てくれた。

 そんな想いで、会場を見渡した。


 今日はしんも来ている。

 長い監禁生活で、身体もだが…メンタルも心配だったが。

 本人はリハビリや治療を受けながら、ギターの練習に取り組んだらしい。


 …何より、それが一番のリハビリになったようで。

 晋は今、失われた15年を取り戻すかのように…

 毎日を忙しく、そして楽しく過ごしている。



「わー…すごいね。これ見て。」


 さくらがスマホを取り出して俺に見せた。

 SNSでは、すでに誰が大賞か、予測も始まっている。


 …みんなが、ギターヒーローの登場を待ちわびてる…って所か。




 〇早乙女詩生


「何でみんなここに?」


 映が呆れた顔で言うと。


「…なんか、こっちのが楽しめるかなと思って…」


 彰がボソボソとそんな事を言った。


 今日はMANON Awards。

 みんな好きな席での観覧OKって事で、俺は桐生院家の集まりの時に、映と一緒に観ようって約束したけど…

 二人で座ってる所に、希世と彰が来た。



「ノン君にチクるぞ?」


 映がニヤニヤしながら言うと。


「そ…それは勘弁…」


 二人は小声で言いながら、ノン君が座ってる席をゆっくり振り返った。


 釣られたように俺達もそこを見ると…


「……」


 そこには、ノン君と学と沙都と…高原さんとさくらさん。

 なんつーか…

 あっちはあっちで楽しそうだ。



『これより、第一回マノンアワードを開催します』


「あー、いよいよだな…」


「彰、ランキングに入ってねーかな。」


「…緊張するから言うな…てか、俺なんてまだまだ…」


「しっ、始まる。」


 フッ…と照明が落ちて、ステージの幕が上がる。

 そこにタキシード姿の朝霧さんが登場して…


 あははははははは


 なぜか、会場が笑いに包まれた。

 すると朝霧さんは前髪をかきあげて。


『おまえら~!!覚えとれよ!!』


 記念すべき第一声を、忘れられないものにした。





 〇東 映


『最初に言うとくけど、投票一位は、俺』


 朝霧さんがそう言うと、客席は大きな歓声と拍手に包まれた。


『いや、待て待て待て。俺の名前はなしやん!!は?その他の欄を作るからだ?いやいやいや、そんなん俺らが知らん名ギタリストがおるんちゃうかな?って期待もあるやん?実際、一覧にはなかったギタリストの名前出てたで?ま、その名前は後日サイトの方に記載する事にして…』


「…早く終わらせたいのかな。一気に喋りまくってる。」


 孫である希世が、首をすくめる。

 …確かに、配信されてるとは思えない、ざっくばらんな空気。



『発表します』


「え?何位の発表?」


 詩生が誰にともなく問いかける。


「10位ぐらいから?」


 会場を見渡すと、みんなも少しだけざわざわしながら朝霧さんの言葉を待った。


『東 圭司』


「え?」


 名前を呼ばれた親父に、ライトが当たる。


「え?」


 俺達も、キョトンと…その姿を見つめた。


 親父は焼きそばを箸で持ち上げたまま。

 パチパチと瞬きを繰り返す。


『おまえが大賞や。早くステージ上れ』


「え?」


 そう言われても、まだキョトンとしてる親父の隣で。


「アズ!!」


「やったな!!おい!!」


 神さんと浅香さんが、親父の腕を掴んで立ち上がった。



「……」


 信じられない気持ちでSHE'S-HE'Sの席を振り返ると。


「圭司ー!!おめでとうー!!」


 …母さんが、泣きながら叫んでて。


「…え?」


 親父はまだ…何か分かってない様子で。


 客席からはお祝いの声と、それを上回る笑い。


 俺は…


「…マジか…」


 小さくつぶやいた後。


「映?」


 親父の元に走った。

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