第23話 「こりゃ豪勢だな。」
〇神 千里
「こりゃ豪勢だな。」
たぶん、立ち上げた当初はこんな大掛かりな事のなるとは…当の本人である朝霧さんも思ってなかったはず。
大ホールの客席には、円卓テーブル。
ステージの両端にはー…あれはたぶん誓と乃梨子の花だな。
料理に飲み物にと、ひやかしで集まる輩にまで大盤振る舞いとか…
ビートランド、どこまで良心的なんだっつーの。
「神、焼きそばいる?」
皿を手にしたアズが、目をキラキラさせて言った。
「…いや、俺は飲むから。」
「そ?じゃ、つまみも見繕って来るね。」
「おー。」
…ったく…
緊張感ねー奴だな。
アズの姿を視線で追う。
焼きそばのコーナーに行ったかと思うと…隣のちらし寿司に目移りして。
通り掛かった陸に皿を持たせて、並ばせやがった。
…おい。
「神、誰に投票した?」
ふいに。
隣に椅子を持って来た京介が、らしくないぐらい至近距離で言った。
「…アズ。」
「え、マジか。」
本当に意外だったのか。
京介は一瞬眉間にしわを寄せた後、少し大げさに後ろに仰け反った。
「おまえは…彰か。」
「……」
「分かりやすい奴だな。別に息子に投票しても罰は当たんねーよ。」
「う…あ…あいつ、今…すげー頑張ってるから…」
「だな。それは俺も認める。」
「……」
「何だよ。」
「いや…神、息子には入れなかったんだなって。」
「あー、期待はしてるが、まだヒーローじゃねーからな。」
「アズはヒーローなのか?」
「…そこは強調するな。自分のバンドだからだ。」
何となく…本心は言えなかった。
アズは、昔から俺のヒーローだ。
いつだって…助けてくれた。
TOYSの時も、F'sを結成してからも。
常に、俺に寄り添ってくれた存在だ。
ギターの腕も、朝霧さんに引っ張られた形で上手くなった。
だけど、それだけじゃない。
アズのギターは…
楽しいんだ。
『第一回マノンアワード開始まで10分となりました。美味しい料理に目も胃袋も掴まれる気持ちは分かりますが、一旦着席下さい』
て事は、投票受付は終了したな。
今日の進行は、俺達には知らされていない。
ランクインしてるギタリストのMVが流れたり、と、なかなかの祭り具合だとは聞いてるが。
自ら聴かないバンドの音楽を、酒を飲みながら誰かと聴くのも、たまにはいい。
「わー、始まるね。」
トレイいっぱいに食い物と飲み物を載せてやって来たアズに、京介と苦笑いをする。
少し離れたSHE'S-HE'Sの席で、瞳が首をすくめているのが見えた。
「映は?」
「今日は詩生君と見るってさ。」
「…彰もそんな事言ってた気がする…」
「DEEBEE、解散してからの方が仲良しだよねー。」
そんな会話をしていると。
Deep Redの初期の曲…『Thanks Guys』が流れて来た。
「おっ…俺、この曲好きなんだよな…」
京介がそう言いながら、軽くリズムを取る。
「えー、なんか京介、今日ノリノリだね。何かいい事あった?」
アズも俺と同じように思ってたらしく、京介の顔を覗き込んで…案の定そっぽを向かれてる。
「今日はギタリストの祭りだから…俺には変なプレッシャーかかんねーし…」
ボソッとつぶやいた京介に、ああ…そういう事か。と、アズが納得した。
…本当は、彰がランクインしてねーか気になって、浮かれてるだけなんじゃ?
〇早乙女千寿
「始まるね。セン君、緊張してる?」
隣に座ったまこにそう言われて。
俺はー…
「…緊張、してる。」
正直に言った。
俺が投票したのは…父親である、浅井 晋…
ではなく。
二階堂 陸。
陸が大賞なら…と、本気で思ってる。
ずっとSHE'S-HE'Sで一緒にギターを弾いて来た。
常に、俺のヒーローだ。
まだ素性を明かしてない俺達は、投票の名前も『SHE'S-HE'S R』『SHE'S-HE'S S』という表記。
MVでも手元だけだったり、後ろ姿のショットばかりだから…
どのソロが陸なのか分からない部分も多いと思う。
取材では細かく語ったりしてるけど、そこまで読んでくれてる人がいるのかな…っていうのが正直な所。
陸がいなかったら…俺はここまで弾けるようにはならなかった。
知花にスカウトされて、このバンドに陸がいると知った時は…入りたくないと思った。
だけど、前もってもらってた音源に心躍らされていたのも事実で…
初めてのスタジオ練習は、鳥肌でしかなかった。
みんなの全てがすごかったけど…
特に、陸のギターには…足が震えた。
「俺の予想では、ズバリ…浅井 晋だな。」
陸が声を潜めて言った。
「あー、浅井さんね。納得。」
瞳さんも、それに頷く。
親父は、長い間インドで行方不明になっていて。
それが、今年の三月…
テロ組織に監禁されていた所を、二階堂によって救出された。
長年行方不明になっていた人物が保護されたというニュースは流れたが、それが『浅井 晋』だとは報道されなかった。
ただ、リハビリを経て帰国した親父は、ビートランドと契約をし。
初夏にはFACEのCDのリマスター版が発売となって、往年のロックファンを歓喜させた。
そんな親父は、臼井さんと、このイベントを楽しむようで。
さっき、一番奥のテーブルで控えめに乾杯してるのを見掛けた。
「センが緊張って珍しいね。」
とって来た料理を並べながら、知花が笑う。
「あー…うん。」
陸に…大賞を取って欲しい。
その願いを込めて…俺は、会場を見渡して、小さく息を吐いた。
〇二階堂 陸
「始まるね。セン君、緊張してる?」
「…緊張、してる。」
珍しく…センがそんな事を言って。
俺は、背中を向けたまま聞こえないフリをして足を組んだ。
センは欲のない奴だから、きっと緊張してるのは違う理由だ。
大賞を取るのが、自分が投票した誰かどうか…だよな。
俺のギターヒーローは朝霧さんだ。
だけど名前がなくて…その他の欄に書こうとも思ったけど。
ま、ある意味…センがそうだよな。と思って、センに投票した。
繊細かと思えば強く、それでいて儚く美しい。
同じソロを弾いても、俺はセンのようには弾けない。
いつだって、俺を奮い立たせてくれる存在。
仲間であり、ライバル。
俺が日々精進したくなるのは、センの存在あってこそ。
俺が、もっともっと進化するためにも…
センが大賞に選ばれたらいいんだけどな。
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えー!!
発表まだー!?
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