第22話 「ほんっと、可愛くないったら。」

 〇二階堂紅美


「ほんっと、可愛くないったら。」


 ルームでボヤいてるのは、沙也伽。


 さっき、エレベーターホールで沙都に会ったらしい。


 沙也伽の義弟である沙都は、今日帰国したにも関わらず。

 朝霧には帰らず、桐生院に行ってリズちゃんに会ってたらしい。



「そりゃリズちゃんは超絶可愛いけどさあ?廉斗と響だって可愛いのよ?」


「あはは。妬かない妬かない。」


「まあ…沙都らしいっちゃー、そうなんだけどさーあ…」


「向こうからしょっちゅう贈り物してくるんでしょ?可愛いじゃん。」


「んー…まあ、そうなんだけどさーあ…」



 廉斗と響が可愛いのは、あたしも知ってる。

 リズちゃんが超絶可愛いのも知ってる。

 沙都は向こうで海君ちに居候してるとは言っても、多忙で誰にも会えてないはず。

 だとしたら…

 廉斗と響は身内だから心配はないとしても。

 リズちゃんとは、居候解除の日が来れば…


 沙都もだけど、あの曽根さんもリズちゃんにはメロメロだって言うし。(本人は隠してるつもりらしいけど)

 そりゃ、会いたくなっちゃうよ。

 あの、誰に対しても笑顔で癒しを与えてくれる存在。



 …んー…


 ハッキリ言って…


 身近にあんなに可愛い子達がいるとさあ。

 子供が欲しくなっちゃうんだよね…


 桐生院に行くたびに、ノン君がリズちゃんをあやしてる姿を目の当たりにして…

 何て言うか…もう…



「紅美、沙也伽、そろそろホールに行かない?」


 あたしが色んな妄想を始めた瞬間。

 ルームのドアを開けて、麻衣子と多香子が顔をのぞかせた。


「あ、うん。行こ行こ。」


「誰が選ばれるのかな~。」


「今年はともかく、あたし、いつかはトップ5にでも選ばれるように頑張るわよ。」


 歩き始めた麻衣子がそう言うと、多香子と沙也伽が目を丸くした。


「…何、その顔。」


「だって…ねえ…」


「うん…麻衣子がそんな野心家だったとは…」


 二人にそう言われた麻衣子は、ぐっと胸を張って。


「そりゃ、あたしは楽しけりゃいいって感覚でバンド始めて、じーちゃんの名前でデビューしたようなもんだけどさ。」


 麻衣子のおじいさんは、Deep Redのゼブラさん。

 多香子のおじいさんは、同じくDeep Redのミツグさん。

 二人とも音楽の道へ進む事を反対されていたけど、BackPackというバンドでLIVE-Aliveに出演して…現在に至る。



 麻衣子は、あたし達をぐるりと見渡したかと思うと。


「今、あたしはすごく楽しいのよ。それだけじゃなくて、もっと上手くなりたいって心底思ってる。」


 真顔で言った。


「まだまだ里中さんにも叱られてばかりだし、紅美の歌を引き立たせるほども弾けてないかもしれないけどさ。それでも、誰かがあたしに憧れて、ギターを始めましたって言ってくれるようなギタリストになりたいのよ。」


 そう言った麻衣子の目は、何だかキラキラしてて。

 あたしは、意外にも…


「麻衣子。」


 ガシッと。

 麻衣子の手を、両手で握った。


「え…っ?」


「感動した。」


「え…えええ…っ?」


「そうだよね。あたし達…始まったばっかだから、今年は無理だけど…いつか、一緒に名前を連ねようよ。」


「……」


「フェス、頑張ろ。あたし達、新生DANGERを世界に知らしめてやろうよ。」


 さっきまで、ノン君との子供が欲しい…って、幸せな妄想を始めかけてたけど。

 今、こうして麻衣子の熱意を聞いて…

 あたしの中でくすぶってた熱が、ちゃんと形になった。


 ノン君と結婚する。

 それは変わらない。

 幸せになる。

 それも絶対。


 だけど…

 ギタリストとしての熱量…あたし、もっと上げなきゃだ。

 負けてらんない。

 麻衣子にも、ノン君にも…誰にも。



「いーねー。ギタリストは。」


 あたしと麻衣子の間に割り込むように、沙也伽と多香子が声を揃えて言った。


「ほんっと。こんな賞もらえるイベント、リズム隊にも欲しいっつーの。」


「そーそー。美味しい物ぶら下がれば、熱も上がるっつーの。」


 その言いぐさに、麻衣子と二人…目を細めた後で吹き出す。


「ぶふっ。もう…あんた達、卑しいな。」


「そうよ。自分で餌ぶら下げて頑張れば?」


「ちっ。いつかSAYAKA Awards立ち上げてやるっ。」


「あたしだって。」


 四人で笑いながら、エレベーターに乗り込む。


 …さすがに今年は賞を取る事はできないだろうけど…

 麻衣子の言うように、いつかは…


 あたしも…!!





 〇里中健太郎


「あ~…なあ、里中…」


「ダメですよ。はい、背筋伸ばして。」


「……」


 朝霧さんの背中をポンポンと叩くと。


「おまえ、ホンマに俺に憧れてギター始めた?」


 唇を尖らせた朝霧さんは、恨めしそうに俺を振り返った。


「本当ですよ。今もめちゃくちゃ憧れてます。だからこそ、カッコ良くキメて下さい。」


 最近の俺にしては最高の笑顔で、朝霧さんとエレベーターに乗り込む。



 今夜は、1st MANON Awards。

 朝霧さんが渋ってたのは…タキシード姿で壇上に立つ事。


 自分から立ち上げたイベントなのに、『こんな大袈裟にするつもりなかったのに』なんて愚痴ってる。

 ネット投票だから、結果発表もネットで。と思ってたらしい。


 ま、結果発表をどうするなんて記載はなかったし。

 高原夫妻と結託して、急遽ビートランドチャンネルでの放送に踏み切った。



「最終集計はモニターに映し出されるので、それを見ながら発表して下さい。」


「…あーあ…会長室でつまみでも食いながら、ボンヤリ楽しもう思うてたのにな…」


「世界中のギターキッズが待ってますよ。さ、どうぞ。」


「……」


 エレベーターを降りて、ホールに向かう。



 会長が、高原さんからさくらさんに。

 そして社長が俺になった事で、最上階の会長室で高原さんの姿を見る事は減った。

 何なら、さくらさんと俺しか居ない日が多い。


 そうなると、今までみたいに朝霧さんやナオトさんも来にくくなったのでは…と思ったが。二人は今も高原さんが不在でも遊びに来て入り浸ってくれる。

 そのおかげで、憧れの人とする想いは変わらないとしても…

 仲間として関われるようになったのは、俺にとって財産でしかない。



 …俺としては…高原さんにもずっと通って欲しい。

 体調さえ良ければ。



「あと30分でスタートですが、今の段階での集計はこんな感じです。」


 ステージ袖に用意された椅子に座って、朝霧さんにタブレットを差し出す。


「へー……って、俺はあかんやろ。」


「そうは言っても、その他の欄を用意したのは朝霧さんでしょ。」


「む゛ー…」


 ブツブツと文句を言いながらも、朝霧さんはタブレットをスクロールしながら順位を見た。


 …今のところ、ダントツで一位なのは…朝霧さんだ。

 名前を書いちゃいけないとはなかったから、みんなそうしたのだと思う。


 実は俺も…朝霧さんに投票したし。



「…よし。俺が一位でもええけど、大賞には二位を選出するで。」


 タブレットから顔を上げた朝霧さんは笑顔で。

 今のところ…三位と接戦中の二位の名前を、トントンと指で叩いた。


 …さあ。

 二位と三位。

 どっちが大賞に…?


 それとも、ダークホースが出て来るか…?



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 大賞は誰の手に!?




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