第21話 「いやー、帰って来たって感じだー。」

 〇朝霧沙都


「いやー、帰って来たって感じだー。」


 そう言いながら、曽根さんがホールの中に消えて行った。



 確かにそうだなあ。

 向こうはあまりイベントしないし。


 僕が所属してるのは、ビートランドのアメリカ事務所。

 ビートランドはビル自体が全部同じ造りだから、どの事務所に行っても迷子になる事はほぼない。


 でも、使われ方って全然違うんだよね。

 日本のビートランドは、まあ…お祭り好きが多いから。

 ホールの使い方が上手いんだ。



「おう、沙都。おかえり。」


 いきなり後ろから抱き寄せられた。

 この声は…


「ただいま、ノン君。」


 と婚約中。

 桐生院家のサラブレッド、ノン君。



「フェスのための帰国か?それともギターヒーロー?」


「どっちもだよ。できればビートランドからヒーローが出て欲しいからね。」


「確かに。」



 今夜は1st MANON Awardsが開催される。


 僕のじいちゃん、朝霧真音は…Deep Red、そしてF'sのギタリストとして世界に名前を知らしめた人。

 世界のどこでも、『マノンの孫だ』って言うと、必ず『あのギターヒーローの!?』って返って来る。

 それほどなんだよね。



「キリ!!会いたかったぜ!!」


「はいはい。」


「冷てーな!!」


 曽根さんとノン君の、全然熱くない再会を見届けて。


「僕、ちょっと帰るね。」


 曽根さんに手を振る。


「しっかり寝るんだよ~。」


「まだ時差ボケすんのかよ。」


「沙都君はキリみたいに図太くないんだって。」


「おまえ…曽根のクセに…」


「ガハッ!!わっ…ひゃっ!!あ――!!」


 曽根さんの嬉しそうな声を背中に受けながら、僕はホールを後にした。





 〇二階堂咲華


「あーん!!やあよ~!!」


 泣きじゃくるリズを前に、父さんがニヤニヤする。


「おまえ…俺が行かないって言いたくなる方法を知ってるとはな。」


 桐生院家では、リズがベッタリな人は優勝者みたいな扱いになる。

 何の大会?って思うけど、なぜかみんなが羨望の眼差しを向けて。


「明日こそあたしが…」


 なんて、乃梨子姉は息まいてたりするから、微笑ましい…けど…



「どうした?じいじが仕事に行くのがそんなに嫌か?」


 デレデレな父さんは、リズを抱えてそんな事を言う。

 このやりとりは、あたしとリズが散歩から帰って来て、裏口から出て来た父さんに出くわした10分前から繰り広げられてる。



「父さん、早く行ってよ。」


「年寄の楽しみを奪うな。」


「こんな時だけ年寄って。」


「リズ、じいじと一緒に事務所に行くか?」


「ダメダメ。はいっ、早く行った行った。」


 父さんの腕からリズを奪って。


「いってらっしゃーい。」


 あたしが笑顔で言うと。


「いっ…うっ…うぇ~ん…」


 リズも涙ながら、父さんに手を振った。


 渋々と自転車に跨る父さんの背中を見送る。

 あー、早く行かないかな。

 …じゃないと、もう持たないよ…


「かじゅきは?」


 涙目のままのリズは。

 父さんが自転車で走り始めてすぐ。

 あたしを見上げて、華月の事を聞いて来た。


 この変わり身の早さ。

 父さんが知ったら泣いちゃうかも(笑)



「今はお仕事中よ。」


「のいねぇは?」


「お仕事。」


「…きよち…」


「んー…お仕事だね。」


「……」


 今、うちにいるのは…おじいちゃまだけ。

 今日はマノンアワードだから、もうすぐ出かけるとは思うけど…


「なちゅじー。」


「え?」


 ふいに、リズが家を指差して言った。


 その姿が見えるわけでもないのに、リズが発した名前に…不安を覚えた。

 まさか、家の中で何か…


 急いで家に入ると。


「……」


 広縁で、小さな声で歌ってるおじいちゃまがいた。

 その背中を黙って見つめる。



「なちゅじー。」


 パタパタパタ


 リズが名前を呼びながら駆け寄ると。


「ああ…リズ。散歩から帰ったか。おかえり。」


 おじいちゃまは、花が咲いたような笑顔で振り返った。


「なちゅじー、しゅき♡」


「なつじーも、リズが大好きだよ。」



 …何だろ。

 この笑顔。

 すごく…


「咲華も。おかえり。」


「あ…あっ、ただい…」


 ディーンドーン


 あれ。

 このチャイム。


 うちには潜り戸に隠しチャイムがあって。

 親しい人は、そっちを押す。


 この重たい音は、親しい人の方。

 本当に数人しか知らない。



「俺が出よう。」


 おじいちゃまが立ち上がって、玄関口にあるインターホンモニターに向かった。

 その間に、あたしはリズと手を洗って、洗濯物を取り込む。


 あたしを手伝って、タオルを何枚か持ったリズが。

 うんしょうんしょ、と、それを大部屋に運んでると。


「リズちゃん、お手伝いしてる。えらいなあ。」


 聞き覚えのある声が…


「きゃー!!しゃてぃ~!!」


 タオルを放り出して、嬉しさ全開で駆け出すリズ。


「あはは。お手伝い放棄。」


 全力で腕の中に跳び込んだリズを抱き留めたのは。

 ニューヨークで一緒に暮らしてる沙都ちゃん。


 とは言っても…ここ数ヶ月はあたしもこっちに帰ってたのと、向こうでは沙都ちゃんがツアーに出かけたりして不在の事も多かったから…


「リズちゃん、僕の事よく覚えてたね。」


 沙都ちゃんがそう言うのも、うなずける。




「なちゅじー。しゃてぃ。」


 リズが二人を紹介し合って。

 顔見知りな二人は、リズの手前笑顔で挨拶を交わした。



「沙都ちゃん、マノンアワードで?」


 大部屋で、三時のおやつ。

 今日は母さんが作ってくれたプリン。


「うん。少し時間があるから、ちょっと顔見に来た。」


「え?リズの?」


「居候の分際で…だけど、忘れられてないか心配でさ~…」


 リズは沙都ちゃんの膝で。

 口の周りをベタベタにしながらプリンを食べてる。


「リズちゃん。サティと一緒に、一枚いいかな?」


 リズは返事をしなかったけど、沙都ちゃんがスマホを構えると。


「にー。」


 頬に指を当てて、首を傾げた。


「ははっ。これは沙都がわざわざ会いに来ても仕方ないな。」


 おじいちゃまが目元を緩める。


「でも口の周りすごい…沙都ちゃん、今更だけど、服汚れるからこれ…」


 洗い立てのタオルを渡すと、沙都ちゃんは『全然かまわないよ~』って笑ってくれたけど。

 その後も荒々しくミルクを飲むリズを膝に座らせてた結果…


「…一旦帰って着替えて来いよ。」


 おじいちゃまにクスクス笑われながら、見送られた。


 …沙都ちゃん、ごめんー!!




 〇曽根仁志


「沙都君、よく眠れた?」


 事務所のロビーで沙都君に声を掛けると。


「別に寝に帰ってたわけじゃないよ?」


 沙都君は、どこか挑戦的な笑顔…

 なんだこれ。


「曽根さん、僕ね…ちょっとぬけがけして来た。」


「は?ぬけがけ?」


 エスカレーターに乗って、二階のエレベーターホールへ。

 そこで沙都君は『ふふん』なんて笑って、俺にスマホを差し出した。


「ん?」


「見て。」


 そこには…


「え。何…今の間に行って来たって事?」


 スマホには、沙都君の膝で首を傾げる、お嬢…


「うん。忘れられてないか心配でさ。」


「えぇ…赤子の魂百までだろ?忘れるわけないじゃん。」


「でも、僕達あまり一緒にいなかったし。」


「おいおい、三つ子の魂百までだろって突っ込むとこなんだけど。」


「……」


 んん~?

 沙都君、もしかして…

 俺が思ってるよりずっと疲れてんのかな。


 …いや、まあ…疲れて当然か。

 休む間もなくレコーディングだのツアーだの…今回はフェス前にマノンアワードがあるから、休みも兼ねて少し早めに帰国したけど…

 これがなかったら、前日入りになるとこだった。


 俺はそこそこにストレスの捌け口があるけど…

 沙都君、女の子とも付き合わないし、何ならスタッフとも飲みに行かないし…

 てか、そんな時間ないか…



「沙都君。くれぐれも無理はしないようにね。お嬢が癒しになるなら、キリの実家で寝泊まりしていいから。」


 沙都君の背中をポンポンと優しく叩きながら言うと。


「朝霧にも可愛い甥っ子姪っ子がいるんだけど~?」


 背後から、低く恐ろしい声が聞こえて来た。


「あっ、沙也伽ちゃん。久しぶり。」


 笑顔の沙都君。

 だけど沙也伽ちゃんは鬼の形相。


「ちょっと。帰国したなら少しは帰んなさいよっ。」


 ピシッ


「あてっ。」


 なんで俺を叩く!?


「あはは。ごめんごめん。」


 沙都君は笑ってるけど…

 これはやっぱり…



 ギターヒーローに選ばれるかもしれないプレッシャー!?(いや、それはないか)

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