第20話 「…里中君。」

 〇高原さくら


「…里中君。」


「はい。」


「この後、時間ある?」


「はい?」


 会長室。

 今日は、あたしと里中君だけ。

 なっちゃんは…夕べはしゃぎ過ぎたから、今日は家でゴロゴロしてもらう事にした。



「だって…あたし…」


「……」


「枠をもらえるほど歌える自信ないよ~!!」


 バサバサバサ


 机の上の書類を落としながら訴える。



 なっちゃんの『シェリーも出るか』の一言で…

 あたしのフェス参加が決まった。


 いや、確かに…歌うのは好きだけどさあ…!!



「そう言えば、古い記事で見ましたよ。プレシズに出演って。」


「うう…でもあれは…当て馬だったんだから…」


「当て馬?」


「うん…でも楽しかったけどね…」


 突っ伏してた顔を上げて、パッと目を開ける。


 …そうだよ。

 楽しかった。



「ギターは晋ちゃんと廉君で、ベースは臼井さんで、キーボードは変装したナオトさん。」


「え…ええっ!!超豪華じゃないですか!!」


 里中君の声に、ちょっと嬉しくなってニヤける。


「ふふっ。でしょ。特に、ナオトさんの変装は完璧過ぎてさあ。見に来たなっちゃんは、なかなか気付かなかったんだよ。」


「そ…そこですか……でも、うわー…浅井 晋に丹野 廉…臼井さんの三人って言ったら、もろにFACEが現役の頃ですよね。」


「うん。まだ売れる少し前かな。」


「羨ましい……オリジナルですか?」


「ううん。みんなが知ってる曲。途中、ワインを掛けられたり、最後には電源落とされるって嫌がらせも受けた。」


「………はい?」


「でも…楽しかった。真っ暗な会場を、アコギ弾きながら『イマジン』を歌って歩いたの。」


「……」


「みんな、歌ってくれた。感動だったんだよ?」



 思い出のプレシズ。

 決して楽しいだけじゃなかったけど…

 なっちゃんが全力でボイトレしてくれて。


 そんななっちゃんへのサプライズにしようって…

 Deep Redのみんなが、練習や曲のアレンジを手伝ってくれた。

 あたしみたいなレストランシンガーのために、廉君、晋ちゃん、臼井さん…FACEのメンバーがバックバンドをしてくれて。

 それに、世界的有名鍵盤奏者であるナオトさんが、変装までしてキーボードを弾いてくれた。


 色々トラブルはあったけど…

 色んな意味で、忘れられないイベントだよ。(忘れてたけど)



 …夕べ、なっちゃんから『一曲歌いたい』って言われた。

 最初は『If it's love』の予定だったのに、急に…


「さくら、今夜は『イマジン』を歌っていいか?」


 なっちゃんが、そう言った。


 何となく…だけど…

 なっちゃん、もしかして。

 あたしが二階堂を手伝いに行ってたの、知ってるのかな…って思った。


 まあ…なんだかんだ言って。

 なっちゃんってあたしの事、よく分かってるもんな…



「…いいですよ。この後。」


「え?」


「ボイトレか、厳しい音程チェックか。」


「……」


 つい、あんぐりと口を開けた。


 だって、里中君…

 すごくすごく忙しい人なんだよー!!

 知ってるのにお願いしちゃったのは、あたしだけどさあ…!!


「いいの!?いいの!?里中君!!」


 机に乗ってしまう勢いで問いかけると。

 里中君は目を細めながら身を引いて。


「まずは、散らばった書類を片付けてから。」


 机の周りに落ちた書類を目配せした。



 やったー!!

 里中君のレッスン受けれるなら、100人力だー!!






 〇前園優里


「優里。」


 真人さんちからの帰り道。

 聞こえて来た声に、一気に不機嫌になった。


「何………って…え?」


「何だよ。」


「……」


 振り返って、そこにはいつもの拓人がいると思ってたのに。

 もう…なんて言うか…


 あからさまに、別人のような気がした。


「…何か…あったの…?」


 小声で問いかける。


「何で。」


「…顔がおかしい。」


「ふっ。」


「……」


 えー…?

 ほんと…なんだろ…

 毒っ気がなくなってる…



「…今日は…何?」


 何かが違う。

 拓人なのに…拓人じゃない感じ。


「元気なのかと思って。」


「元気よ。拓人は?何だか…すごく久しぶりな気がするけど…」


 そうだ。

 あたし、バンドの事で頭がいっぱいで、拓人の事…すっかり忘れてたけど。

 あれから一度も会ってないのかな…

 あたしが拓人のマンションに行って、怒って帰ってから…


 だとすると。

 かれこれ半年ぐらい会ってない事になる。


 電話もなかったし…

 こっちからする事もなかった。


 今までも、長く連絡を取らない事はあったけどー…

 それでも、毎年12月24日には会って懺悔してた。



「っ…!!」


 突然、拓人があたしの腕を引いて。

 中川衣料品店の隣にある脇道に入り込んだ。


「えっ…なな何っ…」


「しっ。」


「……」


 …そのただならぬ表情に、あたしは拓人に習って息を潜める。


 昔々…訓練した…アレよ。

 あたしは全然…ダメだったけど…


「……ぷはあっ。」


 あたしが大きく息をすると。

 拓人が『おまえバカ』と言わんばかりの視線を向けた。

 次の瞬間。


「あっ、Leeちゃん見っけ♡」


 さくらさんが、ピョンと視界に入って来た。


「あ…さくらさん、こんばんは。」


「え。」


「ん?」


 あたしとさくらさんを交互に見ながら。


「え?」


 もう一度、拓人が間抜けな声を出した。


「あ…あの、弟…です…」


 もう、嘘はつきたくない。

 そう思ったあたしは、正直に…拓人をさくらさんに紹介した。


「は…はじめまして。弟の片桐拓人です。」


 …んん?

 何だろ。

 拓人、おかしい…気がする…


「ふふっ。はーい。はじめまして。さくらです。」


「…えーと…さ…さくらさんは、姉の…?」


 …どうしたんだろ。

 拓人、今までになく…しどろもどろ…


 首を傾げて見つめると、拓人はすごく嫌そうな顔をしながらあたしに背中を向けた。


「あたしは、Leeちゃんの所属する事務所の会長です。」


「へ…へー…姉の事務所の会……えぇっ!?」


『えぇっ!?』で大袈裟に振り返った拓人は。

 さくらさんを上から下まで三往復ぐらい眺めて。


「ビートランドの会長!?マジで!?」


 珍しく…大声で言った。


「マジで。」


 …超笑顔のさくらさん。


 うーん…

 いくら鈍いあたしでも…

 これ…


「…二人とも、知り合い?」


 静かに強い視線を送りながら、問いかける。

 すると…


「…ううん。初対面。」


 二人は息ピッタリに、あたしを見て同時に言った。





 〇片桐拓人


「あー、まだ頭ん中混乱してる。」


 優里に会った帰り道。

 俺は、先に帰るフリをして…さくらさんを待ち伏せた。


「俺の事調べ尽くしてたとは思ってたけど…まさか…そんな繋がりだったとは…」


「ふふっ。ごめんごめん。」



 つい、数週間前。

 俺は、この人の依頼で…オフを丸ごと戦いに費やした。

 あの後から…俺の中にも大きな変化があって。

 今までなら、あけすけな言葉を並べて平気で優里を傷付けたりもしてたクセに…

 それが今は、出来ないと思った。


 優里は、俺にとって大切な存在。

 だけど、その存在はいつまでも俺の手の中にいるわけじゃない。

 …ま、今までも俺の中にいてくれたわけじゃねーけど。



「優里ちゃんに言わないの?お父さんが生きてる事。」


「…お見通しだなー。てか、優里はさくらさんが二階堂の何者でもない存在だって知ってんの?」


「ふふっ。その言い方。」


「さくらさんが言ったん………ん?」


「ん?」


 さくらさんは…ビートランドの会長…


「えーと…もしかしてと思うんだけど。」


「何々?」


 俺から質問されるのが嬉しいのか。

 さくらさんは、ずいずいと俺に近寄って。

『早く聞いて』と言わんばかりに…顔を覗き込む。


「…スプリングの社長って…」


「聖?あたしの可愛い息子♡」


「……」


 …マジか…



 優里をダシに、あの危険な現場に駆り出された。


 てっきり…

 優里に危害を加えるだの、優里も現場に連れて行くだの…そんな事を言われるのかと思ったけど。

 この様子だと…優里は大丈夫そうだな…



「聖を知ってるの?」


「あー…俺、社長からのオファーで、スプリングとビートランドが提携してやってる動画に出てるんすけど?」


「あっ、そうだった…忘れてた…素敵な動画をありがとう♡」


「忘れるとかっ。」


「あははっ。ごめーんっ。」


 …本当に、今も信じられねーや。

 この人が、あの現場を仕切ったとか。

 俺も何度も助けられた。



「親父の事は…次に会った時にでも。」


「そっか。いつか一緒に会いに行けるといいね。」


 その場面を考えると、ちょっとどこかが痛い気もしたけど…


「ま…優里が結婚する頃には…報告出来たらいっかな…」


 小さくつぶやく。


「えっ?優里ちゃん、結婚するの?」


 …ん?


「って…おたくの息子と付き合ってんじゃん。」


「…え?」


「…は?」


「えーっ!?シロとクロって、優里ちゃんの猫!?」


「……」


「わー!!優里ちゃんが娘になるなんて、嬉し……あっ…そっか…今はちょっとアレだよね…聖、いつかみんなに紹介したいって昨日言ってたけど…今は、無理なんだよね…あー……」


 さくらさんは飛び跳ねたと思ったら頭を抱えて。


「あー…早く娘になって欲しいよ~…聖頑張れ~…」


 ここにいない社長に、エールを送ってる。



 …優里。

 おまえ、社長とちゃんとよりを戻せば…幸せになれるよ。

 さくらさんは、絶対…みんなを幸せにしたがる人だから。



「そしたらアオイく…拓人君も、うちの身内になっちゃうもんね♡嬉しいな~。」


「……」


 くすぐったくて、ポリポリと鼻を掻いた。

 この人に会ってから、俺…

 なんか、ずっとふわふわしてる気がする。



「…モデルの華月も身内?」


 思い出して問いかける。


「あ、うん。あたしの孫♡」


「孫…見えねーけど…ま、そっか。」


「拓人君。」


「ん?」


 何気なく見上げた空に、白い月。

 もうすぐ満月かな。


「君も、絶対幸せになるんだよ。」


「……」


 ゆっくりと視線をさくらさんに向けると。

 さくらさんは俺の前に立って。


「あたしの幸せ、おすそ分け。」


 真顔で…俺にハグした。


「…ははっ…マジかよ…」


 ただハグされただけなのに…

 幸せって言葉を浴びせられた事で、こんなに動揺するなんて。


「よしよし。今まですごく頑張って来たんだね。えらいえらい。」


「……これ、優里には…内緒で…」


 涙声でそう言うと。


「んー、どうかなあ。」








 ババア!!


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 プレシズの件は、27thの17話、33話34話辺りですよ~。

 読み返してやるぜ!!な方は、ゴー!!

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