第19話 「で?父さんは誰に投票したの。」

 〇桐生院 誓


「で?父さんは誰に投票したの。」


 広縁に座って、父さんに問いかける。



 帰国してすぐ、ノン君に言われた。


「誓兄、乃梨子姉も。これ、投票して。」


 見せられたスマホには…1st MANON Awardsの文字。


 身内にアーティストが大勢いるにも関わらず…僕と乃梨子はそこまで音楽に詳しくない。

 ギターヒーローを選べと言われても…


「ノン君に入れればいいの?」


 乃梨子がそう言うと。


「俺、まだペーペーだから。」


 ノン君はそう言って唇を尖らせて首をすくめた。


 いや。

 ペーペーでもギタリストだろ(笑)



「誰にする?」


 一応、その夜…乃梨子と考えた。

 正直、ギターソロなんてそんなに聴いてない…(汗)


 ノン君にはああ言われたけど…


「身内に入れちゃおうか。」


 僕がそう言うと。


「そうだよね。」


 乃梨子は眉間のしわを無くして。


「ポチッと。」


 スマホの投票ボタンを押した。


「ん?誰に入れた?」


「え?陸さん。」


「あ…そうなんだ(笑)」


「えっ…誓君は?ノン君?」


「いや…義兄さんの名前があるなと思って。」


「…(さーっ)…」


「あ、乃梨子。血の気が引いてる(笑)大丈夫だよ。誰が誰に投票したかなんて分かんないから。」


「まさか…お義兄さんがギタリストとして名前が載っちゃうなんて…」


「まあ…もうずっと弾きながら歌ってるし、後奏でソロ弾いたりしてるもんね。」


「…(ああ…!!)…」



 …クスクスクスクス。


 あの夜の乃梨子を思い出して、つい笑ってしまうと。


「俺に質問しといて思い出し笑いか?」


 父さんがゴキゲンな様子で肩をぶつけて来た。


 …細いな…



「で?誰に?」


「……」


 父さんは少しだけ和室を振り返って。


「本当なら…今からギターヒーローに成り得る者に期待して投票すべきだったんだろうけど…」


 僕に視線を戻して、少しだけ身体を寄せて言った。


「…『その他』を選んで、マノンの名前を書いたんだ。」


「……」


「俺のギターヒーローは、やっぱり…最初からずっと、あいつなんだよ。」


「…そっか。」


「もう、ただのジジイだからな。こんなワガママ、してもいいよな。」


「うん。いんじゃない?」


 …ちょっと…泣きそうになった。


 Deep Redが…まだまだ活動出来る頃に、父さんは事務所を設立して。

 日本から世界へ羽ばたけるアーティストを育てる。と…音楽活動を一旦休止させた。

 それに伴って、Deep Redの面々も…バンドとしての活動回数は、表立って行われなくなった。


 マノンさんとナオトさんは、義兄さんのバンドに入ったし。

 解散じゃないとは言っても、Deep Redの状況を見れば…



 それでも。

 父さんにとっては、今も…マノンさんがギターヒーローなんだ。



「…なんか、ちょっといい話してるとこ悪いけど。俺もまぜて。」


 突然、僕と父さんの間に…聖が割り込んで来た。


「何で間に入るんだよ(笑)」


「末っ子は甘えん坊なの。」


 いつか、大事な人をここに連れて来たい。

 そう言った聖。


 正直…

 聖もそんな年頃か~…なんて思った。

 いや、まあ…学生時代から彼女がいるって話は…華月から聞いてたけど。

 みんなに告白するほどの存在…か。


 聖は、桐生院の父の後を継いで、スプリングの社長として頑張ってるし。

 とっくに立派な大人だ…って分かってるけど。

 歳の離れた弟だからかー…弟ってより、我が子のような感覚もある。


 …何だろ。

 嬉しいのに、何だか寂しいや。

 変なの。



「で?彼女はどんな子?」


 聖に問いかけると同時に、シロとクロがやって来た。


「…察しがいいな。」


 父さんが笑う。


 ん?と思ったけど…そっか。

 彼女の猫だっけ。



「…ほんと、猫みたいな人。」


「早く会いたいもんだ。」


「…父さんは、会ってるよ。」


「…え?」


 聖の向こう側で。

 父さんが、丸い目をした。


「…事務所で…」


「……」


 彼女、業界人か。

 と思った瞬間…


「えっ!?Leeか!?」


 珍しく、父さんが声を張った。


 コクコクコク


 返事はせず、頷く聖。


 Lee……って…


「あ。僕も知ってる。ヒーリング音楽みたいな…」


 そうだ。

 飛行機の中で流れてて。

 乃梨子も僕も、あの曲のおかげですぐ眠れたんだ。


 どんな子だろう…?




 〇桐生院 聖


 あー…恥ずかしい。

 恥ずかしいけど…告白した。

 俺の…大事な人の事。


 父さんは今までになく驚いた顔をした後…


「…聖。彼女は…変わろうとしてる。」


 思いがけない事を言った。


「…え?」


「フェス、絶対観に来い。」


「あ…う…うん…行く…」


「…なるほどな…そうか…それで…」


「……」


 父さんの独り言に、誓兄と顔を見合わせる。

 だけど…

 優里さんが…変わろうとしてる…って。

 ちょっと嬉しかった。


 ずっと謎の多い人だったけど…それでも俺は彼女の事が好きだった。

 優里さんが何者であっても。

 何者でなくても。


 …俺は、待つよ。



「…ったく…いつからだ?」


 温かい気持ちになって爪先を見てると。

 ふいに父さんの反撃が始まった。


「え…えーと…」


「事務所で会って、送って行った時か?」


「…あの時は、もう…」


「はじめましてって言ってたぞ?」


「あーあーあーあーごめんって!!」


 バツが悪くて立ち上がろうとすると。


「末っ子は甘えん坊なんだろ?もう少し挟まれてろよ。」


 誓兄が、俺の腕を引いて座らせた。


「ちっ誓兄…」


「で、何で今まで隠してた?」


「いや…っ、それは悪かったけど、ちょ…もうちょっと待っ…狭いって!!」


 笑顔のジジイとおっさんが、いたずらな目で俺を挟むとか…

 何の罰ゲームだよ!!


 そうしてると当然…


「あ~楽しそう~。」


 酔っ払った麗姉が来て。


「何々?聖の秘密?教えて?」


 母さん…何でそーなるんだよ。って。


「聖の彼女の話聞きたい人ー。」


「はーい。」


「ああーいっ!!」


 華月の提案に、みんな…リズまでが手をあげて。


「な…っ…」


 俺は、立ち上がって…叫んだ。





「何なんだよー!!俺の身内ー!!」

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