第18話 「一曲、歌わせて欲しい。」

 〇高原夏希


「一曲、歌わせて欲しい。」


 俺がそう言うと、和室から広縁にかけて座ってた面々が驚いた顔で振り返った。


「え…えーと…」


 圭司がハラハラした顔で周りを見渡す。

 …そうか。

 俺が歌う事は、こんなにもみんなに心配をかけるって事か。



「よっ。待ってました。」


 苦笑いしたところに、声が掛かって。

 見ると…聖が、拍手してくれた。

 その姿に、口元が綻ぶ。


「もう…前ほど声は出ないが、その分、気持ちをこめる。」


 言いながら、遺影を見上げる。


「…貴司、雅乃さん。そして…会った事はないが、容子さん。」


 俺につられたように、みんなが遺影を見上げた。


「今、俺がここに居る事は…やはり何度考えてもおかしい気がする。」


「もうっ、父さんたら。まだ言ってる。」


 大部屋から来た瞳が唇を尖らせて言って。

 知花と麗も『ねー』と首をすくめた。


「桐生院の父さんも望んでた事。だーい好きな高原さ……」


 麗はみんなが自分に注目してる事に気付いて。

 それでも…


「…お父さんがここに居てくれる事で、おばあちゃま共々、あたし達が思ってる以上に安らかに眠ってるわよ。もちろん…容子母さんも。」


 堂々と、そう言ってくれた。


「…俺は、幸せ者だな。」


「もう泣くのはなしっすよ。年寄につられて涙腺崩壊させる奴が後を絶ちませんから。」


「千里もでしょ~。」


「…おい。知花。飲んでんのか。」


「少しだけ~。」


「隣に来い。」


「えぇ…あたしは姉さんの隣に…」


「おまえ、飲んだら…く…なんだろ…」


「え?何?」


「いいから来いって。」


「あはは。もー、千里ってば。」


「神、落ち着いてー。」


 千里と知花を囲んでのやり取りで、場が和んだ。

 俺は、その笑い声に目を細めて。

 隣にいるさくらと頷き合った。



 本当は…『If it's Love』を歌うつもりだった。

 だけど、さくらに提案した。


 今日は、あの歌を歌いたい、と。


 さくらが、プレシズで歌った…『イマジン』

 あの曲なら、そう負担はかからない。

 それに…貴司も好きだった。

 あの、プレシズの場には…貴司もいたからな。



「One…Two…」


 最初から、さくらとハモりながら歌った。

 合わせたわけでもないのに、さくらは完璧だった。


 争いのない世界。

 世界は一つ。

 それは、天国にも繋がっていて…

 いずれ俺がそこに行く時は。

 きっと…周子と貴司が真っ先に迎えに来るだろう。

 …意外と、雅乃さんの可能性もあるが。


 罪深いだけの俺の最後の時が。

 こんなに穏やかで幸せでいいのか。

 常に罪悪感はある。


 周子には、死んでも俺を許さないで欲しいと願ったが…

 今は、許されたいと思っている自分がいる。


 …とことん身勝手だな。


「……」


 思えば…

 こうして、身内と呼ばれる皆を前に、ギターの弾き語りなんて初めてだ。



 気持ち良くサビに差し掛かると。

 瞳と知花がコーラスに参加して来た。

 思わずさくらと笑顔になる。

 すると、そこに千里と華音、紅美も加わった。


 思いがけず、豪華なイマジンを歌い終えると。

 和室は一瞬の静寂の後。

 わっ…と、拍手と歓声が沸いた。


「なっちゃん、素敵だった。」


「…さくらこそ。ありがとう。」


 ギターを置いて、さくらの肩を抱き寄せる。

 続いて…瞳、知花…と、コーラスをしてくれた面々ともハグをした。


 そして…




 〇二階堂 陸


「あれ?陸さん、もう飲まないの?」


 俺が一度手にしたビールを置くと。

 すかさず、義母さんが言った。


「あー…なんか、胸がいっぱいで。」


「え~?」


 …俺は、今、目の前で繰り広げられたライヴに。

 遠い昔を思い出していた。

 そして…ある事が、ストンと胸に落ちて…胸がいっぱいになった。



 あれはー…桜花の高等部の…二年か三年の時。

 親父が縁側で唸ってるのを聞いて。

 みんなが親父の身を案じた。


 でもそれは、どうやら鼻歌だったらしくて…

 俺は、織の音痴が親父からの遺伝だったと知った。


 その時の鼻歌が、イマジンだった。


 当時、二階堂には歌を聴く習慣も、鼻歌をする事すらなかったようで。

 俺が正しいイマジンを聴かせてやる。って…

 アコギで歌ったんだよな。


『坊ちゃん!!すごい!!感動しました!!』


 沙耶が抱き着いて来たっけ。



 あの頃の俺にとって、万里と沙耶と環は兄弟のようだった。

 力を持て余してる俺に付き合って、バスケしたりキャッチボールしたり…

 気が向けば、道場で稽古もした。


 …先月、二階堂本家が跡形もなく消えた。

 イマジンを聴いて、今更のように…あの頃の思い出がよみがえった。



『おまえよりももっと素晴らしい『イマジン』を、私は知ってる』


 あの時、親父はそう言った。

 誰か聞いたが、教えてくれなかった。


 …時が流れて、俺の義母となった『さくらさん』が。

 実は…元二階堂の人間だった。と知った。

 不思議な能力のある人だ。

 大きな声では言えないが、先月の現場でも…大いに二階堂を助けてくれたと聞いた。



「…お義母さんだったんすね。」


 俺が小さくつぶやくと。

 義母さんは『ん?』と首を傾げた。


「ふっ。いえ。なんか、色々ありがとうございます。」


 正座をして、義母さんに頭を下げると。


「え…え~っ?どうしちゃったの?」


 義母さんは、困った顔で俺の背中に手を当てた。


「…俺の、大事な家族を助けてくれて…ありがとうございます。」


「…陸さん…」


「…俺、結構欲深いし、甘えん坊なんすよね…桐生院も二階堂も、みんな変わらずそばにいてくれたらいいって。なーんか…ははっ…」


 …万里と紅が、二階堂を抜ける事が決まった。

 俺は、夢を追って二階堂を出た身。

 だから何も言う資格はない。

 だけど…寂しくて仕方がない。


 本家に戻れば、いつだって会えると思ってただけに…



「もうっ!!可愛いんだから!!」


 ぎゅーっ!!


「え…っ!?」


 突然、義母さんが抱き着いて来た。


「うちの娘婿達って、みんな可愛くて食べちゃいたいっ!!」


「ちょ…ちょっ…たっ食べられるのは…っ…あーっ!!あははっ!!ひー!!」


 俺に抱き着いてる義母さんが、俺の脇腹辺りで頭をスリスリとするもんだから…


「こちょこちょ~。」


 そこへリズが加勢して。


「何?陸さん…楽しそう…」


「麗…っ!!てめ…ひー!!やめてくれーっ!!あ゛あ゛あ゛――!!」



 …センチメンタルな気分なんて。


 どっかいっちまったじゃん(笑)


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 陸ちゃんのお父さんがイマジンを唸ってる件は、52ndの19話に♡

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