第17話 「ところで、マノンアワードの投票はしたのか?」

 〇神 千里


「ところで、マノンアワードの投票はしたのか?」


 高原さんが俺にそう言った瞬間。

 それぞれ飲んでた輩が、一斉にこちらを向いた。


 …どんだけ高原さんの声に聞き耳立ててんだよ。


「…ええ。しましたよ。俺は発表があった日に、即。」


「そうか。結果が楽しみだな。」


「高原さ…」


 何となく、みんながこっちを見てる気がして。

 その中には知花もいるわけで。


 コホン。


 小さな咳払いをした後。


「お義父さんは?投票したんすか?」


 何てことない顔で言った。

 すると…


「お義父さーん!!俺も投票した!!」


 広縁で映の隣にいたアズが、滑り込むようなカタチでやって来た。


「あぶねーだろっ。」


「大丈夫だよ。神が堰き止めるって分かってたし。」


「ったく…」


 俺達みたいなおっさんに、今更『お義父さん』と呼ばれた所で…

 むず痒いと言うよりは胸がざわざわするんじゃねーかと思ったが…


「ふっ…今日は誓と乃梨子のパーティーなのに、誕生日プレゼントをもらってる気分だ。」


 高原さんはそう言いながら、目頭に手を当てた。


「……」


 アズと顔を見合わせて。

 ついでに周りを見渡す。


「…あーあー、もう。年取るとすぐ泣いちゃうんだから。」


 瞳がズカズカと歩いて高原さんの隣に腰を下ろすと。


「珍しいから一枚撮っとこ。」


 目頭に手を当ててる高原さんに頬を寄せて、スマホで自撮りをした。


「あっ、ずるいっ。」


「あたしもっ。」


 それに反応したのは、知花と麗で。


「な…なんでこんな時に…」


 顔を上げると、ますます赤い目で泣いてる事がバレバレな高原さんを囲んで、撮影会。


 次第にそこには我も我もと人が集まり、自撮りでは入りきらねー…って事で…


「ちゃんと並べよ。親父、幅取り過ぎ。」


 聖が、デジカメと三脚を用意して。

 高原さんの希望で、誓と乃梨子を真ん中に座らせたショットと。


「点滅10秒で連写するからなー。」


 誓と乃梨子の希望で、高原夫妻を真ん中にしたショットを撮影した。



「で、父さんは投票したの?」


 撮影会前の俺の問いを、改めて瞳がしてくれると。


「ああ。」


 高原さんは、お義母さんが用意したおしぼりで目元を拭いながら言った。


「一番ギターヒーローに相応しいと思ってる者に投票した。」


 …それには、みんなが興味津々になった。

 高原夏希が、ギターヒーローに相応しいと思ってる奴…

 いったい誰だ?




 〇東 瞳


「知花ちゃん、誰に投票した?」


 大部屋で洗い物を始めた知花ちゃんに問いかけると。


「あたしのギターヒーローはセンと陸ちゃんなんだけど、一人にしろって言われるとどっちかに出来なくて…」


 可愛い返答。


「だよね~。あたしも悩みに悩んで、二人には入れなかった。悪いけど。」


「瞳さんはアズさんじゃ?」


「あっ、もう?」


「うっ…」


「オフの時ぐらいは姉呼ばわりして欲しい~。」


 抱きしめて頭に頬擦りする(知花ちゃんは洗い物中)と、小さな声で『手伝ってくれたら呼ぶ』って言われてしまった。

 仕方ないなあ。


 隣に並んで洗い物をしながら。

 さっきの父さんを思い返す。


 人前で泣くような人じゃなかったから…

 ちょっとビックリしちゃった…



「…父さん、年取ったなあって思っちゃった。ま、当然だけどさ。」


「…うん…気持ちが弱ってるのかなって…」


「あー…言えてる…」


「…フェス、一曲だけ参加って…」


「……」


「身体の事を思えば、ステージで一曲歌うのもどうかって思うけど…」


「シンガーでいさせてあげたいって思うと…だよね。」


「うん…」


 今の父さんなら。

 一曲でも満足だ。って言うかもしれない。

 だけど…

 ステージに立って、観客との一体感を味わってしまうと。

 きっと父さんは…一曲じゃ終われないと思う。


「…こんな言い方、どうかとは思うけど…」


「……」


「ステージで歌い切って死ぬなら本望って父さんが思ってるなら、あたしはそれでもいいんじゃないかって。」


 お皿を洗い切って、手を拭きながらそう言うと。


「…あたしも、本心はそれ。」


 知花ちゃんも…そう言って唇を噛んだ。


「もちろん、長生きして欲しいけど。」


「当然よ。」


 少し、しんみりした空気が流れて。

 あたしは『ふんっ』と大きく頷いた後。


「ねえ、千里が即投票したギタリストって、誰かな。ノン君とか自分だったりして?」


 知花ちゃんの肩を抱き寄せて言った。


「え?アズさんじゃないの?」


「え?圭司?千里、そう言ってた?」


「ううん。言ってないけど…千里、アズさんの事大好きだし。」


「え~…好きは好きだろうけど、ギターヒーローに即投票するほど?」


「…と思うけど…」


「それが本当だとすると、圭司、泣いちゃうわよ。」


「えぇ…まさか(笑)」


 二人で仲睦まじく話してると。


「あっ、何。二人だけでいちゃいちゃして。」


 麗ちゃんと乃梨子ちゃんが、ワイン片手にやって来た。


「ああ、可愛い妹達。さあ、お入りなさい。」


 あたしが知花ちゃんと反対側の手を開いて言うと。


「じゃ、あたしが先。乃梨子は後ろで順番待ち。」


 麗ちゃんは、すごく事を言った。


「じゃ、乃梨子ちゃんはあたしの方。」


 知花ちゃんが乃梨子ちゃんの腕を取って、自分の隣に引き寄せると。


「お義姉さん、大好きっ。」


 乃梨子ちゃんは知花ちゃんに抱き着いた。


 心の声ダダ漏れ(笑)

 あ、口に出したやつかな?





 〇高原さくら


 大部屋の知花を手伝いに行くと、瞳ちゃんと洗い物しながらの会話が聞こえた。


『ステージで歌い切って死ぬなら本望って父さんが思ってるなら、あたしはそれでもいいんじゃないかって』


『…あたしも、本心はそれ』


 瞳ちゃんの意見に、同意した知花。

 二人ともシンガーだもん…そうだよね…なっちゃんの気持ち、汲めちゃうよね…



 一曲だけ。

 そう言ったのは、あたし。

 だけど言った後で後悔した。


 一曲なんて…満足出来っこない。

 反対に、苦しくなるだけだ。


 それでも、自分の身体が限界に近付いてる事も分かってるなっちゃん。

 あたしや華月の気持ちを汲んで…入院も検査もしてくれた。

 出来るだけの治療も。



「さくら?」


「あ…」


 気が付いたら、隣になっちゃんがいた。

 大部屋には、瞳ちゃんと知花と麗と乃梨子ちゃん。

 なっちゃんは四人がワインで乾杯してるのを見て、目を細めた。


「…みんな愛しいな。」


「うん…」


「……」


 しばらく、立ったまま四人の声を拾った。


 他愛のない会話から、マノンアワード投票の話。

 自分のヒーローは陸さんに決まってる。と、珍しく惚気てる麗。

 分からないから身内である陸さんに入れたら、義兄さんの名前もあって背筋が凍った。って言った乃梨子ちゃんにみんなが笑って。

 アルコールのせいか、笑いの止まらないみんなに…


「ふっ…娘達の笑い声は、栄養になるな。歌いたくなった。」


 突然、なっちゃんがあたしの腕を引いて言った。


「えっ…?」


「一曲だけ、今歌いたい。さくら、手伝ってくれないか?」


「……」


 少しハラハラしてしまうあたしに。

 なっちゃんは。


「あの歌だよ。負担はかからない。」


 あたしの鼻を押しながら言った。


「…うん。あたし達の愛を、みんなにも、ね。」


「ああ。」


 部屋にアコギを取りに行って、大部屋にいる知花達に声を掛ける。


「ライヴだよ。和室に来て。」


 あたしのお誘いに、四人は一斉に立ち上がった。

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