第16話 「乃梨子のダダ漏れ癖、まだ直ってねーのか。」
〇桐生院 聖
「乃梨子のダダ漏れ癖、まだ直ってねーのか。」
親父がそう言って乃梨子姉をからかって。
みんながドッと笑う。
「お義兄さんのバカー!!」
「乃梨子乃梨子、漏れてるよ…」
「誓君まで…っ!!今のはちゃんと口にしたのー!!」
「乃梨子ちゃんが千里にバカって言う日が来るとはね~。」
「瞳さん―――!!」
乃梨子姉のキャラ、相変わらずだな~。
でも…ホッとする。
変わらずにいてくれるのって、ほんっと…安心だ。
「あははっ、もう…乃梨子姉、大好きっ♡」
華月が誓兄達の間に割り込んで、乃梨子姉の腕に甘える。
あいつ、昔から乃梨子姉贔屓だったもんな。
二人の帰国を一番喜んでるのって、もしかして華月かもしれねーなー…
「……」
ふと、父さんが並んだ遺影に目をやって。
ふっ…と、優しい顔をしたのを…俺は見逃さなかった。
…あの人、ほんとー…
最初から桐生院の人間みたいだよな…
「ところで、そんなレアな写真集、誰にもらったの?」
麗姉が、朝子ちゃんが手にしてる誓兄と乃梨子姉の花の写真集を指差して言うと。
「…それは…」
朝子ちゃんは、少し戸惑った風に言葉を濁して。
視線を…
「…え?」
「なっちゃん?」
「いつの間に?」
全員から視線を受けた父さんは、バレたか。みたいに目を細めて苦笑い。
…もしかして、口止めしてまで?
「…俺もその写真集には何度も心を穏やかにされたから、何か効果があればと思ったが…絶大だったみたいだな。」
父さんが少し照れくさそうな顔をして。
その珍しい表情に、みんなが若干驚きの色を見せる。
そんな中でも…誓兄のビックリ顔はダントツで。
それは俺がガキの頃には気付かなかった、誓兄の想いや葛藤みたいな物が垣間見えた気がした。
…俺も…
桐生院の父から聞かされた色んな事を、知らん顔したままここまで来た。
どこか腑に落ちない気持ちを抱えて、父さんと真正面からぶつかろうともしてない。
こんな俺に、待ってて欲しいと言ってくれた優里さん。
俺も…変わらなきゃなんだよ。
「俺…すげー好きな子がいてさ。」
少し大き目な声でそう言うと。
広縁にいた華月が丸い目で振り返った。
「ちょっと…色々あって、今はずっと会えてないけど…」
注目を浴びながら、ボソボソと言うと。
両隣にいた詩生とノン君から、ビールを注がれた。
「あ、サンキュ………今は、会えてないけど…いつか…」
グラスぎりぎりまで注がれたビールがこぼれないよう、ゴクッと一口飲んで。
「いつか、ここ…ここに、彼女を連れて来たい。」
立ち上がって言った。
「ここで、みんなに紹介したい。俺の大切な人。」
今までも大好きだった家族のみんな。
だけど今日は…何でだろ。
泣きたいほど、もっともっと好きになった気がする。
「にゃっ。」
「にゃ~っ。」
シロとクロが足元に来て『よく言った』って褒めてくれた気がして笑顔になると。
「あー、聖にこんな熱い所があったなんて、お姉ちゃん感激!!」
麗姉が背後に来てバンバンと背中を叩いた。
「いって!!」
「あはは。みんな酔ってるから力加減バカ。」
紅美がそう言いながら、麗姉に加勢して俺の背中を叩く。
「だから痛いっつーの!!」
ビール片手にその場を離れる。
「はい、お宝映像送信、と。」
目の前に現れた華月が。
スマホを片手に笑顔になった。
…ん?
送信?
〇前園優里
「な……」
あたしはスマホを持って、わなわなと震えた。
華月さんから送られて来た動画…
そこには、少し赤い顔をした聖君がいて…
『いつか…いつか、ここ…ここに、彼女を連れて来たい』
大勢の視線を受ける中、何だか…熱い事言ってる…
『ここで、みんなに紹介したい。俺の大切な人』
「!!」
俺の大切な人…
き…聖君…
それって、あたし…?
本当に…?
『にゃっ』
『にゃ~っ』
「はっ…」
シロ!!クロも!!
『あー、聖にこんな熱い所があったなんて、お姉ちゃん感激!!』
『いって!!』
『あはは。みんな酔ってるから力加減バカ』
『だから痛いっつーの!!』
「……」
あたしは画面をタップして、もう一度最初から動画を見た。
『ここで、みんなに紹介したい。俺の大切な人』
『ここで、みんなに紹介したい。俺の大切な人』
『ここで、みんなに紹介したい。俺の大切な人』
『にゃっ』
『にゃ~っ』
『ここで、みんなに紹介したい。俺の大切な人』
『ここで、みんなに紹介したい。俺の大切な人』
『ここで、みんなに紹介したい。俺の大切な人』
『ここで、みんなに紹介したい。俺の大切な人』
『にゃっ』
『にゃ~っ』
「何、同じとこ繰り返して見てるんだい?」
「はっ!!」
気が付くと、後ろに中川のお母さんがいて。
しっかりと…動画を覗き込んでる。
「おっおおおおお母さん、いつから…」
「ご飯だよって呼んでるのに来ないから。」
「あっあああっ、ごめんっ…今日も何も手伝わなくて…」
「いいんだよ。優里ちゃん、毎日何か頑張ってるみたいだからね。」
「……」
あたしはスマホをポケットにおさめると、お母さんと夕飯を食べるために座布団に座った。
「いただきます。」
「いただきます…」
あたしは…元々自分の事を話すのが苦手だ。
そんなあたしに、お母さんは…すごく楽な人だ。
何も聞かれないし…
…でも、おかしいよね。
本当は…これ、ダメだよね。
「…お母さん。」
あたしはお箸を置いて、姿勢を正す。
「なんだい。そんなかしこまって。」
「…あたし…あたし、ね…」
「……」
「あの…」
ああ…何から話せば?
どう説明すれば?
「…もしかして…アレの事かい?」
小さな溜息と共に。
お母さんも、お箸を置いた。
「…アレ?」
「…園部楽器の…真人さんとの事だよ。」
「……真人さんとの事?」
首を傾げてお母さんを見つめる。
「春からずっと、あそこに通ってるだろ?何かあるんじゃないかって思ってたけど…」
「……」
「まさか、真人さんと…」
「えっ、ええええ?ちょっと待ってお母さん。真人さんとは、一緒にバンドを組んでるだけなの。」
「…え……?」
「バンド…してるだけ。」
「…バンド…?」
「うん…真人さんと、真人さんの子供さん達と…もう一人高校生と…」
「……」
お母さんは目を丸くした後、はあ~って大きな溜息をついて。
「あ~、安心したよ…あたしゃ、あんたが真人さんと結婚を前提に付き合ってるんだとばっかり…」
珍しく早口で言った。
「ええええ…ないないないない…どうしてそんな誤解…」
「近所で噂になってたんだよ…真人さんが、あんたを夜な夜な裏の倉庫に連れ込んでるって。」
「……お母さん、ごめん。あたしが何も言わないからだよね。」
そうだ。
何も聞かれないからって…一緒に暮らしてる人に何も言わないなんて。
あたし、お母さんに対して失礼だ。
「あのね、あたし…」
そしてあたしは。
お母さんに。
自分が、Leeというシンガーである事。
そして…
大好きな人に、胸を張って会いたいから…
バンドを組んだ事。
…昔の事は、全部は話せなかったけど…
大好きなお母さんが、事故で亡くなったのと、弟がいる事を打ち明けた。
「…よく話してくれたね。」
お母さんは手を伸ばして頭を撫でてくれた後。
「…ごめんね…何も言わなくて…」
「ううん。歌い手さんだなんて、ビックリだけど…」
お母さんは本当に驚いた顔をしたまま。
「…32歳ってのが、一番驚きだわ…」
「…ごめん…なさい…」
あたしを、娘さんと同じぐらいの年だと思ってたお母さんにとっては。
たぶんショックだったに違いない…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます