第14話 「母さん、もう座ったら?」
〇高原さくら
「母さん、もう座ったら?」
ワイン片手に、麗がキッチンに来た。
「うん。もう少し。」
「もう充分じゃない?テーブルに乗り切らないわよ?」
麗の視線を追って振り返ると。
確かに…一枚板の大きなテーブルの上は、すでに所狭しと…
「…作り過ぎちゃった。」
目を丸くして言うと、麗の隣から。
「大丈夫。あたしがもらって帰るから♡」
瞳ちゃんが顔をのぞかせた。
今夜は誓と乃梨子ちゃんの帰国パーティー。
和室を全部開放して、大宴会が繰り広げられる。予定。
「あっ。手伝って来るって言ったのに、やっぱり飲んでる。」
和室と大部屋を行き来してる知花が。
ワインを飲んでる麗と瞳ちゃんを見て、腰に手を当てた。
「ちぇっ。バレちゃった。」
「助けて~。お母さーん。」
麗はペロリと舌を出して。
瞳ちゃんはふざけながら、あたしの後ろに隠れた。
「みんなで美味しく食べるために、はい、働く働く。麗はこれ持って行って。」
「はぁ~い。」
麗が首をすくめながら、ワインを置いて料理を運んで行く。
「はい、姉さんはこっち。お願いね?」
知花が、あたしの後ろにいる瞳ちゃんに言った途端。
「……やだ。妹が可愛い事言うから、ちょっと行って来る。」
瞳ちゃんは真顔でそう言いながら。
知花から受け取った大皿を、軽々と片手で持って歩き始めた。
「落とさないでよー!!」
「落とすわけがないわ!!」
瞳ちゃんの、踊り出しそうな後ろ姿を二人で見送ってると。
入れ違いに、華音と華月が来た。
それを皮切りに、紅美もチョコちゃんも手伝いに来てくれて。
さらには学と陸さんまで手伝いに来て。
新婚旅行に行って以来、知花にくっついて離れない千里さんも来たし…
最終的には…
「もうっ、なっちゃんはいいから座っててよっ。」
「さくらがなかなか来ないから。」
なっちゃんまで来て。
大部屋のテーブルに並んでた料理や食器は、あっと言う間に和室に運ばれて行った。
「さ、始めましょ。誓君に乃梨子ちゃん、ささっ。」
瞳ちゃんが二人を上座に座らせる。
今日のラインナップは…
誓と乃梨子ちゃん。
主役の二人。
それから…なっちゃん、聖、千里さん、知花、華音、華月、麗、陸さん、紅美、学、チョコちゃん、瞳ちゃん、圭司さん。
咲華は、少しお腹が張ってるから…少し部屋でお休み中。
リズちゃんも、付き合ってお昼寝中。
…海さんには、あえて連絡しなかったけど…
咲華、本当は来て欲しいよね。
一条との戦いから、まだそんなに日は経ってない。
だけど、あの数日は夢だったんじゃないかって思っちゃう。
それでも…この銃や罠のない日々は…
どんなに忙しくても、幸せでしかない。
「ん?」
ふいに、瞳ちゃんがスマホを手にして。
「どした?」
それを圭司さんが隣から覗き込む。
「……」
そして二人は無言で見つめ合ったかと思うと…
「…
瞳ちゃんが、遠慮がちな声で言った。
瞳ちゃんと圭司さんの一人息子、映君の奥さん…朝子ちゃんは。
元、海さんの許嫁。
海さんを庇って…顔にケガをした。
だけど、今はみんなそれぞれ幸せになってる。
「いいに決まってんじゃん。」
そう言ったのは、華音で。
「遠慮なんかしなくていいのに。な。」
隣にいる紅美に、同意を求めた。
「そうだよ。早く来てって伝えて下さい。」
紅美がそう言うと、瞳ちゃんと圭司さんは満面の笑みで。
「五分で来て。」
映君に電話してそう言ったけど…
『実は、もう門前に(笑)』
スピーカーにしてた電話から聞こえて来た声に。
みんなで立ち上がった。
〇
『五分で来て』
母さんにそう言われて。
俺は苦笑いしながら…
「実は、もう門前。」
そう言った。
知花さんの弟さん夫婦が海外生活を終えて帰国されて。
今夜は、桐生院家でパーティー。
あの大家族、ますます賑やかになるんだな(笑)
…両親から誘われてたけど、俺はちょっと渋ってた。
桐生院には、朝子の兄貴の元婚約者がいる。
そして、その元婚約者は…朝子の元許婚と結婚した。
元許婚を庇って出来た顔の傷。
朝子は、ようやく…それを捨てた。
昨秋、手術を受けて。
今は何の傷跡もない。
それだけじゃなく…
朝子には、今そんな気分になれない理由がある。
と思ったが…
「ドキドキする。」
門前に立ったまま、朝子が胸を押さえた。
「…本当に平気か?」
え?パーティー、行かないの?
事務所から帰った俺に、そう言ったのは朝子だった。
「平気よ。それに…会いたい人もいるし。」
「……」
無理してるようには…見えない、か。
それにしても、会いたい人…?
「わー!!来てくれてありがとうっ!!」
潜り戸が開いたかと思うと。
元気のいい声がぶつかって来て。
その瞬間、朝子は抱きしめられてた。
…これは、さくらさん。
ビートランドの新会長。
「あっ…こっこんばんは…」
「朝子ちゃん、会いたかった。」
「…あたしも、会いたかったです。」
…珍しく…
朝子が、ハグし返してる。
会いたかったのは…さくらさん?
「映君、来てくれてありがとう。さ、入っ………あ。」
俺達を潜り戸に招き入れようとしたさくらさんが。
ふいに、固まった。
「…?」
朝子が首を傾げると、さくらさんは俺達の後ろに目をやった。
振り返ると、少し離れた場所に車が停まった。
「……海君…?」
その車から、朝子の元許婚が…
「……」
「……」
俺達に気付いた元許婚は、少し驚いた顔をしたけど。
「久しぶり。」
優しい笑顔で…こちらに歩いて来た。
「海さん、誰から?」
「お義父さんから連絡いただきました。」
「…来てくれて、ありがとう。」
「…こちらこそ、ありがとうございます。」
二人のそんな挨拶を。
朝子は…目をそらさずに見てる。
「海君。兄の件では…色々ありがとう。」
そこで、朝子が元許婚に、頭を下げた。
朝子の兄は…今、行方不明だ。
危険な現場に出向いて、多くの人を救って。
そのまま…行方が分からないらしい。
立ち直れないぐらい落ち込むと思った朝子は。
「…お兄ちゃんらしい…」
目を赤くしながら、そう言った。
そして、変わらない日常を過ごしている。
…朝子、強くなったよな…。
「…ご結婚、おめでとうございます。あと、サクちゃんが妊娠中だそうで…それも、おめでとうございます。」
俺は、出来るだけ…真面目に。
…二階堂 海さんに、向き合って言った。
朝子はもう過去の事にしてる。
だったら俺も…
もう、何も気にしない。
「…ありがとう。」
海さんの、少しだけアヒル口になる笑顔に。
一瞬…誰かの笑顔が被ったように思えたけど。
「…今日は一緒に飲ませてもらえますか?」
「光栄だ。こちらこそ。」
そんな俺を見た朝子は。
「映がつぶれる所見るの、楽しみ♡」
おーい。
もう俺が負けって決め付けんのかよっ。
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