第12話 「すげーな。」

 〇桐生院きりゅういん ちかし


「すげーな。」


 義兄さんが、僕と乃梨子のりこが生けた花を前に腕組みをした。


「主役に飾らせちゃって、ごめんね~?」


 その隣では、母さんがそう言いながらも…


「でも、サイコー過ぎて泣いちゃいそうっ。」


 僕と乃梨子に強めのハグをした。



 今夜、桐生院家で僕らの帰国パーティーが行われる。

 そんなのいいって言ったんだけど、母さんがどうしても、と。


 まあ…すごく張り切ってる様子を見ると、こっちも楽しくなって断る理由がなくなったしね。



 …14年間、海外にいた。

 その間、父と祖母が亡くなって、母さんが高原さんと再婚した。


 子供が出来なかった僕達。

 それを思い悩んでいた乃梨子。

 その様子を見かねた高原さんが、世界に出たらどうか、と助言をくれて。

 まるで…桐生院という呪縛から逃れるかのように、僕達は世界に出た。


 僕はそこで、花のある生活を勧めたり…華道を知ってもらうために、ワークショップやショーを繰り返し。

 乃梨子はフラワーアートで実力をつけて、個展を開くほどにもなった。



 …父さんが亡くなった事より、おばあちゃまが亡くなった方がショックだったのだと思う。

 その時はあまりにも突然で、呆然としていたけど…

 時が経ち、いつも来てた手紙が届かなくなって…悲しみが実感として訪れた。


 ああ…あの、厳しくも愛にあふれた存在は、もういないんだ…と。



 熱が入らなくなった事に気付いたのは、僕自身でも乃梨子でもなく…

 高原さんだった。


『俺が言うのも違和感に思うかもしれないが、帰って来ないか?』


 そう言われた時…

 もう、居場所ではなくなっている気がしていた桐生院を、本当は物凄く恋しく思っていた自分に気付いた。


 つかず離れず。

 いい距離感のまま、家族で居てくれた桐生院のみんなと…

 僕が知らん顔をしてても、寄り添ってくれてた高原さん。


 …その高原さんも、病魔に侵されていると義兄さんから聞いた。

 それが帰国の決め手になったと言ってもいい。


 ずっと苦手な存在だった。

 それでも…今は近付きたい、寄り添いたいと思っている。

 生みの母に対して抱いた後悔を。

 もう…繰り返したくないから…



「おー…立派だな。」


「あっ、なっちゃん、おかえり。」


「ただいま。」


 玄関から入って来た高原さんが、眩しそうに目を細めて花を見る。


「今日は賑やかになりそうだ。時差ボケは大丈夫か?」


 高原さんが、僕と乃梨子を見て言った。


「昨日たっぷり休ませてもらいましたから。」


 そう言った乃梨子は笑顔で。

 それは、僕よりも『実家に帰った』って事を喜んでるようにも見えた。



「昔から乃梨子はタフだからな。」


「なっ…ななっ…お義兄さんっ!?」


「何で赤くなんだよ。」


「だっだって!!お義兄さんが…っ!!」


 乃梨子と義兄さんのやり取りを視界の隅っこに入れながら。

 僕は、花を前に優しい顔をしてる高原さんに並ぶ。


「美しいな。本当に。素人でも、心に響くものがある。」


 僕に気付いた高原さんが、チラリと僕を見て、また花に視線を戻した。


「…いつも、テーマを決めて生けてるんだ。」


 僕がそう言うと、後ろで義兄さんとわちゃわちゃしてた乃梨子が、隣に来て。


「あたし、ちかし君の生ける花はどれも好きだけど、今日のは格別だと思ってます。」


 高原さんの顔を覗き込んだ。


「ん?どういうテーマなんだ?」


「…『家族』…」


「……」


 照れ臭くて、少し視線を落とすと。


「もー!!誓ったら!!愛し過ぎる――!!」


 背後から母さんが抱き着いて来た。


「うわっ!!あっ…ははっ…もう、母さん…相変わらずだなあ…」


 その元気の良さに苦笑いすると。


「いい子だ。」


 義兄さんが、僕と乃梨子の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「うっ…いくつだと思ってるんだよっ。」


「乃梨子にだけ小遣いをやろう。」


「えー♡やったあ♡」


「…何なのコレ…」


 懐かしいやり取りに、口元を緩めながら。

 大部屋に向かおうとする義兄さんについて行こうとすると。


「……」


 花の前で、食いしばってる高原さんが目に入った。


 …泣いてる…?


 母さんが『ほっといてあげて』と言わんばかりに、僕の腕を取る。

 だけど…僕は足を止めた。


 …もう、後悔はしたくないんだよ。



「…年取ると、涙もろくなってイヤだね……………父さん。」


「!!」


 みんなが驚いたのが分かったけど。

 僕は知らん顔をして大部屋に歩く。


「…いい子だ。」


 そこでまた、義兄さんに頭を撫でられて。


「はい、窪田の羊羹。」


 キッチンにいても聞こえたであろう姉さんが、笑顔でお茶を出してくれて。


「にゃ~。」


「にゃにゃっ。」


 きよしが連れて帰ったと言う猫、シロとクロに『よくやった』と褒められた。


 ような気がした。





 〇桐生院乃梨子


「はい、窪田の羊羹。」


 お義姉さんが目の前に出してくれた、美味しい羊羹。

 きっと…今、誓君が高原さんに『お父さん』って言ったの、聞こえてたんだよね。


 …うん。

 あたしも嬉しい。

 だって…

 桐生院のお義父さんも大好きだったけど、高原さんの事も、大好きだもん。

 あたしも、お義父さんって呼んでいいよね…?



「シロもクロも、誓と乃梨子ちゃんには早く懐いたわね。」


 お義姉さんがそう言って、みんなにお茶を配った。

 高原さ…お義父さんも、ようやく大部屋に来て座って。

 誓君と目が合って…ちょっと照れくさそうだけど、素敵な笑顔…


 なのに…


「ぶー…」


 その隣で、唇を尖らせてるお義母さん……どうして…っ?


「ははっ。なぜか、なかなかさくらには懐かなかったな。」


「撫でる事は出来るけど、今も抱っこはさせてくれないー…」


「義母さん、華音と咲華にも泣かれてまし…くくっ…」


「もー!!千里さんー!!」


 …ああ…このやりとり。

 桐生院に戻って来たんだあ…って、ほっこりした。



「あっ、すごい。圧巻。」


 廊下からサクちゃんの声が聞こえて。

 続いて、カシャカシャと写真を撮る音。

 すると、お義兄さんが素早く廊下に駆けて行った。


「…リズちゃんが可愛くて仕方なくて。」


 お義姉さんが首をすくめる。


 ああ…なるほど。

 サクちゃんの…



 子供が出来なくて、思い悩んだあの頃。

 桐生院家の可愛い子供達に囲まれているのも辛かった。


 だけど世界に出て自信をつけて。

 色んな人と接するうちに…その愛しい存在を持つ人たちへの嫉妬は消えた。

 今は本当に、ただ…尊敬しかない。



「ち~に~。」


 金髪に青い目。

 誰に対しても天使のような笑顔のリズちゃんが、まずは誓君の膝に座った。


「…リズ、じーじの所もいいぞ?」


「のいね~。」


「わあ…あたしの所にも来てくれるの?感激♡」


 小さな手が、キュッとあたしの服を掴んで。

 膝に座ると、満足そうな顔であたしを見上げた。

 

 ああああ…可愛い…



「…リズ…じーじの所にも…」


「千里、しつこいと嫌われるわよ?」



 …サクちゃんが、酔っ払って結婚して、酔っ払って赤ちゃんを引き取った。って聞いた時には驚いたけど…

 考え過ぎてダメになったあたしには、その勢いは尊敬でしかなかった。



「ただいま~。ねえ、中の間の花も凄いけど、裏口にあるアレンジ、最高に可愛い♡」


 スマホ片手に華月ちゃんが帰って来て。


「おかえり。お茶飲む?」


「うん。あっ、りっちゃん、乃梨子姉のお膝?いいな~。」


「かちゅき~♡」


「あーん。可愛い…あたしも隣に座っちゃう♡」


 あたしの隣に腰を下ろした。


 …華月ちゃん、すごく表情豊かになった。


 あの頃、あたしの心の支えになってくれた一人。

 無表情で口数の少ない華月ちゃんは、それでも無言のハグや『痛いの飛んでけ』って…あたしの心を随分と癒してくれた。


「家に帰ったら乃梨子姉がいるなんて、最高♡」


 そう言って、腕を組んでくれる華月ちゃん。


「しゃいこお!!」


 膝にいるリズちゃんが、両手を上げて大声で叫んで。

 その元気さに驚いてると。


「リズ、じーじの物真似して見せてあげて。」


 サクちゃんのリクエストで、リズちゃんが立ち上がった。

 その物真似は…


「……ぷっ…」


「何で笑う。最高に可愛いじゃねーか。」


「あははは!!やっ…やめっ…あははは!!」


 必死で低い声を出しながら。

 顎を引いて、薄目で身体を揺らすリズちゃんに。


「ひー!!お腹痛いー!!」


 誓君は、泣くほど笑わされた。




 …ああ…幸せ。


 だけど…

 もっと幸せになるために…




 あたしは、ある事をしなきゃいけない。

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