第11話 「え。」
〇高原さくら
「え。」
なっちゃんと会長室にこもってると。
電話中の里中君が、真ん丸い目で首を傾げた。
何々?何か楽しい事?
あたしとなっちゃんが見つめてると、里中君はハッとして背中を向けた。
「え~…何、今の…気になるなあ。」
「俺達には言えない事らしい。」
「ぶー。」
「こら。そんな可愛い顔は家の中でだけにしろ。」
「もっ…もうっ。」
…なっちゃん、普通に元気…だよね?
先月末、Deep Redのアルバムが発売された。
何の前触れもなく発売された何年振りかのオリジナルアルバムに、世界中が賑わった…けど…
随分…酷評されてる。
それはもう…あたしが落ち込んじゃうほど。
いや、落ち込んでる場合じゃないから、落ち込まないけどっ。
…でも、酷いよ。
なっちゃんが…今のなっちゃんのままで挑んだ作品を。
…あんな…
自然と唇が尖ってしまってたのか。
気が付くと、なっちゃんがあたしの真似をして頬杖ついてた。
「…タコさん。」
むにっ。と、なっちゃんの頬を掴む。
すると…
「残念。さくらさん。」
なっちゃんも、同じようにあたしの頬を掴んだ。
「ふふっ。」
…いつまでも…こんな時間が続けばいいのに…
「えーと…入っていいですか?」
あたしとなっちゃんが頬をつねり合ってると。
里中君が遠慮がちな口調の割りに、大げさな身振りで割り込んで来た。
「ああ、すまない。寂しかったか。」
里中君の頭をよしよしする、なっちゃん。
「あー、はいはい…どーもどーも…」
「ん?どうした。可愛くないな。」
「……」
さっきのあたしみたいに、唇を尖らせる里中君。
そんな彼の顔を覗き込む、なっちゃん。
…何だか、親子みたい…
年齢的には…そう言ってもいいぐらいだもんね。
なっちゃん、本当は聖ともこんな風にいちゃいちゃしてみたいんだろうな…
「…先日ナオトさんから、フェス翌日のBLホールを使えば2days出来るんじゃないかって相談がありまして…」
「えっ。」
なっちゃんと同時に声を上げて。
「あっ。ハッピーアイスクリーム!!」
あたしがそう叫びながら、なっちゃんの耳を掴むと。
「何だ?それ。」
なっちゃんは笑いながら、大げさに体をあたしの方に傾けた。
「同時に同じことを言ったら、ハッピーアイスクリームって言いながら耳を掴むとハッピーな事が起きるんだって。」
「なんですか…その小学生みたいな発想…」
「えー…マノンさんに教えてもらった…」
「…夢あるおまじないデスネ…」
「うわー、心にもない事言ってそう…」
「それはそうと、里中…2daysって。」
「それですよ。」
里中君は、目を細めてあたしをジロリと見る。
「ご…ごめん。話し逸らせちゃった。」
あたしが両手を合わせると、里中君は小さく頷いて。
「今、神から連絡がありました。すでに売り切れてるチケットや放映権、色々問題はありますが…重複して出演するアーティストを二日目のBLホールにスライドさせる事で何とかなりそうだと…」
少し困った顔をした。
「…やりたくないの?」
首を傾げて里中君の仏頂面を覗き込む。
「……やりたくないわけがないから、困ってるんですよ…」
里中君は、はあ。と、大きな溜息を吐いた後。
「うちの事務所、どれだけ仕事の好きな輩が揃ってるんですかね。スタッフも全員休み返上してやりたいそうです。」
なっちゃんに…笑顔を見せてくれた。
その里中君の笑顔に答えるかのように。
なっちゃんは…
「…よし。さくら。」
「ん?」
「シェリーも、出演しろ。」
「……え?」
「シェリー?」
里中君がなっちゃんに問いかける。
「さくらは『シェリー』って名前で名誉あるイベントに出演した事があるんだ。」
「えっ、そうなんですか?」
「えっ、いや…だってあれは…っ…」
「さ、忙しくなるぞ。」
「え?え…ええっ?」
え―――――!?
〇前園優里
「Leeちゃん、飯食って帰る?」
園部楽器の裏にある、
ベース担当の
「あっ…嬉しいけど、遠慮しときます…お母さん待ってるし…」
申し訳なさそうにペコペコとお辞儀すると。
「あー、そうだよね。じゃ、また明日ね。」
弓弦さんの後ろから、鍵盤担当の
二人は、園部楽器の店主で『The Darkness』のギター担当、真人さんの子供さん。
長女の真子さんは30歳で、長男の弓弦さんは28歳。
あたし…二人より年上だけど…
「Leeちゃん、そこの横断歩道の段差でコケないようにね!!」
「は…はい…」
どうも…うんと年下に思われてそう…
「…俺はここで。」
あたしより先に外に出てたドラム担当の高校生が、少し拗ねたような口調で言った。
あー…今日、ちょっと厳しく言い過ぎちゃったかな…
「少年さん、いつもありがとう。」
感謝の気持ちを込めて、深くお辞儀をする。
バンドを組むにあたって、ベースとキーボードはすぐに決まったものの…ドラムはなかなか見つからなかった。
そこで、あたしは。
近くのスタジオで自主練してるドラマーを探す事にした。
そして、その一件目の一人目で…彼を見付けて、即勧誘した。
ふわっとした説明しか出来ないあたしは、どう見ても怪しかったはずなのに…
彼は特に悩む風でもなく。
「いいよ。」
すぐにOKしてくれた。
「…まだ礼言われるほど叩けてない。」
「えっ、そんなこ」
「明日こそ、完璧に叩くから。」
「……」
「じゃ。」
「…あ、さ…さよなら…」
完璧って…そんなのないと思うけどな…。
そう心の中つぶやきながら、少年さんの背中を見送って。
真子さんに言われた段差に気を付けながら、中川衣料品店を目指してると。
「……」
…見た事のある人が。
お店の前にあるワゴンセール中の服の中から、一枚を取り出して。
高く掲げて広げてみたり…自分の胸に当ててみたり…
って…お母さん、まだお店閉めてなかったの?
「い…いらっしゃいませ…」
恐る恐る声を掛ける。
だって…その人は…
「あっ!!Leeaちゃん!!おかえり~!!」
ぎゅぎゅーっ!!
持ってる服ごと、あたしを抱きしめたその人は。
聖君のお母さんで、ニッキー会長の奥さん。
高原、さくらさん。
「た…っ…ただいま帰りました……って…え?」
「ん?」
「あたしを…待って…?」
「あ、うん。お母さんが『ご飯までには帰ります』って。」
「……」
抱きしめられたまま、視線をお店の中に向けると。
そこにはお母さんの姿はなかったけど…中からいい匂いがした。
…今、さらっと…『お母さんが』って言われた。
何だろ。
ちょっと…嬉しい。
胸に手を当てて、ほんのり灯った温もりみたいな物を確かめてると。
「実はね…来週のフェスが大変な事になってるの。」
さくらさんが、眉間にしわを寄せて…あたしを見上げた。
「…大変な事…」
あたし達は、一応…ほんの少しだけど、枠をもらえた。
でも、もしかして…諦めて欲しいって言われたり…?
ざわざわする気持ちを抑えて、さくらさんの次の言葉を待つ。
ゴクン
緊張して、つばを飲み込む音が響いてしまうと。
「…なんと…フェスが急遽2daysになりました…」
「え…っ?」
「やったね☆」
さくらさんは、目元にピースサインをして。
いたずらが成功したような瞳で、あたしをキョトンとさせた。
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