第10話 「は?」

 〇神 千里


「は?」


 俺と里中は、進行表を前に呆れた声を出した。


 と言うのも…


 フェスを十日後に控えた今日。

 華月と共に帰国した詩生しおが。


「バンドで出たいんですけど。」


 いきなり…会議室に入って来て、そんな事を言ったからだ。


 華月と詩生のユニットは、アコースティックでの出演が決まっていた。

 それでなくても、高原さんから『The Darkness』ってバンドをねじ込まれたばっかなのに…



「進行表はもう出来てるんだぞ?」


 里中が眉間にしわを寄せたが。


「俺も見させてもらいました。ステージ2の三番手なら入る隙がありますよね。」


 詩生は強気の発言だ。


「それはそうだが…」


 渋る里中が俺に視線を送って来る。


 …確かに、詩生の楽曲は…アコースティックも良かったが、バンドで聴いてみたい気もする。


「…メンバーは。」


 腕組みをして問いかけると。


「じーさんと臼井さんにはOKもらいました。」


 詩生は自信に満ちた目でそう言った。


「マジか…臼井さん。」


 F'sをバンド人生最後の場所にする。って言ってもらえたはずなのに。

 …ま、浅井さんが一緒にやるとなると…そりゃ気も変わるか。


「ドラムは。」


 溜息をつきながら首を傾げると。


「それなんですけど…」


「なんだ。」


「タモツさんを俺にください。」


「……は?」


「聞きました。TOYSも出るんですよね。でも、タモツさん、俺にもください。」


「……」


 俺と里中は、目も口も大きく開けたまま詩生を見た。


「できればマサシさんも。」


 呆気に取られてる俺達を前に、詩生はどんどん贅沢を言う。


「あの二人なら、スタジオで曲聴いてもらえてるし…イケると思うんです。」


「ば…」


 バカ言うな。


 そう言おうとして…里中と顔を見合わせる。


 ここ数日、タモツとマサシとはビートランドのスタジオでTOYSを合わせた。

 ブランクを感じさせない二人に苦笑すると。


「わー、三曲なんて物足りないんじゃないー?」


 アズがはしゃいだ風にそう言った。


「いやいや、世界のF'sとなんて、一曲でも恐れ多くて。」


「ほんとほんと。違うバンドなら何曲でもやるけどさ。」


「えー、大きく出たねー、マサシ。」


「言うだけならタダだからな。」


 TOYSはオマケの枠だからか、里中もうるさく言う事はなく…その場を見守っていてくれたが…



「…どう思う。」


 詩生に背中を向けて里中に問いかける。


「…まあ、二人次第かな。浅井 晋と臼井さんに恐れをなす可能性も。」


「確かに。」


 俺と里中は詩生に向き直って。


「タモツとマサシを口説けるなら、それでもいい。ただし…タイムテーブルは変えないぞ。30分やりきれよ。」


 少し早口で言った。


 すると詩生は。


「マジっすか。じゃ、いただきます。」


 不敵な笑みを残して、会議室を出た。



「…ふっ。」


 小さく笑うと、里中がつられたように笑った。


「…高原さんに『朝霧さんをください』って言ったのを思い出した。」


「ああ…あの有名なエピソード。俺も今それ思い出してたとこ。」


「詩生…変わったな。」


「…当日が楽しみだ。」


 そう言いながら進行表を眺めてると。


「おっ、ここにいたのかっ。」


 ナオトさんが、駆けこんで来た。


「何か?」


「BLホール、フェスの翌日に入ってたイベントがキャンセルになって困ってるってさ。」


「え。」


「これってもう…やれって言われてるんだよな。」


 ニヤッ


 ナオトさんの不敵な笑み。


 俺と里中は顔を見合わせて…


「…うちには鬼が何人いるんだ…」


 頭を抱えた。






 〇早乙女詩生


「…え…えっ?」


 マサシさんに、タモツさんをスタジオ・マーシーに呼び出してもらって。

 俺は…じーさんと臼井さんとで交渉に来た。


「ちょ…ちょちょちょ…ちょっと待って下さいよ…」


「ああ…あ浅井 晋…さんって、臼井さんって…」


 バンドマンから見れば伝説のFACEにいた二人を前に、マサシさんもタモツさんも、口が回らない。

 臼井さんは近年までF'sだった人だしな…



「頼むって。別に世界ツアーを一緒に回ろう言うんやないんや。フェスの一回だけ、一緒にやってくれたらええねん。」


「い…一回だけって…」


「でも俺達…TOYSも…」


 タジタジになってる二人に、俺は少し前のめり気味に。


「お願いします。神さんから承諾は得ました。」


 キッパリと言う。


「えっ。」


「お二人を口説ければって。」


「……」


 二人は少し冷や汗状態で顔を見合わせてる。


「楽曲は聴いてるんだろ?これ、一応フルで音入れた物作っておいたから。」


 面倒見のいい臼井さんは、俺と華月の練習音源に、じーさんと一緒に音を入れて、ご丁寧にドラムとキーボードまで打ち込んでくれた。


「俺の『帰ってまいりました』ステージでもあるからな。」


「また…じーさん、そういうの言ったらプレッシャーじゃん。」


 案の定、二人はカチコチだ。


 何か…ほぐれそうな話…


「えーと…実はですね…」


「ん?」


 俺は、まだ誰にも打ち明けてない事を、四人に話す。


「フェスの日…ステージ上でプロポーズしようかなと思って。」


「えっ!!」


 それには四人が驚いてくれた。


「あはは…そんなに驚かれるとは思わなかった…」


「それでなくてもサプライズアーティストなのに、どんだけ驚かせるつもりやねん!!」


 じーさんに背中をバンバン叩かれる。


「いててっ。」


 じーさんの手から逃れようとすると、臼井さんが俺の腕をガシッと掴んだ。


「早乙女君に聞いたんだけど、初恋って本当?」


 その問いかけに、三人が『えっ』って小声で驚いてる。


「親父め……でも、そうですよ。小さい頃からずっと好きで、高校の卒業式の日にやっと。」


「うわ~…ピュアだなあ…」


「ちょっと、その辺の恋の話をもう少し聞きたい…」


「えー?」


 苦笑いすると、マサシさんがスタジオを駆け出て。

 しばらくすると、ビールとつまみを持って戻って来た。


「まだ明るいで。」


 じーさんは笑ったけど。


「フェスの成功を祈念して、ですよ!!」


 マサシさんはビールを掲げて言う。


「…て事は、OK?」


 臼井さんの問いかけに、二人は…


「そ…それはそれ、これはこれで…」


 まだまだ恐縮中。

 でも…今日中に落とさなきゃ、間に合わないよな…



 飲みながら恋の話をした。

 みんな人生の大先輩。

 だけど…音楽と恋の話なんて、年齢関係ねーなって思った。



「ま、俺なんて行方不明期間長かったし…嫁が他の男と結婚してても悔しくも何ともなかったで…」


「晋、泣いてる泣いてる…」


「涙やないでっ、これはっ。」


 じーさんは…アメリカでのリハビリを終えた後、帰国した。

 向こうにいると、ハリーの母親と、そのパートナーに気を使わせると思ったらしい。

 今はもう誰も住んでいない浅井家を改築して、一人で暮らす事にしたそうだ。


 …ま、あの地下牢を思えば。

 一人でも日の当たる場所にいるのは寂しくないだろう。

 それに、いつだって誰かが集まるに決まってる。

 会えなかった時間を埋めるかのように。

 実際、ダリアに行って、もう隠居生活をしてる誠司さんを呼び出してからは…


「晋!?マジで!?」


 って…誠司さんから八木さん、当時の仲間達に連絡が回って。

 すぐさま同窓会のような催しが行われた。

 最近は朝霧さんちにも入り浸ってる。


 …うちのばーさまとは、会ったのかどうか謎だけど。



「…不束者ですが、よろしくお願いします。」


 二時間ぐらい話した所で、タモツさんとマサシさんがそう言って、頭を下げた。


「え?OKって事?」


 臼井さんが確認すると。


「本当は…現役の二人に、臼井さんと浅井さんっていう有名な人たちとやるなんて、おこがましくて恐縮ですが…」


「詩生君と華月ちゃんのサプライズステージに花を添えたい気持ちと、微力ながらプロポーズも応援したいのと、お祭りなら花火みたいに打ちあがるのもありかなって。」


 二人は…ペコペコと頭を下げながらも、笑顔でそう言ってくれた。




 *51stの27話ぐらいからフェスに向けてのアレコレが始まってます。

 おさらいするぜ!!な方は、そちらにも♡

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