第9話 「ノン君、これ知ってる?」

 〇桐生院華音


「ノン君、これ知ってる?」


 滅多に来ない社食で、紅美とざるそばを食って。

 買って来たコーヒーゼリーを開けた所で、紅美が俺にスマホを差し出した。

 そこには…


『1st MANON Awardsのお知らせ』


「ん?何だ?これ。」


 紅美のスマホを手にして文字を追う。


「あなたのギターヒーローは?投票期間は…明日から三日間……はえーな。」


「フェス前にやるんだ(笑)うちの事務所ってお祭り三昧で楽しいや。」


 紅美はそう言いながら、俺の隣に来て詳細を開いた。


 投票はインターネットで、ギタリスト一覧の中から一人だけポチるか、その他の欄に名前を書くか。


 なるほど…自分に投票するのもあり、と。

 …ま、俺は自分には入れねーけど。



「ノン君は早乙女さんに入れるの?」


「名前あんのか?」


「えーと…SHE'S-HE'S "S"…まだS扱いかあ。早く名前出ればいいのにね。」


 本来なら三月にはメディアに出てたはずのSHE'S-HE'Sも…

 まこさんのケガやフェスの延期で、まだ正体不明のまま。

 そうなると、まだ名前も明かされないよな…



「でも一覧にあるなら、早乙女さんだな。紅美は?陸兄?」


「えー!!父さんには入れないよ!!」


「じゃ、誰だよ。」


「うーん…ちょっと冷静に考えてポチる。」


「……」


 それもそうか。


 実際、早乙女さんがプレイしてる姿は世に出ていない。

 バックショットや手元だけのMVは動画でも見る事は出来るけど…

 あれじゃ上手さは分かっても、ギターヒーローとしての真実味はないだろうからな。


 だとしたら、1st MANON Awardsの大賞は、世界の人が分かるギタリストがいい気がする。


「ビートランド外のギタリストでもありって事になると、やっぱハイケル・シェンカーかなあ?」


「そっか?俺はミッチー・ブラックモアか、キングヴェイ・マルムスティーンだと思う。」


「二人とも好み丸出しね。ま、あたしはツラッシュだけど。」


 背後から聞き慣れた声。

 紅美と同時に振り向くと、沙也伽が至近距離で紅美のスマホを覗き込んでいた。


「いつの間に…」


「身が軽くなったから、忍び足もお手の物ですのよ。オホホホホ。」


 産後、体重が戻らなかった沙也加も…すっかり元通り。

 と言うか、何なら前より痩せ…いや、締まってる。


 たぶん、里中さんのスパルタに慄いて、ドラムを叩きまくってたのが功を奏したんだろうな。



「ビートランドの人が大賞って頭はないの?」


 向かい側に座った沙也伽は、トートバッグから水筒と意外と大きな弁当箱を取り出しながら言った。

『そんなに食べるのか?』と視線で訴えると、『いつもこれぐらい食べるよ?』と言いたそうな表情。


「ビートランドのギターヒーローは、朝霧さんだろ。」


「まあ、そうなんだけどさ。」


 とは言っても、朝霧さんの名前は一覧にない。

 朝霧さん以外に…


「……」


 ギターヒーローになって欲しい。

 じーさんにそう言われた。

 それでDANGER脱退を言い渡されたが…


 俺なんて、まだまだ。

 そうなりたいと思う気持ちすら、足りねー。



「ま、あたしが思うに…第一回は事務所外でギターヒーローが決まったとして、それでビートランドのギタリストに火が着けば…って狙いもあるんじゃないかと思ってんのよね。」


 沙也伽の言葉に、紅美と顔を見合わせた。


「何それ…すごくしっくり来た。」


「でしょ。」


「ああ。俺もそう思う。」


「第二回はノン君を差し置いて紅美が獲得するけどね~。」


「おい。」


「よっし。あたし頑張るわ。」


「負けねーぞ?」


「あー…もう。二人ともそれだけ盛り上がれるなら、今年大賞狙っちゃいなよ…」


 来週は、フェスってだけでもテンション上がってたのに。

 ギターヒーローの発表なんて。


 ビートランド、どこまで楽しい事しやがんだ!!って…


 俺は…楽しみなのに。



 泣きたい気分にもなっていた…。





 …何でだよ。





 〇高原さくら


「マノンさん、自分の名前入れなくて良かったの?」


 あたしがギタリスト一覧表を見ながら言うと、マノンさんはフンッて鼻で笑って。


「俺の名前入れてたら、大賞は俺になるやん。」


 って腕組みをした。


「ふふっ。確かにね。でも、なかなかマノンさん以外思い浮かばないや…」


 聴いた事のあるギターソロを頭に流しながら、ギタリスト一覧の名前をスクロールさせる。

 この人はビートランドじゃないけど、かなりいいよね…

 この人も、テクニックはピカイチ…


「これから動画作って、告知に付け足そ思うてるんや。」


「え?」


「ギターヒーロー選出の基準言うか…ま、そんなん好き好きやしそれぞれやけど。」


「選出の基準…」


 首を傾げて考える。


 ギターヒーローって…確かに上手いだけじゃそう呼ばれない気がする。

 だって、さっきあたしが上手いって思った人も、キャリアは長いのにそう言われてるのは聞いた事ないもん。


 だけどマノンさんは…


 アメリカでDeep Redのギタリストとしてプレイしてる時から、ギターヒーローって言われてた。


 …うん。

 確かにギターが上手いだけじゃない。

 マノンさんのプレイスタイルって、唯一無二。

 音の作り方も、弾き方も、パフォーマンスも。



「俺は好き勝手弾いてるだけやったけど、たまたまそれに合うメンバーに恵まれてん。」


「えぇ…たまたま?(笑)」


「そ、たまたま。けど、それがキッカケで、ギターヒーロー言われるぐらいになれた。」


「……」


「みんなのおかげやねん。」


 ポリポリと頬を掻くマノンさんを見ながら、ふと…昔を思い出す。


「…ふふっ。」


「んん?その笑いは何?」


 マノンさんはソファーから身を乗り出すようにして、パソコンに隠れたあたしを見た。


「ハロウィンに、地元のホールで666人限定のライヴしたでしょ?観客は仮装して参加する事って。Deep Redもみんな仮装してた。」


 思い出の一コマ。

 Deep Redは袴姿で。

 ポニーテールのなっちゃんは、武士のようでカッコ良かった。


「あ~!!あったなあ!!あれ、好評やったな~。サムライ!!って喜ばれたで(笑)」


「うん。ワクワクしちゃったな。」


「ん?さくらちゃん、あれ来てたんや?」


「あっ…うん。あたしはあのステージが初Deep Redだったの。」


「へー!!そら、レアなライヴが初やったな。もちろん仮装して?(笑)」


「ふふっ、うん。でも…おでこに描いた血まみれの目ん玉がリアル過ぎて、ドン引きされまくっちゃった。」


「あはは!!そら見たかったなあ!!」



 あのライヴの後…トレーラーハウスの近くのガゼボで、近所の人達とパーティーをした。

 みんなで楽しく飲んで笑って。

 なっちゃん、ステージの後だって言うのに…タフだなあって。


 あの夜、あたしは全然眠れなかったんだよ。

 ステージ上のなっちゃんと、お客さんの掛け合い。

 会場中の熱がDeep Redに向かって。

 それを、全員が受け止めてて。


 ああ…なんてすごい人達だろう…って…



「…マノンさんを超えるギターヒーローに出会いたい気もするけど…マノンさんがそうであって欲しいって気持ちも…あるな…」


 あたしが小さくつぶやくと、マノンさんはパソコンの向こう側からニュッと手を差し伸べて。


「心配せんでもええって。俺はずっとギターヒーローのつもりやもん。」


 あたしの頭をくしゃくしゃって撫でてくれた。





 *ハロウィンライヴのエピソードは、27thの29話にあります♪

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