第7話 「……えーと。」

 〇前園優里


「……えーと。」


 さすがに…こんな真昼間にメンバー全員は集まる事が出来なくて。

 来てくれたのは、ギターの園田真人さん。

 真人さんが来てすぐ、なぜか部屋の中が凍り付いた。


 ニッキー会長と、ナオトさん(奏斗社長のお父様!!)は普通なんだけど…

 マノンさんっていう人が…


「ま、座りなよ。」


 ナオトさんは、あたしには分からないお二人の事情を知ってるようで。

 真人さんに優しく声をかけてくれた。



 …確かに…

 真人さん、あたしがビートランド所属だって言ったら…最初はビックリして、それから…


「こっちのビートランドとは関わりないの?」


 少しバツの悪そうな顔で言ってた…っけ…


 …もしかして…

 苦手な人がいるのかな?とは思ったけど…


 この、マノンさん…?



「Leeに音源を聴かせてもらった。」


 ニッキー会長の声に、それまで不穏な空気をまとってた真人さんの表情が変わった。


 ゴクン


 …今の、あたしじゃないよね…?


 隣に座ってる真人さんの様子を伺う。


「フェスへのバンド出演に関しては、向こうの事務所がどう判断するか分からない。」


「…ですよね…」


 真人さんが小さく溜息を吐きかけた瞬間…


「じゃあ、あたしにもう一枠ください。そして…このバンドを、このビートランドで契約させて下さい。」


 あたしは立ち上がって…頭を下げた。


 …変わりたい。

 Leeとしては、その頃の自然体を歌ってたと思う。

 でも今…バンドで歌ってるあたしは…


 本当のあたしだと思う。



「……Lee、気持ちは分かる。」


 ニッキー会長の静かな声。

 …やっぱりダメかな…でも…


「うちで契約するのは難しい。だが、奏斗に相談してみよう。」


「えっ。」


 お辞儀してた身体を起こすと、ナオトさんがクスッと笑った。


「いや、本当すごいね。ドラムはまだ高校生…楽しみ過ぎる。」


 真人さんが来るまでに音源を聴いてもらった。

 マノンさんはずっと無言だけど…ニッキー会長とナオトさんは、時々質問しながら聴いてくれた。


 ギターは真人さん。

 ベースは真人さんの息子さんで、キーボードは真人さんの娘さん。

 ドラムは…スタジオでスカウトした、高校生。


「奏斗のゴーサインが出るかどうかは別として、どうなってもいいように練習だけはしておいてくれ。」


「え…?」


「フェスが無理だとしても、お披露目の場は作る。」


「……」


 真人さんが驚いた顔であたしを見る。

 あたしは、小さくガッツポーズを作って。


「だけど、フェスに出れるように…お願いします!!」


 もう一度頭を下げて。


「Leeがこんなに貪欲だったとはな…」


 ニッキー会長に苦笑いさせてしまった…。





 〇園部真人


「…どうも。」


 Leeに呼び付けられて、訪れたビートランド。

 あれよあれよと話が進んで…夢見心地のまま、連絡待ちって事になった。


 で…今、目の前にいるのは…


 朝霧真音。

 25年前、俺が暴言を吐いた相手。


「おう……」


 Leeは先に帰らせた。

 どんな理由があるのか、彼女は近所の中川衣料品店に居候中。

 それでなくても、最近夜はスタジオに入ったりで遅くなる事もある。

 中川さん、娘さんが事故で亡くなってるから…Leeが遅くなるのも心配だろうしな。



「…元気やったか?」


「…まあ…はい…」


 広いロビーの片隅で。

 俺達は気まずい顔のまま、立ち竦んでる。


 …謝らなきゃいけない。

 分かってる。

 俺はこの人に色々…余計な気を揉ませた。

 この人だけにじゃない。

 奥さんにまで…



「あのっ。」


「あのなっ。」


 同時に言葉を出して、目を丸くする。


「どうぞ…」


「いや、そっちこそ…」


「……」


「……」


「あの時は、すみませんでした…!!」


 Leeに習ったようなお辞儀をすると、頭上で『えっええっ?』と戸惑った声が聞こえた。


「俺…本当は薄々気付いてたんです。母の嘘。」


「……」


「だけど…本当にそうならいいなと思ってた所もあって…」


 そう言うと、肩に手が置かれて。

 顔を上げると、『茶でも飲もう』って、腕を引かれた。



「今、楽器店してるんやて?」


 さっきまでいたミーティングルームという部屋の隣に誘われて。

 そこで、コーヒーを差し出された。


「あ、どうも…はい。小さい店ですが。」


「大手ハウスメーカーから、よう決心したなあ。」


「あー…おかげで嫁には逃げられました。」


 ポリポリと頭を掻くと、朝霧さんは『あちゃ~…』と額に手を当てた。

 て言うか、俺がハウスメーカーで働いてたの、覚えてくれてたんだ…


「…あの後、お母さんは?」


 ギク


 俺はうつむき加減に目を細めて、一度深呼吸して…


「…今でも元気でいます。」


 顔を上げて言った。


「…えっ?」


「元気でいるんです。すみません。」


「……あれは…どういう…?」


「それが…」


 俺は、昔の事ながら、口にすると痛む胸を押さえて話し始めた。



「母から『もう自分はダメだ』と聞かされた時…母には恋人がいました。」


「…恋人?」


「はい。俺はその人が苦手でした。でも…たぶんその人が父親なんだろうなとも思ってました。」


「なんで?」


「母が十代からの知り合いで、何かと助けてくれた人だ…って、恋人になる前から、よくその人のいい所を俺に話してたので。」


 朝霧さんは少しだけ首を傾げて、何かを考えてる風だった。

 この人、母より少し年下だっけ…

 それでも全然若いな。

 さすが…ギターヒーロー…



「俺、母から『もう長くないから、に…あんたのお父さんに会いたい』って言われた時、色んな感情に襲われました。」


 カップを両手で持って、ポツポツと話す。


「本当にが俺の父親ならいいのにっていう気持ちと、母が最期に会いたいと思う相手が家庭のある人だという苛立ちと…恋人がいるのに、そんな事を言う母への失望と…」


 あ~…この歳になって、こんなガキみたいな気持ちを話すのは恥ずかしい~…


 でも、ちゃんと謝らなきゃだよな…

 俺、あの時DNA鑑定で現実を突き付けられて…その結果を分かってたクセに、自分で思うよりガッカリしたんだ。

 なのに『こんな薄情者が父親じゃなくて良かった』なんて…八つ当たりだよな。

 当時30過ぎて子供もいたって言うのに…


 結局俺は、嘘つきだろうがなんだろうが…母が好きなんだ。

 ずっと、親一人子一人でやって来た。

 あまり干渉しないようで、しっかり見てくれてる母には…いつも救われてた。



「ほんと…色々謝らなきゃいけないんですが…」


「ええよ、もう。昔の事やん。お母さんが元気でいてはるんなら、それで。」


 朝霧さんはそう言って、ニカッと笑う。

 呼び付けられて来た時は、お互い無表情だったけど…緊張…だったんだよな…きっと。


「でも、言い訳をさせて下さい。母は…その恋人と籍を入れたいと思っていたんです。」


 もう一度姿勢を正して言う。


「でも、光川みつかわさんが結婚に前向きじゃなくて。それで…母はあの人への当てつけに、あなたの名前を…」


「…ん…?」


 本当に申し訳ない。

 DNA鑑定の結果を知った後、失意の中…追い討ちをかけるように母の病気が治るものだと知った。

 いや、治るのは素晴らしい事だけど。

 朝霧さんの奥さんまでも巻き込んだ俺の行動…ああ…バカだった…



 光川さんと結婚したくて、俺達と同居しなかったらしい母。

 ずっと光川さんからのプロポーズを待ってた母。

 女手一つで俺を育てて、俺が家庭を持った事で…自分の幸せを掴もうとしたはずだ。


 …光川さんのプロポーズなんて待たずに、さっさと押しかければ良かったのに。

 俺が光川さんの事を苦手だと察して、ずっと言い出せなかったのかもしれないけど。

 俺のそれは…ただ単に、母を取られたくなかったからだ。



「…光川…さん?光川…」


 朝霧さんが首を傾げながら繰り返す。


「え?あ、はい。母の恋人は…光川みつかわ真彦まさひこさんです。」


「その人、いくつぐらい?」


「母より10上です。」


「……もしかして、昔バンドしてはったとか…」


「え、ご存知ですか?ミスティってバンドでギターを弾いてたそうです。インディーズではそこそこ売れてたらしいけど、記録が何も残ってないから真実味がないんですよね(笑)」


「……」


「…朝霧さん?」


 それから俺は…

 光川さんがギターを弾いていた頃の話を、朝霧さんから聞いた。

 ミスティのギターが『アグリー・ミツ』って名前だった事も。

 そして、母が元々はミスティを観にライヴハウスに来ていて、Deep Redの世話を焼くようになった話も。


 朝霧さんの表情は、とてもキラキラしていて。

 この人の青春の中に母もいたのだと思うと…少し誇らしかった。



「…薄情だなんて言って、本当にすみませんでした。」


 帰り間際、事務所の前でそう言うと。


「ええって。半分はホンマやから。」


 朝霧さんはカカッと笑った。



 光川さんと母は、今…仲良く老人ホームにいる。

 一緒に暮らそうと言っても、強く拒まれた。

 寂しい反面、面会に行った時の二人の笑顔には救われる。


 母の姓は、園部から光川になり。

『光川マリ』という名前を書きたいのか…週に二度はハガキを寄越す。



「これからは、仲間やな。」


 朝霧さんに差し出された手を、恐縮ながら…握る。

 奏者の道より、楽器を愛でる道を選んだはずだったのに。

 まさか…だ。


「よろしくお願いします。」


「こちらこそな。」



 さあ…帰って個人練でもするかな。

 もし、ビートランドと契約出来るような事になったら。

 光川さんと母には…


「……」


 父と母には、真っ先に知らせよう。




 …ビックリして心臓止まっちゃマズイな(笑)

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