第6話 「……園部マリさん…覚えてる?」
〇朝霧真音
「……園部マリさん…覚えてる?」
るーに言われた名前に、俺は首を傾げた。
園部…園部…
「マリさんよ。」
「…マリ……あの、マリ…か?」
「…あなたが一緒に暮らしてたマリさん。」
ぶっちゃけ、マリとは色々あったけど。
それでも俺がマリと暮らしてたんちゃう。
マリが一緒に暮らしてたんは、ナッキーや。
…まあ、俺も暮らしてたけど。
「…なんか違うけど……そのマリが?」
「…真音に…会いたいって…」
「……は?…いや、まあ…懐かしくはあるけど、別に俺は会いたいとは…」
「会ってあげて。」
「…なんで。」
るーが俺に名刺を差し出す。
「…
「この人…」
「……」
「あなたとマリさんの、息子さんだそうよ…。」
ブルブルブルブル。
「何やってんだよ。」
回想して小刻みに頭を振ると、ナオトに背中を叩かれた。
…もっと叩いてくれ。
俺が25年前にトリップせんように…
けど…
るーに『マリさんに会ってあげて』て言われたあの日から、三日。
手渡された名刺は持ってるものの…連絡は出来ずじまい。
て言うか、るーはホンマに…この『園部真人』が俺の子やと…?
「お義母さんとケンカでもしたんですか?」
リビングでボケッとしてると。
「…ケンカ?してへんで?」
「お義母さん…元気ないですよね。」
瑠歌がキッチンを振り返る。
「F'sのツアーに同行するって盛り上がってたのに…」
「……」
瑠歌のその言葉を聞いて、決心がついた。
早いとこ白黒ハッキリさせて…るーを安心させたらな。
その夜。
俺は家の中にあるギター用の練習室から、名刺に書いてある園部真人の電話番号に連絡をする事にした。
…俺の息子…って。
いや、それはないやろ…
思う反面…
『もしもし。』
電話の向こう。
男の声は、少し疲れてる感じに思えた。
「…園部、真人…くんですか?」
『…あなたは?』
「朝霧真音いいます。」
『あ……』
「うちの」
『すみません。』
突然、言葉を遮って謝られた。
お互い少しの沈黙の後。
『…いきなり押しかけて…奥様には、大変申し訳ないと思っています。』
涙声の園部真人が言うた。
「…君、今いくつ?」
『今年で32になります。』
「……」
年齢的には…ドンピシャ…や。
身に覚えがないわけやない。
これは…もう…
『母に…会ってやってもらえませんか?』
「…俺は…」
『母は…もう長くありません。』
「……え?」
『長くないんです。』
「……」
マリが…?
そんなん言われたら、もう会うしか………
いや。
俺にとっては、るーが一番大事なんや。
「真人君。」
『はい…』
「まず、DNA鑑定させてもらえへんかな。」
『えっ?』
「マ…お母さんに会うにしても、まずハッキリさせときたい。」
『……いいですよ。』
電話の向こうの声に、少し怒りが混じったようにも思えた。
けど…ハッキリさせな、先に進めへんやん。
ホンマに俺の息子なら、それ相応の事も考える。
違うなら…
まあ、違うてても…マリの状況によっては、考える。
翌日、真人君と待ち合わせて鑑定をしてくれるクリニックに行った。
ビシッとスーツを着こなしとる真人君と、並んで待合室の椅子に座る。
あまり知りたくもない気もしたが、生い立ちを聞いた。
二十歳で真人君を出産したマリ。
昼間は弁当屋、夜はスナックで働いて、真人君を大学まで入れた。
大学卒業後は、大手のハウスメーカーに就職。
26の時に大学時代の同級生と結婚。
今は男の子と女の子、二児の父。
…で。
何で俺が父親か…って話なんやけど。
真人君が幼い頃、家ではもっぱらDeep Redが流れてて。
「真人のパパよ。」
レコードジャケットの俺を指差して…マリが言うたらしい。
「…別に会いたいと思った事はありませんでした。俺は母と二人でも十分幸せでしたし。でも…入院した母が、突然会いたいと言い始めて…仕方なく。」
「……」
どーも、口調がトゲトゲしい。
ま、しゃーないか。
いきなりDNA鑑定させぇとか…
「今、同居を?」
「…いいえ。近所ではありますが…色々あって、一緒には暮らしていません。」
「なるほど…」
ふと、落とした視線に入り込んできたんは…真人君の指。
…ギター弾いてる指やん…
気付いたけど、言うのはやめた。
ぶっちゃけ、親子であって欲しくない。
身から出たサビやけど。
そうやけど。
複雑な気持ちを抱えたまま、一週間後…結果が出た。
俺と真人君は…
〇島沢尚斗
「……」
『園部真人』の名前を見た後から、ずっとズズーンって顔をしてるマノン。
あの時の事でも思い出してるんだろうな…
あれは、25年前…
「DNA鑑定?」
「ああ。」
最上階の質のいいソファーに寝そべるような恰好で、マノンがつぶやいた。
マリの息子と名乗る者が、自宅に来て。
るーちゃんから、マリに会って来いと言われた…ってのは、先週聞いた。
昔のオイタが今頃になって現れるとはね…と。
俺は一人、苦笑いをした。
「で?」
「違うてた。」
「……」
ナッキーと顔を見合わせて首をすくめる。
「それで、マリは何の病気なんだ?」
コーヒー片手にナッキーが俺の隣に座った。
「知らん。」
「は?」
つい、ナッキーと同時に間抜けな声を出した。
「見舞いは?」
「行ってへんよ。俺の子やないし。」
「……」
またもや顔を見合わせて、ポリポリと頬を掻く。
まあ…確かに…
自分の子供じゃないなら、行かなくてもいい気はするけど…
「生死にかかわる病気なんだろ?」
「マリの息子もハッキリ言わへんのやもん。俺としては、るーが気にするような事はしたくないねん。」
「おー…」
るーちゃん優先に関しては、二人で拍手を送った。
しかし…なー…
「なのにスッキリしない顔してるのは、なぜだ?」
ナッキーが足を組んで問いかけると、マノンは拗ねたような顔をこっちに向けて。
「あんたみたいな薄情な男が父親じゃなくて良かった。って言われた。」
「……」
「……」
「…ぶはっ!!」
「笑うか!?」
「あはははは!!悪い悪い!!」
「…ちっ…悪い思うてへんやろ…」
ともあれ…
ナッキーの女だったのに、マノンともデキてたマリが。
誰の子供を産んだかなんて…俺達はさほど気にしなかった。
ただ、生死にかかわる病気だと聞くと。
「ナオト、ちょっと付き合ってくれないか?」
だよな…
ナッキーは律儀だからな。
確かにマリには世話になった。
Deep Redが売れなかった頃、口コミで客を集めてくれたのはマリだ。
売れたのは実力でも、キッカケを作ってくれたのはマリだったと言ってもいい。
マノンには内緒で、ナッキーと一緒にマリの入院する病院を訪れた。
すると…
「……」
「……」
マリの病室の前に、どこかで見た事のある…男。
お互い歳を食ってるから、見覚えがある…ぐらいにしか分からないが…
「…ナッキーにナオトか…久しぶりだな。」
しわくちゃの笑顔が、一瞬昔の誰かを思い出させた。
あー…喉元まで出かかってんのにな…誰だっけな…
「…ミスティーのギターだった、アグリー・ミツさん?」
あー!!
そうだよ!!
ナッキーが口にした名前に、心の中で拍手する。
ミスティーのアグリー・ミツさん。
俺らがダリアに出始めた頃、いつもトリのバンドでギターを弾いてた人だ。
「どうしてここに?」
こっちが聞きたい所だけど、そう口にしたのはアグリー・ミツさんだった。
「マリの調子が悪いと聞いて、お見舞いに。」
「…そうか。でも、あいつは来てないんだな。」
ミツさんは、俺達の後ろを見て言った。
…ああ、マノンか。
「マノンが来ないとダメですか?」
「…だって、付き合ってたんだろう?マリはずっと引きずってるよ。」
ミツさんがそう言った途端、ナッキーが大げさに眉を上げて息を飲んだ。
…珍しいリアクションだな。
「マノンの名誉のために言っておきますが、マノンとマリは付き合ってませんでしたよ。」
「えっ。」
ミツさんが俺を見る。
ほんとですよ。という意味を込めて、うんうんと頷いた。
「でもマリは…」
しわくちゃな顔が、細い声でそう言いながら病室を振り返る。
ナッキーは首を傾げてその様子を眺めてたが、やがて。
「彼女にはプロになるまでの間、とても助けてもらいました。感謝しています。」
姿勢を正して言った。
俺も…それに倣ってさりげなく背筋を伸ばす。
「ミツさんがいるなら、きっと彼女は大丈夫ですね。」
えっ。
つい、チラリ。とナッキーを見る。
ミツさんとマリ…え?
ミツさんはそれに対して何も答えず、俺達はマリに会う事なく病院を後にした。
そして数日後…
「マリが退院したらしい。」
ナッキーがボールペンをプラプラさせながら言った。
「るーちゃんには伝えておいたが、マノンには言ってない。」
「え、どうして。」
「俺が勝手に調べたって知ったら、文句言いそうだからな。」
「あー…確かに…」
「るーちゃんがマノンに話すかどうかは…るーちゃん次第。」
そして。
るーちゃんは…
「話してません♡」
後日、会長室に茶菓子を持って来て。
笑顔でそう言った。
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