第5話 「それはまた…急な話だな。」

 〇高原夏希


「それはまた…急な話だな。」


 俺が苦笑いすると、目の前のLeeは『ですよね…』と肩をすぼめた。


 12月に会って以来。

 こちらからも特に連絡する事はなかったが、新作がロンドンでバカ売れしていると奏斗かなとから報告があって。

 そろそろ事務所に呼び出そうと思っていた矢先…


『会長、お話があります』


 Leeから連絡があった。


 今まで聞いた事のない、力のある声に。

 俺はLeeを事務所ではなく、エルワーズに誘った。

 そしてそこでLeeは…


「あの…実は…フェスなんですけど…」


「うん?」


「…バンドで出たいです。」


「……」


 つい、キョトンとして瞬きを繰り返した。

 それは、Leeの歌が脳内再生されたせいでもある。


 猫ならいいのに…ずっと眠っていられる…猫になりたい…


「…パンクバンドか?」


「いえ、ハードロックです。」


「…ハードロック…」


 どう頑張ってみても、イメージが湧かない。

 Leeはピアノを弾きながら、ささやくような声で妖精のような歌を…


「奏斗社長に話したら、バカ言うなって言われました。」


「…そりゃそうだろうな。新作がランキング一位だ。」


「でもバンドで歌いたいんです。」


「…どうした?何かあったのか?」


「それは…」


 Leeはキュッと唇を噛むと。


「…変わりたい…って思って…」


 小声で言った。


「…一応聞くが、メンバーはどうする?今のLeeの楽曲じゃ、難しいと思うが。」


「それは…」


 Leeが答えようとした瞬間…


「わっ…見つかった…」


「ナオトが押すからやんっ…」


 俺の視界に、ナオトとマノンが飛び込んで来た。


「…何コソコソしてる。こっちに来いよ。」


「えっ…でも…なあ…」


 何なら少し赤面してる風な二人に溜息を吐いて。


「何勘違いしてる。奏斗の事務所に所属してるLeeだ。」


 Leeを紹介する。


「えっ!!あの不思議世界観!?」


「いや~…ナッキーの隠し子か思ってドキドキしたやん。」


「バカかっ。」


 そんなこんなで…二人も同席する事に。

 人見知りの激しいLeeには、これまでの経緯を話すのは困難だろうと思い、二人に簡単に説明をすると。


「う~ん…確か、夏のフェス、シルエット出演やったよな?」


「…はい。」


「あの歌で出ないって事?めちゃくちゃ売れてるのに。」


「…どうしても、バンドで出演したいんです。」


 意外な事に…Leeはハッキリと受け答えをしている。


『…変わりたい…って思って…』


 先程のLeeの言葉。


 Leeに会うのはまだ四度目だが、今までのオドオドとした表情が見られない。

 目を見て…ちゃんと自分の意見を述べている辺り、本気で変わりたいと思わせられる何かがあったに違いないが…


「奏斗は、すんなりOKを出すわけにはいかないだろうな。」


 俺が腕組みをして考え込むと。


「て言うか、今からって言うのが…メンバーはどうするの。」


 ナオトがLeeに問いかける。


「メンバーは集まりました。」


「えっ。」


 三人で同時に声を上げてしまった。




 〇朝霧真音


「メンバーは誰だ?事務所の者か?」


 ナッキーの問いかけに、Leeちゃんは小さく首を横に振った。



 ナオトと茶を飲みに来たエルワーズ。

 そこに、ナッキーと知らん女の子。

 なんや雰囲気似てるんちゃう?って…ナオトと面白半分に眺めてたら…

 イギリス事務所の子やった。


 不思議世界観な音楽やのに、いきなりバンドでフェス出たいとか。

 あかんやろ~。

 あの声でロックは歌えへんって。

 ぶっちゃけ、俺はフルコーラス聴いた事ないで。

 いっつも途中で寝てまう。

 睡眠誘導力に優れた音楽や。



「いえ…一般の方です。」


「もう合わせてるのか?」


「はい。楽曲も出来てます。」


 Leeちゃんはスマホを取り出すと、ナッキーにイヤフォンごと手渡した。


「……」


 たぶんイントロ部分で…ナッキーがピクリと反応した。

 ん?これ、ええもん聴いた時の反応ちゃう?


 ナオトと横目でコンタクトする。

 すると…


「…!!」


 ナッキーの顔が険しくなった。

 これはー…ただごとやないで。

 Leeちゃん、一体どんな…


「…なあ、ナッキー。それ、事務所で聴かへん?」


「俺も気になる。」


 ナオトとナッキーの腕を突くと。


「ああ。そうしよう。それと…Lee、すぐにメンバーに連絡を取れ。」


 ナッキーは珍しく早口でそう言うた。



 結局、紅茶と茶菓子をテイクアウトして、事務所に戻る。

 早速最上階へ行くと思いきや…


「俺は隠居ジジイだからな。」


 ナッキーはそう言うて、一階にあるミーティングルームのドアを開けた…途端。


「ごほっ…」


「おいおい、隠居ジジイ。大丈夫かよ。」


 ナオトが咳き込むナッキーの背中に手を当てる。


 …ぶっちゃけ…ナッキーの体調は最悪や。

 せやから、何とか…

 今のDeep Redをカタチとして残したい…て気持ちがある。

 あるけどー…


「大丈夫だ。それより、メンバーなんだが…」


「この人達です。」


「メンバーの詳細…へぇ、本人達もフェスへの参加意欲はあるって事かな?な、ナッキー。」


「ああ……ん?」


 ナッキー、青い顔やなあ…

 本音を言えばフェスも出たいとこやけど…

 体調悪いのに無理させてもなあ…


園部そのべ真人まさとって…」


 ま、俺とナオトはF'sに紛れ込むんもアリやからな…

 けどなー…やっぱDeep Redで…



「…ん?」


 ナッキーとナオトの視線が俺に向いてる事に気付いて、パチパチと瞬きをする。


「なんや。」


「…園部真人だよ。」


「……」


 差し出されたんは、どうやらLeeちゃんのバンドメンバーの名前。

 リーダーが、ギタリストの園部真人…園部楽器店主…


「…真人。」


 俺がそう言うて顔を上げると。


「お知り合いですか?」


 Leeちゃんが俺に言うた。


「お知り合い…」


 俺の頭ん中に。


 20年前…いや、あれは確か光史こうしが結婚した年や。

 もう25年前か。


 その、25年前の出来事が…ぐるんぐるん回り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る