第2話 「優里ちゃん、電話じゃないのかい?」
〇前園優里
「優里ちゃん、電話じゃないのかい?」
お母さんが、あたしのスマホを指差して言った。
ニッキー会長に渡されたスマホ。
バイブにしたままのスマホ。
さっきから、見た事のない番号から電話がかかって来てる。
…あたしのスマホに登録してあるのは、拓人とニッキー会長と聖君と…大家さん。
だけど…聖君の番号は…マニュアルを見ながら着信拒否した。
仕事かもしれない。
出なきゃ。
そう思うものの…
い…一条…とか…
ううん…そんなはずない…
いや、でも…
「い…いいの。あたし、知らない番号からの電話は取らない事にしてるから…」
「そう?でもさっきから何度目だい?」
「……」
あたしはスマホを手にして、それをこたつの中に入れた。
「温めてどうするの。」
「う…何となく…」
そのまま、あたしもこたつに潜り込む。
あったかさに包まれて、あ~…猫になりたい…なんて、ちょっと現実逃避したりしてると…
#######
また。
また、電話が。
この時のあたしには、電源を落とす。っていう頭がなくて。
うああ…って、うんざりしした顔で。
さっきから、何度目かの番号を目に…
「…ん…?」
スマホの画面に出てる文字は…
ニッキー会長。
「はっ…」
あたしはこたつから出て。
「おっお母さんっ、ちょっとお店に…」
言い終わらない内に、引き戸を開けてお店に出た。
背後から『ストーブつけなよ』って声が聞こえたけど、そんなに長電話にはならない…はず…
でも。
これ。
仕事の電話?
それとも……き…きき…聖君の事…
…ううん。
ニッキー会長は、仕事とプライベートは別にする人だと思う。
それに…そもそも、会長は聖君とあたしの関係は…知らない…はず。
…聖君が、言ってなければ。
「…はい…」
意を決して電話に出ると…
『あたし、華月』
電話の相手は、思いがけない人だった。
聖君の…同じ歳の姪。
同じ生き物とは思えない…美しい人、華月さん。
「っ…」
驚いて肩を揺らせると。
『切らないで聞いて』
早口で言われて、あたしは硬直したまま彼女の声を拾った。
『あなたが何をどう思って聖を捨てたのか分からないけど、聖はズタボロになってて見てられないぐらいよ』
す…捨てた!?
違う!!
そう思ったものの…
あたしは…聖君にサヨナラを告げた。
勝手に。
そして…シロとクロを押し付けた。
…身勝手に。
さらには…聖君と泉ちゃんの復縁を応援しようとしている。
だけど、何も出来ないまま…一ヶ月半が過ぎた。
だって…あたしの愛は、二人の仲を取り持つ事…って思ったのに。
二人が並んでる所(泉ちゃんを知らないから、彼女はシルエットのみ)を想像すると、涙が止まらなくなって。
こうやってあたしを置いてくれてる中川衣料品店のお母さんに、心配かけてしまう事になるから…
あたしは極力、無になって毎日を過ごしてた。
ズタボロ…
なんで…?
どうして?
聖君…あたしの事なんて、忘れていいのに…
『お願いだから、話だけでも聞かせて』
「は…話って…」
『近い内に会いましょ』
「えっ…え…ええ…?」
『絶対よ。もし逃げたりしたら、あたし……』
「……」
『あの事バラすから』
ピキーン
頭の中に、変な音が鳴り響いて。
あたしの両目は今までになく大きく丸く開いた。
バ…バラすって…
あの事って…
もう、パニック。
どうして…どうして、華月さんが知ってるの?って…
華月さんが、あたしのあの事を知ってて…聖君がズタボロで……ああああああ…っ!!
すっかりテンパってしまったあたしは。
「…分かりました…」
つい、そう答えてしまった…。
翌日。
色んな意味で…テンションがおかしくなってるあたしは…
腹違いの弟、拓人の家まで走ってやって来た。
もう、身体がバラバラになりそう…
「…久しぶりだな。」
ドアを開けた瞬間から、何だか不機嫌そうな拓人。
「…優里、顔がおかしい。」
「……」
顔がおかしいってどういう事よ。
そう思う反面…
おかしくても仕方ない。とも思った。
華月さんがあの事を知ってるかもしれない。
その不安を打ち明けたいものの…
そうすると、拓人に黙ってる色んな事を話さなきゃいけなくなる。
父親と同じ名前の人に会った事…
本当は話した方がいいのかもしれないけど、あたしはそれを拓人に話さなかった。
だって…もう嫌だ。
あんな世界に戻るのは。
12月24日の夜。
シロとクロをお願いしますって手紙を残して、あたしは丘の上の家を出た。
その足で拓人に会って…
毎年してるように、拓人が持ってる木彫りの人形を前に跪いて、お祈りをした。
…あたし達は…昔。
逃げるために、罪を犯した。
実の父親を家に閉じ込めて…火を放って逃げた。
燃えさかる家を振り返る事なく。
あたしと拓人は列車に乗った。
もう、絶対…暴力や戦いのある世界には戻らないと決めて。
「で?何があったんだよ。」
拓人は適当に片付けたスペースに座布団を敷いて、あたしをそこに座らせた。
この一ヶ月半の間、人気俳優の拓人は撮影が多忙で。
あたしを構う暇もなかったようだ。
それはそれで…いいのだけど…
「……」
落ち着かなくて、勢いで来てしまった事を後悔する。
…何も話せない…
無言のあたしを見かねた拓人は、あからさまに溜息を吐いて。
「あの男の事、まだ好きなのか?」
目を細めた。
「…考えないようにしてる…」
「賢明だな。で、おまえはまだあそこにいんのか?」
丘の上の家を出た翌日…
あたしは、中川衣料品店のお母さんに三つ指を立ててお願いした。
居候させて下さい、と。
「うん…」
「あんな薄汚い店……ここに越して来いよ。」
「…は…?」
お母さんのお店を…薄汚い…ですって…!?
あたしは勢いよく立ち上がると。
散らかりまくった拓人の部屋を見渡して。
「お母さんちが薄汚いなら、ここは何よー!!」
大声と共に、拓人に座布団を投げつけた。
「うわっ!!ばっ…!!」
拓人に当たった座布団は、周りに重ねて置いてあった雑誌を薙ぎ倒し。
その雑誌が倒れた事で、テーブルに置かれたままだった食器が派手な音を立てて床に落ちた。
「中川衣料品店はね!!あたしにとっては楽園よっ!!」
「あーあー、そうだろーよ。嫌な事はしないおまえに、うってつけだよな。」
「(むっ)」
「どーせ、こたつに入ってゴロゴロして、猫みたいな生活してんだろ?」
「なっ何よ!!あたし、ちゃんとお手伝いしてるもん!!」
「はっ。どーだか。」
「……」
わなわなと震える両手を握りしめて、あたしは拓人の家を飛び出した。
…拓人の意地悪。
バカ。
大嫌い…!!
〇片桐拓人
「……」
散らかった部屋を見渡して、小さく溜息を吐く。
ったく…
あんなに引きずるぐらいなら、捨てなきゃ良かったのに。
俺と優里は、日本に来るまでずっと一緒だった。
辛い時期を共に過ごして来た。
俺が優里を守る。
そう決めてたから…誰にも渡したくない気持ちもあった。
でも。
あの社長。
あいつなら…いっかなー。って、ちょっと思ってるんだけどな。
年末に仕事の打ち合わせだって呼ばれて。
まあそれは口実で、優里の件だとは思った。
…俺の前で自分を隠す事なく情けない顔しやがった。
だけど、俺も優里も一般人とは違う。
今は良くても、いつ危険が及ぶか分からない。
だから、あえて何も言わなかった。
…優里から、社長と別れるって聞いた時は、ちょっと喜んだけど。
社長に何か聞かれたら、全部喋って諦めさせてくれとも言われたけど。
なーんか…言えなかった。
あの社長。
なんだろーな。
最初は生意気な奴としか思えなかったけど。
仕事の事も含め、話してる内に…
妙に惹き付けられた気がした。
この俺が。
「…片付けるか…」
腰に手を当てて床を眺める。
そして…
「あ、
俺は、マネージャーの宮國に電話をした。
これで部屋は片付くな。
後は…
優里と社長を見守る…か。
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