いつか出逢ったあなた 53rd

ヒカリ

第1話 「…すごいよ…」

 〇高原さくら


「…すごいよ…」


 あたしは、SHE'S-HE'Sのステージを…涙を拭うことなく見続けた。



 今年の春に予定されてたフェス。

 それはSHE'S-HE'Sのメディア進出も兼ねていて、大きな話題になってた。


 だけど色んな理由で延期になって…

 今日、8月13日。

 なっちゃんの誕生日。

 ビートランドの周年祭として、大掛かりなフェスが開催された。



 去年の秋、F'sのライヴの後。

 なっちゃんは、あたしに会長、里中君には社長を任命した。

 …本当は嫌だったんだ。

 それは、なっちゃんの定位置だもん…



『See You!!』


 そう叫んだ知花は笑顔だったけど、その目には光るものがあった。

 …きっと、今日はスタッフも全員泣いちゃってると思う。

 ようやく…ようやく、SHE'S-HE'Sを表舞台に立たせる事が出来た。って。

 今日まで表に出なかったのが、本人達の意志だとしても…

 ビートランドに関わる人達全てが、その意思を尊重しながらも、もどかしさも抱えてたはず。

 ここまでのアーティストを…って。


 だから、今日のフェスは本当…本当、サイコー!!



「あー…どうしよ。いきなりこんな極上のイベントやっちゃったら…後が大変だよ…」


 ゴシゴシと涙を拭きながら、会長としての本音が漏れる。


 だけど…こんな素敵な瞬間を、これからも多くの人達に味わってもらいたい。

 もっともっと、音楽を好きになってもらいたい。


 …うん。


 あたし、もっと頑張ろう…!!






 *ここから二月に遡ります



 〇桐生院 聖


「……」


「にゃ~。」


「……」


「にゃっ。」


 ドスン


「うおっ…あ…なんだ、いたのかよ…」


 仰向けに寝転がってると、シロとクロが腹の上に乗って来た。


「もうちょっと優しく乗ってくれよ。」


 二匹の頭を撫でながらそう言うと、シロとクロはゴロゴロと喉を鳴らせながら俺の手の甲に頭を擦り付けた。


 …可愛いよな。

 マジで。

 こういう甘え方、優里さんみ…


「……」


 俺の前から突然去ってしまった彼女の事を思い出すと、何をしてても力が抜ける。

 擦り付けてた手の甲がだらんと落ちた途端、シロとクロは俺の上から降りて手を舐め始めた。


「…こんな飼い主、サイテーだな…優しくしなくていいんだぜ…」


「にゃ~…」


「んにゃにゃっ…」



 クリスマスイヴ。

 俺の誕生日。

 華月とミラー社のパーティーに出席した後、優里さんの家に向かった。


 プロポーズ…とまではいかなくても。

 それに近い約束ができたら…って思ってたけど。


 家にはシロとクロだけ。

 それと…一通の手紙。




 聖君へ


 聖君。

 本当にごめんなさい。

 あたしは大嘘つきです。

 本当に、ごめんなさい。


 何から話せばいいのか、何を打ち明ければいいのか。

 全然まとまりません。


 あたしが歌ってるのは、何となく生きていくためです。

 昔から、あまり生きる事に執着する事が出来なくて。

 いつも死にたいって考えてるような人間で。

 あなたと出会ったあの日も、あたしは死ぬはずでした。


 聖君の、とてもあたたかい家族。

 羨ましかった。

 あたしも、欲しかった。

 あなたの事、大好きになって、苦しくなった。

 また死にたくなった。

 だけど、今は死ねないから。


 ごめんなさい。


 さよなら。


 この家は、売りに出します。

 詳しい事は拓人に聞いて下さい。


 シロとクロをお願いします。


 優里



 読みたくないのに何度も読んで、もう一言一句間違えないほど覚えてしまった。


 電話は着信拒否。

 数日後、家は本当に売りに出されてた。

 父さんからの電話なら出てくれるかなと思って、お願いしようかとも思ったけど…ちょっとそれはあまりにも……ルール違反な気がするし、男として情けないと思ってやめた。


 そうなると…


『詳しい事は拓人に聞いて下さい』


 …聞くしかねーじゃん…?



 それで俺は、年末のクソ忙しい日に。

 片桐拓人に会った。

 …仕事を絡ませて。




「動画の件ですか?」


 片桐拓人は…なぜかゴキゲンな様子で。

 何も言ってないのに、マネージャーを秘書室に残して社長室に入って来た。


「…はい。華月と共演の件ですが、一作目からというのは難しいです。」


「あーっ!!そっかー!!ま、仕方ない。で?」


「一作目は平塚亜由美さん…ご存知ですか?」


「ああ…知ってるよ。島沢佳苗の後釜な。」


 ドスン。とソファーにふんぞり返った片桐拓人は。


「ま、彼女いいです。」


 言葉だけは謙虚そうに言いながら、なぜか部屋を見渡した。


「…優里の事聞きたくて呼んだんだろ?」


「……」


 溜息を吐いたつもりはなかったけど、自然と出てたのかもしれない。

 そんな俺を見た片桐拓人は、目の前に座るよう視線で促した。


 部屋の隅にあるキッチンでコーヒーを用意して、ソファーに座る。

 こんな事をしてまで、話しを聞くのをためらうとか…

 ちっせーな、俺…


「…眠れてない顔だな。」


「え?」


「目が充血してる。」


 そう言われて、充血用の目薬は寝不足に効かないのか…と苦笑いした。


「………ぶっちゃけ、あいつのどこがいいの。」


「え?」


 突然、全く予想外な言葉をかけられて。

 それまで作ってた社長の顔が、まったくもって素の顔になってしまった。


「いや…まあ優里が魅力的なのは分かるけどさ。ネガティヴだし、超ウザい時あんじゃん?」


「…超ウザい…」


 俺だって感情はあるから。

 優里さんが自分の事を何も教えてくれなくて、イラついた事はあった。

 だけど、それが育った環境で出来上がってしまった物だというのは理解出来た。

 …片桐拓人に教えられた過去で、そう思ってるだけに過ぎないけど。


「そのウザさも…俺にとっては支えみたいに思えたんだけどな…」


 ポツリとこぼれた言葉には、自分でも酷く納得した。

 最近は優里さんの事を考えるだけで辛かったのに…

 こうして、俺よりも彼女を知ってる存在に話せるのは、意外と薬になる気がした。



「…社長、そんなに優里の事、好きなんだ?」


「…自分でもビックリするぐらいには…」


 なぜか唇が尖ってしまって、あー…俺恥ずかしいぞ?って思うのに…

 どうにもならない。

 もう、この人には全部見せても構わない気がした。

 カッコ悪い俺も。

 仕事の相手なのに(笑)



「……あいつから家を出たって聞いた時、俺、正直ホッとした。」


「……」


「社長の手には負えないって思ってたから。」


「…俺、器ちっせーからな…」


「いや、そうじゃなくて………」


「……」


 片桐拓人は何か言いたそうだったけど。

 俺の顔を見て言うのをやめた。


 続きが気になる…ようで、そうでもない。

 あー、俺…結構ヤバイのかな。



「……優里さん…元気なのかな。」


「…さあ…俺も居場所は知らねーから…」


 居場所なんて聞いてないのに答えられて。

 あー…この人、本当は知ってるんだろうな。って思った。

 まあ…口止めされてるよな…



「…すみません。あなたにどうにかしてもらいたい気持ちがあったわけじゃないけど…」


「……」


「いや…もしかしたら、何か期待してたかもしれないけど…」


「……」


「…ちょっと…どうしようもなく…きつくて…」



 その後、ちゃんと切り替えて仕事の話を終わらせて。

 マネージャーにも同席してもらい、スケジュールの確認と調整も済ませた。

 深田さんに、そんな事は社長がしなくても…とも言われたけど。


 何から何までしていたい気分なんだよ。




 ほんと…


 こんなに…

 こんなに、ダメんなるなんて…さ。

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