第37話 想い出
「オキタくん……???」
ユメコが思考停止している間に、
クラムは目を☆にして倒れていった。
まるで漫画みたいなコミカルさだ。
倒れる姿まで、とびきりキュートである……
オキタくんは無事に身体へと帰還した腕を、
ペットを愛でるかの様に撫でていた。
今度こそ、完全決着である。
戦いの行く末を見守っていたギャラリーから、
一際大きい歓声が上がった。
しかしユメコは、それどころではない。
何故オキタくんの右腕が、飛んだのだ……!!!
ユメコは説明を求めて、
責任者にクレームの目を向けた。
しかしタクオは咎める様な視線を意に介さず、
目を輝かせてオキタくんの右腕を眺めている。
「せっかく取れちゃってた訳だし、
ロケットパンチも出来るようにしてみたんだ!」
これがバグならば良かったのだが……
完全に狙い通りというドヤ顔で言われてしまった。
つまりこれは、仕様だ。
せっかく取れちゃってた訳だしって、
右腕が落ちた事をそんなポジティブに捉えないで欲しい。
お前は悪の科学者か。
「え……
ロケットパンチとか、ハテシナは好きじゃないか?」
確かに、ロケットパンチはちょっと良いな……
悔しいが、ユメコは少年心をくすぐられた。
何故この男が私の好みを知っているのか謎だが、
必殺技的なものは嫌いじゃない。
しかし、本当にこれでいいのか……?
ユメコの脳内で、かなり際どい審議が行われた。
右腕がサイボーグと化して、
ロケットパンチも可能な新選組……
いくら私の新撰組像だって、そこまで狂ってはいない。
だがどれだけ否定しようとしても、
オキタくんが目の前にいる喜びには抗えなかった……
「オキタくんが、生きてる……」
私の中にある公式設定を、
ドージンの表現は想いの熱量で凌駕してくる。
今目の前にいるオキタくんは、
どう考えてもおかしい……
けれど私一人で表現した時よりも、
何故か人間みを帯びている気がした。
書いて、読んで、また書いて……
表現者同士の積み重ねは、物語を輝かせる。
それは別人であって、別人ではない。
このオキタくんも、オキタくんだ……
それならばもう、疑問符なんて必要ない。
「……おかえり、オキタくん」
足りないところは、
後で加筆してしまおう。
私しか知らないオキタくんとの想い出だって、
たくさん知って貰わないといけない。
初めて恋に落ちた小学生の日も。
それからずっと一緒に過ごした学生時代も。
異世界で傍にいられた毎日も……
私がどれだけオキタくんを大好きだったか、
ちゃんと私の言葉でも伝えなければ。
腕は格好良いから、そのままでいいか……
「あの、ハテシナ!
感想を聞かせてくれないか……!!!」
脳内でオキタくん改造計画を進行し始めたユメコに、
ドージンはおどおどした表情で声をかけた。
その目には、不安そうな色が浮かんでいる……
これだけ好き勝手やらかしておいて、
今更そんなお伺いを立てるのか。
変なやつだな、ドージンタクオ……
”感想を聞かせてくれないか”
その言葉の響きが、
ユメコの頭に異世界転移した日の記憶を蘇らせた。
いつも座っていた席の、独特な木の匂い。
窓から眺める青空と、花壇に植えられた花のコントラスト。
退屈な休み時間に触れる、図書館で借りた本の古びた感触……
沢山の時を過ごした校舎の景色が、
脳内で鮮やかに咲き誇った。
そして思い出の中にあったのは、
建物だけではない。
ユメコの記憶が最後に辿り着いたのは、
そこで過ごした日々の想いだった……
ユメコはあの頃の、
不思議な感覚を思い出す。
それは子どもの頃からずっと、
何処からともなく感じていた視線だ。
何故か不気味だとは思わなかった。
それは陽だまりの様に暖かいもので、
まるで見守られている様に感じていたのだ。
その視線はいつもユメコの傍にあり、
彼女は決して孤独ではなかった。
寄り添うというのは、
触れ合う事が全てではない。
教室でいつも一人ぼっちだった二人は、
いつだって本を通じて共に在った……
彼らは運命すら知らぬ間に、
ただただ出会っている。
それは果てしない世界の中では、
神すらも見逃す程の微かな偶然……
けれど忘れさえしなければ、
その偶然は必然に変わる。
あれは、物語が始まる前……
確かに彼は、そこにいたのだ。
その名前は、
あの本に添えられた手紙の……!!!
「……格好良かったよ!ありがとう!!」
ユメコは、
自分を守ってくれた勇者の物語を思い出した。
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