第29話 君を読む

「ん……」


「目が覚めたか、ツカサ!!」


「俺、どうしたんだっけ……」



久しぶりに俺の部屋で目覚めたツカサは、

意識は朦朧としているものの、特に異常はなさそうだった。


朝まで目が覚めなかったから心配したが、

どうやら普通に寝ていただけらしい……


心配して損した気分だ。


こっちはお前が気になって、一晩中起きてたんだぞ??

今日が休みで本当に良かった……



「そうだ! 女の子が!

 俺を庇ってケガを……!!!」


「それ、ハテシナの事か?!」



ハテシナの名前を尋ねたところで、

ツカサは彼女の事を覚えていない。


しかし安否が気がかりで、

無駄だと分かりつつも俺は聞かずにいられなかった……



「ハテシナ…… ユメコ……」


「!!!

 まさか思い出したのか?! ツカサ!!」



どう説明すれば本人と確認出来るのかを悩んでいたが、

ツカサの方からその名が出てきたので、俺は驚愕した。


まさか、敵と戦った事によって記憶が戻ったのだろうか?



「いや、何も思い出してない……

 ただ、ハテシナユメコと呼ばれた女の子が俺に……

 謝ったんだ。悲しそうな声で……」


「ハテシナが……」



なんて馬鹿なやつなんだ、ハテシナ……


お前は悪くないだろう。

むしろお前の方こそ、傷付いてないのか?


ツカサに忘れ去られて、

それなのに身を挺して庇ったりして……


身も心も、ボロボロになってないか??


あいつの為に、

俺でも何かしてやれる事はないんだろうか……



「……俺は、あいつが悲しむ理由を知りたい。

 それで、謝らなくていいって言ってやりたい……」



ツカサは決意を秘めて、俺の机へと目を向けた。


そこにはレイが訳してくれた、あの本が置いてある……


その目線だけで俺は、こいつの考えている事を察した。



「……言っとくけど、日本語は難しいぞ?」


「それでも俺は、ちゃんと読みたい。

 あいつの事を、ちゃんと知りたい……」



その蒼い瞳は、真剣に輝いていた。


ハテシナがお前を庇って傷付いたという話を聞いて、

もう一発ぶん殴ってやろうかと思っていたが……


こういう目を見ると、

俺はこいつの事が憎めなくなってしまう。



「……分かんないところがあったら言えよ。

 俺も一緒に読んでやる」


「ありがとな、タクオ……

 俺、お前と知り合えて良かった」



そんなまっすぐな言葉を向けられると、ドキドキしてしまう。


ハテシナもこれにやられたのか。

脳筋司書、おそるべし……



「今日はお前の読書タイムだな」


「おう!絶対に最後まで読んでやる!」



本を渡してやると、ツカサは真剣にページをめくり始めた。


漢字や意味を調べても分からない場合は、

俺が説明をしてやる。


出来る限り自力で頑張ろうと頭を捻っている姿を見ると、

俺はレイだけでなく、ツカサにも幸せになって欲しいと思えた。


眠気は既に限界だが、

読み終わるまでしっかりと付き合ってやろう。


きっとこれが、

俺でもハテシナの為にしてやれる唯一の事なんだろうな……





結局ツカサは、

俺の手伝いもあり一日かけてその本を読破した。


こちらは夜まで付き合わされてクタクタだが、

妙な達成感がある。


人と一緒に本を読むっていうのも、悪くないものだ。



「これが、ユメコの物語……」


「どうだ、忘れてるのを申し訳ないと思ったか!

 むしろお前がハテシナに謝れ!」



読めば記憶が戻らないかと期待したものの、

結局それは情報として頭に入っただけのようだった。


けれどツカサは落ち込むどころか、

本を見つめながら何故か目を輝かせ笑っている……



「この子が俺を、大好きって言ったのか……!!!」



なんだこいつ、めちゃくちゃ腹立つな。

やはりハテシナの代わりに、もう一発殴っておくべきだろうか……


俺は疲れと眠気がどっと襲って来るのを感じて、

深く溜息を吐いた。



「なぁ、もう一回その言葉が聞きたい!

 俺はどうすればいい?!」



先程はこいつにも幸せになって欲しいと思ったが、訂正しよう……

ツカサの脳みそは、いつだって万年幸せお花畑だ。


しかし見ているこっちまで幸せな気分になってくるから、

なんとも不思議な勇者さまである。



「きっとこんなに良い女、

 この世界のどこにもいない……!!!」


「……それだけは、激しく同意する」



俺達が、目を合わせて笑い合った瞬間。



激しい光が、辺りを覆った……

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