第28話 キセキ

目が覚めると、ユメコは懐かしい天井に出会った。


これは異世界に旅立つ前、毎晩見ていた天井だ……

あの平穏な日々が、遠い昔の事みたいに感じられる。



「ユメちゃん、目が覚めたんだね……!!」



声の方向へ視線を移すと、レイが私の手を握っていた。


目覚めると、レイがすぐ傍にいる……


この感覚すらも、なんだか懐かしい。

ユメコは思わず笑ってしまった。



「相変わらず、変なタイミングで笑うね本当に……」


「ごめん。なんだか懐かしくって」



まるであの頃に戻ったみたいだ。

この間は、つい逃げ出してしまったけれど……


目覚めたばかりで意識がボヤけているせいか、

今は穏やかにレイと話す事が出来ていた。



今のうちに、恥ずかしい事は伝えてしまおう。



「レイ……会いたかった」



その言葉を聞いたレイは、

何故か泣きそうな顔をしていた。

両の目が涙で潤んでいる。


その輝きが愛おしくて、

ユメコはレイの頬に手を伸ばした。


体温が、暖かい。

レイが生きている……



「僕のセリフ、取らないでくれる?」



レイは頬に添えられたユメコの手を取ると、

その甲に優しくキスをした。


柔らかい感触が、ユメコをくすぐる。


こぼれる吐息が肌に触れるのすら、

レイが生きていると感じられて嬉しかった。



互いの存在を確かめるかの様に、

2人は何度も手を交わらせる……


固く繋がれた手の感触が、

たぐりよせた奇跡を現実だと思わせてくれた。



「もう二度と離さないから……」



レイの甘い囁きが、ユメコの頬を真っ赤に染めた。


レイがそんな事を口にするだなんて。

もしかしてまだ、夢の中にいるのだろうか……



「な、なんかキャラ変わってない?」


「まぁ、生まれ変わってるしね」



あんなに前世で苦しんでいた筈のレイが、

こんな事をあっさり言うだなんて……


勝手に色々考えて、全力で逃げた自分が馬鹿みたいだ。


前世の記憶を取り戻したとはいえ、

完全に過去の事だと割り切っているのだろうか……



「記憶、戻ってるみたいだけど。

 前世の記憶があるだけで別人って事?」


「ちょっと違うかな。

 ユメちゃんは多分、ヒミコが溶け込んだと思うけど……

 僕の場合は、今世の僕が自分の中に溶け込んでいった」


「あぁ、その感覚はなんとなく分かるかも」



ユメコは洞窟で、ヒミコと対峙した時の事を思い出す。


あの時、もしもユメコが自我喪失していたならば……

ユメコの方がヒミコに溶け込んでいたかもしれない。



「今世の僕に脅されたよ。

 前世を理由にユメちゃんから逃げたら許さないって」


「ははは……

 今世のレイも、相当クセが強そうだね」


「うん。

 18年間、ずっとユメちゃんの事を夢見てたよ……」



まっすぐな視線が、ユメコを捉える。


まるで前世と今世のレイ、

2人から見つめられているみたいだ……


実際、そうなのだろう。

ヒミコと溶け合った、ユメコには理解出来た。

決して他人ではない。


それはかけがえのない、大切な片割れなのだから……



「彼が僕に、決して逃げない為の勇気をくれた。


 だから、図々しいのは承知で言わせて欲しい……


 君の前世を許すから、僕の前世を許してくれないか」



それは、

レイが精一杯の真心を込めて伝えた想いだった……


その言葉の意味を噛みしめて、

ユメコの目から涙が溢れる。



それは一番、

レイから欲しかった言葉だ……



あの時、どれだけ流れ星へ願っただろう。


許すという事。許されるという事……


それは共に、生きていくという事。



運命がいくら悲劇を望もうとも、

決して2人の願いを変える事は出来なかった。



「レイ……」



私達は不器用で、

とても一生が一度では足りなかったけれど……


その代わり、私とレイは幾たびでも巡り合う。

それはただ、笑い合う為だけに……


たとえ何度すれ違おうとも。

どれだけの年月が過ぎ去ろうとも……



「……あ」



そこまで考えて、

ユメコはムードをぶち壊す事実を思い出した。



「あ、あのね!

 気持ちは嬉しいんだけど……」



断りを入れようとした瞬間、

レイの瞳が傷付き揺らいだ事にユメコは驚く。


あの凍て付いていた眼差しが、

私のたった一言でこんなにも色を変えるだなんて……


嬉しいと思ってしまうのは、不謹慎だろう。

レイに申し訳ないと思いつつ、ユメコは慌てて釈明をする。



「あのね!私もうね、36歳になっちゃったの……!!!

 だからちょっと、レイとは干支が一周どころの騒ぎじゃなくて……」



ユメコは真剣な面持ちで、レイを見据えた。


レイのことだ。

オバサンだのなんだの、罵詈雑言を投げてきても不思議ではない。

多少の罵りに関しては、ユメコも覚悟を決めていた。


度が過ぎていたら、この際ぶん殴ってしまおう……



「……っぷ! あっははははは!!!」



「え…………

 えぇぇぇえ?!」



信じられない。

あのレイが、馬鹿笑いをしている……



腹を抱えて笑っているレイを、

ユメコは唖然とした眼差しで眺めていた。

これは到底ユメコに信じられる光景ではない。


これ、本当にレイなのかな?

全部夢だったらどうしよう……??



「ねぇ、ユメちゃん。あの夜に僕が、

 逃げないの?って聞いたのを覚えてるかな」


「う、うん……」


「あれ、訂正するね」


「訂正って、なに……」


「逃さない」



次の瞬間、ユメコの唇はレイに奪われていた。



それは全てをさらっていくかの様に激しく、

ユメコは息をする事もままならない。


レイの柔らかな唇が、何度もユメコを愛でた。

互いの吐息が重なって、荒い熱を生む。



まるで心を撫でられているかのようだ……

甘い痺れに、気が遠くなってくる。


このままでは、

レイに魂まで奪われてしまうかもしれない……



「っ! レイ……っ!!」


「これさ、今世の僕のファーストキスらしいんだけど。

 責任取ってくれる? ユメちゃん」



耳まで真っ赤にして必死に呼吸を整えるユメコに向かって、

レイが性格の悪そうな笑みを浮かべた。


それは、とても懐かしい笑顔だ……



「勝手にしといて、何言ってるのよ!!」



この顔を見ると、

どうしても文句を言いたくなってしまうのである。


ユメコはやっと、

あの日々を取り戻したかのような感覚に陥った。



「ごめんごめん、もう勝手にしないから。

 だって、あいつとはしたんだろ?

 なんだか腹が立ったからさ」


「えっ! もしかして読んだの?あれ……」


「まぁね。初めてが奪われてなくて何より」


「っ!!

 馬鹿!!!」



恥ずかしさに任せて枕を投げつけると、

レイは可笑しそうに笑った。



「これでやっとおあいこだ。

 読んだ限りでは、僕にも望みがありそうだし?

 覚悟しててよね、ユメちゃん」



ずっとレイの笑顔が見たいと思っていたけれど……

どうしよう、この笑顔には勝てる気がしないかもしれない。



ユメコはとんでもない相手を助けてしまったのではないかと思った。

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