第22話 リセット

「あんなに会いたがっていたのに、

 何故逃げたんだユメコ……」



エビルは夕暮れになった街を探し回り、

土手に体育座りをしてションボリするユメコを見つけた。


まるで小学生みたいな反省の仕方だ……



「だって! 

 前世の記憶が戻ったら、

 レイに申し訳なくて……っ!!」



ユメコは喋るのも困難な程、

大粒の涙をこぼしている。


レイから逃げて随分と時間が経つのに、

ずっと泣き続けていたというのだろうか……


先程まで極道風の屈強な男を脅し、

魔物をしばいていた人間とは思えない。


そんなユメコがおかしくて、

エビルは少し笑ってしまった。



「気にしなくても大丈夫だろう。

 あの目を信じないのか?」


「そうじゃないけど、でも……!!

 だって、心の準備が出来てなかったし!」



たどたどしい釈明を続けるユメコの隣に座り、

エビルはその頭をポンポンと撫でる。


長い時間を共に過ごすうちに、

エビルはユメコの事を娘の様に感じてしまっていた。


そんなユメコが色恋沙汰で泣いているというのは、

応援したいような断固阻止したいような……


なんとも複雑な、父親の気持ちである。



「だいたいさ、生まれ変わってくれたのは良かったけど。

 なんで私の苗字で私の家に住んでるの?!」


「ここは元々ユメコありきの世界だったからな。

 ユメコが離れても世界が成り立つ様に、

 君が生まれる寸前へと世界がリセットされたんだろう。

 そこに彼の異世界転生が重なったのではないだろうか?」


「そんな都合の良い事ってある?!」


「神のページが不整合になった影響で、

 時系列が歪んでいる可能性もあるが。

 あとは考えられるとすれば、神の悪戯だな……」



神の子を怒らせると怖いので、

なんでも神の仕業にしないでいただきたい。


真相に関しては、ノーコメントである。



「じゃあ転生したレイが18歳なのは?!

 世界が分断した後にリセットされて生まれたなら、

 まだ子どもの筈じゃない??

 それも時空の歪みと神が原因だっていうの?!」



再度言わせて貰うが、

なんでも神の仕業にしないでいただきたい。


そしてそれは、決して神のせいではない。


しかしこれに関しては、

エビルも伝えるのが大変気まずそうである……



「あのな、ユメコ……

 おそらくそれは、時空の影響とは無関係だ。

 むしろ正しい自然の摂理というべきか……

 18年は、キッチリと経ってるぞ」


「……え??」


「君が神の本を破り捨ててから、もう18年経過している」


「……嘘。えっ、せいぜい5、6年くらいじゃない?」


「いや、戦争で忙しかったから年を数える余裕もなかったとは思うが。

 今のお前は、すでに36歳だ……」



社会人になってから時の流れが早いわ〜現象が、

異世界でも発動するとは……


ユメコはこれまでの事を思い返していた。



18歳の出来事が5、6年くらい前に感じるというのが、

もはや36歳の頭なのかもしれない。


しかし18年で大国を成すという荒技をやってのけたのだから、

人間五十年に負けない覇道っぷりだろう。



「……ちょっと待ってよ!!!

 じゃあもはや、レイとツカサに手を出したら犯罪の域じゃない!!」


「いや、見た目は不老で18歳のままだしな……?

 確かにツカサは時系列の歪みで当時と変わらない年齢だが、

 レイは転生前の年齢も足したら年上だろう。セーフだ!」



エビルが珍しく良い笑顔でグッとGOサインを作ってみるが、

そんなものでショックを受けたユメコの心は立ち直らなかった。



「年齢3桁に慰められてもな……

 もうやだ、絶対レイにもツカサにも会いたくない……」



これだけ過酷な運命を乗り越えてきたというのに、

年齢の壁は容易に越える事が出来ないだなんて……


乙女心というのは複雑である。



「ユメコさん、ここにいたのですね」



どう慰めればいいものかと悩んでいたエビルの耳に、

慣れ親しんだ朗らかな声が聞こえてきた。


振り返ると、

そこには夕陽に照らされたヒジリの姿がある。


こちらもずっとユメコの面倒を見て来て、

もはや母親のような風情があった。



「そ、そちらの様子はどうだった?

 ツカサには会えたのだろうか」



ヘコみ過ぎて会話もロクに出来ないユメコに代わって、

エビルが慌てて場を取り繕う。


そんな様子をヒジリは不思議そうに眺めながらも、

ツカサに関する報告を始めた。



「それがですね……

 お会いする事は出来たのですが。

 どうやら記憶喪失になっているようでして」


「……え?

 ツカサが……?」



レイが記憶を取り戻したと思ったら、

今度はツカサが記憶喪失……


まさかの追い討ちに、

エビルはハラハラとした表情でユメコを見守っていた。


ヒジリも若干言いにくそうではあるが、

大切な話なので淡々と報告を続ける。



「村の図書館が光った事までは覚えていたのですが。

 そこからこの世界に飛ばされるまでの

 記憶が途切れているようで……」


「……なにそれ、私と出会ってからじゃない……」



体育座りしている自分の腕に、ユメコは顔をうずめた。


いくら泣いたって、今まで俯く事だけはしなかったのに……



もう立ち直れないのではとエビルは心配したが、

ユメコは悲しくて頭を垂れたのではなかった。


それは、懺悔だったのかもしれない……



ツカサの記憶に関しては、

ユメコにも心当たりがあったのだ。



「神の本を破いたからね。

 私たちの運命も、消えたんだと思う……」



そう。

ユメコはあの時、ツカサとの運命を選ばなかった。


だからそれは、文字と共に消えていく……

その可能性をユメコは知っていた。


知っていて選んだのだ。



「……うん、良かったよ」



顔を上げたユメコの目に、もう涙はない。



勝手に運命を決めてしまった。

勝手に運命を消してしまった。


それは、神よりも酷い行為だったかもしれない。

償いきれるものでは決してなかった。



だからこそ、忘れてくれて良かったのだと思う。

記憶が残っていたならば、あまりにも残酷だ……



ユメコは異世界に飛ばされてから、

はじめて神に感謝した。



「これで私たちは、やっと対等になれる……」



その先が、どうなるのかは分からない。


けれど分からない道を選んだ事を、

ユメコは決して後悔していなかった。

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