第21話 会いたかった

「ごめんなさい……」


「ごめんなさい……」



双子の魔物は、正座させられていた。


その顔は無表情ながらも全身ボロボロになっていて、

エビルは魔物たちを少し可哀想に思ってしまう……


ちなみにマクベも、ボロボロの状態で正座させられていた。



「で、早くレイを返して欲しいんだけど?」


「多分、もうすぐ終幕だから出てくると思う」


「ちゃんと上演したから思い出してるはず」



「思い出すって、一体なにを……」



ユメコが問いただそうとした瞬間。

目の前に突如、豪華絢爛な幕が開かれた。


新手の敵が出現するかもしれないと考え、

ユメコは視界を手で庇いながらも暗闇の奥を見据える。



鬼が出るか、蛇が出るか……


ユメコの警戒とは裏腹に、

真紅のビロードから飛び出してきたのは、

レイの姿だ……!!


レイは吹き荒れる追い風に乗って、

ユメコの前へと舞い降りる。


その姿が瞳いっぱいに映ると、

ユメコは溢れる気持ちを抑えられなかった。


その頬に、幾重もの涙が伝う……



「レイ……!!!」



きっと今世のレイは、

解放軍のリーダーだった頃の姿に似ている。


ユメコと同じ位の幼さが残る顔つきに、

どんな風だったのかと想像していた短い髪で……


そして何より、両目がしっかりと見えていた。


今度は何の呪縛でもなく。

その瞳に、ただユメコが映っている……



たったそれだけの事を、

何度夢見た事だろう……!!



最期の時にレイから告げられた、

一目見てみたかったという言葉が頭を過ぎる。



私も、一目で良いから出会いたかった……



これでもう、大満足だ。



「行こう。エビル」



ユメコはレイを救えたとしても、

事情を話す気は一切なかった。


健やかに育って、幸せになって欲しい……

もう二度と、レイには苦しんで欲しくなかったのだ。


たとえ傍にいなくても、

遠くでレイが笑っていると信じられればそれで良い。



その笑顔に、夢で会えれば最高だ!



前世の苦しみなんて、

忘れて欲しいと願っていたのだけれど……



「ユメちゃん……!!!」



見つめ合う目で別れを告げる間もなく、

ユメコはレイに思いっきり抱きしめられていた。



それは呼吸が止まりそうな程にきつく、

絶対に離さないという気概すら感じる……


ユメコは意味が分からず、パニック状態に陥っていた。



「なに?!一体どうなってるの?!」



「前世の記憶も、きっちり返しました」


「全て元通りなので、許して下さい」



双子は相変わらず無表情ながらも、ユメコにぺこりと頭を下げる。

マクベに至っては、漢気溢れる土下座をしていた。


しかしユメコは、謝罪を受け取るどころではない……



レイは一切の隙間も許さぬ様にユメコを抱き寄せながら、

存在を確かめようとその身体のラインに触れた。


かき抱く腕からレイの激しい熱が伝わって、

ユメコの頬を真っ赤に染める……


鼓動が高鳴る事すらも禁じるかの様に、

レイの手はユメコが身じろぐ事さえ許さない。



このままでは、心臓が止まってしまいそうだ……!!!



ユメコは息もままならないものの、

なんとか声を張って双子にクレームを入れた。



「ちょっと待って!

 記憶は返さないでいい!戻して!!」



「それは無理です、もう蘇ってしまったので」


「コンテストも私たちの負けでいいです」



「だからお家に帰して下さい……っっ!!!」



マクベは、声を上げて泣いていた。


そこまで言われたら、

さすがのユメコもこれ以上はケチを付けられない……



その気持ちを察したのか、

エビルがもう帰っていいぞというジェスチャーをする。



双子は終劇の許しを得ると、

カーテンコールの如き美しく揃ったお辞儀をした。


そして影へ溶け込む様にして、音もなく消えていく……



ひとり取り残されたマクベは、泣きながら走り去っていった。


どうやら勝負は着いたようだ……



「あの、本当に記憶…… 戻っちゃったの?」


「分からないなら、僕の目を見てよ……」



レイは名残惜しそうに抱く腕を緩めて、

ユメコの顔を覗き込んだ。


その眼は懐かしい藍色だけれど、もう氷なんて何処にもない。

両の目がしっかりと、ユメコの瞳を捉えていた……


レイの眼差しには、優しい色が宿っている。



「僕の目にはもう、君しか見えないんだ……」



その言葉を辿って、

ユメコは別れの時を思い出してしまった。


それは一生背負うと約束した、罪の感触……



その両目は、私が奪ってしまったものなのに。



何故そんな愛おしそうに、私へと向けるのだろう?

憎しみの視線で刺されても、おかしくはない筈だ……



一緒にいて欲しいだなんて、ワガママはもう言わない。

ただ生きて、幸せになって欲しかった。


全て忘れていた方が、

レイの為には良かったのに……!!



「……っっごめんなさいっっ!!!」



ユメコはレイの手をすり抜けて、全力疾走で逃げ出した。

まさに脱兎の如くとはこの事だ。


異世界でのお尋ね者生活が、

ユメコの逃亡スキルをMAXまで引きあげていた……



「…………はぁぁぁぁぁ?!」



突然の逃亡を唖然とした眼差しで追っていたレイが、

それはないだろ!!!

という渾身の感情しか篭っていない声をあげる。


キザな台詞も、ユメコが相手では台無しだ。


エビルはそんなレイに同情して軽く会釈をしながらも、

同じくMAXと化した逃亡スキルでユメコの後を追った……

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