第20話 あさきゆめみし

レイは、今世の自分と対峙していた。


その人生を縛り続けた身としては、どうもバツが悪い……

ヒミコは一体どんな気持ちで、彼女と向き合ったのだろう。



「やっと全てがハッキリしたよ……」



魔物の茶番で記憶を取り戻したハテシナレイは、

何故か自嘲気味に笑っていた。


突然あんなものを押し付けられて、良く冷静でいられるものだ。

そんな無感情にさせてしまったのも、前世の罪が原因だろうか……


若かりし日の自分と同じ姿をした青年を見て、レイは心を痛めた。


「来世にまで迷惑をかけるつもりはなかったんだ、

 そもそも生まれ変わる気もなかったし……

 君には申し訳ないと思ってるよ」


「謝られても困るんだけど。

 理由も分からずに罪悪感を背負って生きるの、

 結構しんどかったんだよ?」



自分自身の言葉に、レイは返す言葉もない。


やはり魂ごと消滅すべきだったのだ。

彼女は本当に、どこまでも僕を振り回す。


まさかそれが来世にまで及ぶとは、予想外だったけれど……



レイは過ぎ去りし日に思いを馳せた。

あれは全て、終わった事なのだ……



「忘れろと言われても無理だろうけど、

 気にしなくていいから。

 出来れば自分の人生を取り戻して欲しいと思うよ」


「……生まれ変わったら、罪ってなくなるのかな?」


「まぁ、別人だしね」


「そうか……」



ハテシナレイはそう呟くと、真剣に考え込んでいる様子だった。



沈黙の中で、

レイは久しぶりに再会した彼女の笑顔を思い出す。

相変わらず、変なタイミングで笑う子だ。



なぜ名前を呼ばれただけで、あんな嬉しそうに笑うのか……



彼女の考える事は、まったく分からないけれど。


一瞬でもいいから、もう一度会いたかった。

いつだって、一目見たいと願うばかりだ。


それは奇跡と呼べる出来事で、

レイは消える事に何の迷いもなかった。



「……僕はやっぱり、

 散々な前世を背負わせた君を許せそうにない」


「だろうね。覚悟は出来てるよ」


「それなら責任は、自分で取って欲しい」



「……は??」



この青年は、何を言い出すのだろうか……


自分の来世だと言うのに、

レイには彼の言う意味がまるで理解出来なかった。



「僕はこの18年間、彼女を夢見続けてきた。

 それ以外は死んでいる様な毎日だったよ……


 彼女だけが生きる意味だったし、

 それ以外に欲しいものなんてない。


 僕は彼女の笑顔を望む……

 その為には、どうやら君が適任らしい」



「僕に譲ろうっていうのか?」



「違うよ、ただ楽をしたいだけ。


 君の中で、彼女の笑顔を見ていたい……

 頑張って汚名返上するのは、君の仕事でしょ。


 自分がやらかした事くらい、

 自力でどうにかしてくれない?」



「……ほんっと、良い性格してるよね」



僕が失った両目を、この青年は持っている。


それなのに、全て僕に託そうというのか……

せっかく両目があるというのに、恋は盲目だな。



「性格に関しては、お互い様でしょ」



彼の瞳に、終幕を迎えた時の自分が重なった。



右目も閉じて、彼女の姿しか見えなくなった時……


それだけで充分なのだと、悟った瞬間。



どうやら、恋は死んでも治らないらしい。



「僕は確率が高い方に賭けるだけ。

 絶対に彼女を手離したくない……

 他の男に取られたら、承知しないから」



「……僕の罪は、

 彼女の傍にいる事を許すと思う?」



「さっき自分で言ってたろ、

 生まれ変わったら別人だよ。


 ……と、簡単には割り切れないだろうけどさ。


 その罪は、僕が18年も背負ってきたんだ。

 あの苦しみが無駄だったとは思いたくない……


 だからもう、刑期満了って事にしてくれないかな。

 前世を理由に彼女から逃げるなんて、

 絶対に許さないよ」



レイはその言葉を聞いて、苦笑いを浮かべた。


どうやら全て見透かされているらしい……

片割れというのは、なんともやりずらい存在だ。



「逃げる、か……」



死を選んだのは、罪滅ぼしなんかではなくて。

彼女の眩しさから、ただ逃げ出しただけだった……



太陽が輝く程に増していく、自分の影すら振り切れずに。

焦がれた光に焼き尽くされて、影すら残さぬ様に散りたかった。



けれど肉体が滅んでも、太陽は決して消えたりはしないのだ。

何度だって、その光は闇夜を照らす。


それは本能に近い感情で……

導いて欲しいと、縋らずにはいられない。



生まれ変わっても、絶対に手離せない願い。



彼女の笑顔に、会いたいと思ってしまう……

だって仕方がないじゃないか。



僕の魂は、彼女のものだから……!!!



「……今度こそ、ユメちゃんをさらえよ」



ハテシナレイは、満足げに微笑んでいた。



片割れが自分の中に溶け込んでいくのを感じて、

その感覚に戸惑いながらもレイは身を委ねる。


どちらかが消えてしまうのかと思っていたけれど、

そうではない事にレイは漸く気が付いた。



魂の願いを叶える為に、ひとつへと還るのだ……



それは安らかな眠り。

浅き夢に漂う、優しい時間……



「……絶対に捕まえてみせるから、安心して眠りなよ」



「任せたからね。


 ……やっと僕は、僕として寝れるんだな。

 ひたすら眠り続けるのが夢だったんだ。


 彼女の笑顔を、ずっと見ていたいから……」



左眼が、ゆっくりと癒えていくのを感じた。


淡い光と共に、彼の18年間が駆け巡っていく。

忘れていた涙の流し方を、レイは思い出した……



背負わせてしまった灰色の日々。


それなのに彼の頭の中は、ユメちゃんの笑顔でいっぱいだ。

これが僕に託された、彼の願い……



「違う。これは僕たち2人の想いだ……」



光を取り戻した両目で見つめる世界に、彼の姿はない。


レイの頬に滴が伝った。



早くこの両目で、

ユメちゃんの笑顔が見たい……!!!



遠くで終幕のベルが鳴った。


しかしレイの耳には、

それが開幕の合図に聴こえる。


託された鼓動が震えた。



僕は彼と共に、ユメちゃんの隣で生きていく……



レイはもう二度と、彼女の傍を離れないと誓った。

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